第5話 生きた証拠

UDIラボが再び動き始めたその日の午後、緊急の電話が鳴り響いた。応対した東海林の顔が一瞬で緊張に染まり、彼女は即座にミコトと中堂に連絡を取った。新たな患者が現れたのだ。レプコンワクチン接種後に重篤な症状を呈し、現在、意識不明のまま集中治療室に収容されているという。


「すぐに向かうわ。」ミコトは電話を切ると、無言で白衣を掴み取った。中堂も同じように、無駄な言葉を交わすことなく彼女の後に続く。二人の目には、ただならぬ事態への覚悟が滲んでいた。


彼らが駆けつけたのは、UDIラボから程近い総合病院だった。廊下を急ぎ足で進むと、医師たちがバタバタと行き交い、患者のベッドに駆け寄る姿が見えた。中堂が一人の医師に声をかけ、症状の詳細を尋ねる。


「レプコンワクチン接種から24時間後に突然、急性の筋肉痛を訴え、続いて心臓に異常が……。心筋が急速に破壊されているようです。」医師の表情は硬く、困惑の色が濃い。


「心筋融解……。やはり。」ミコトは独り言のように呟き、患者のベッドに近づいた。そこに横たわるのは、まだ30代前半と思われる男性。呼吸器に繋がれたその姿は、まさに死の淵を彷徨っているようだった。


ミコトは手早く心電図のモニターに目を通し、データを確認する。その波形は不安定で、心臓が正常なリズムを失っていることが一目瞭然だった。彼女は患者の腕に触れ、筋肉組織の状態を確かめる。硬直と異常なまでの熱を感じた瞬間、彼女の心臓が高鳴った。


「急速な横紋筋融解が進行している……。」彼女の言葉は冷静だが、その声の奥には確かな焦りが感じられる。


中堂もまた、患者の症状に注視していた。彼はデータを解析しながら、ふと疑問の目を向けた。「これがワクチンの直接的な副作用だとすれば、ただの免疫反応の暴走では説明がつかない。この筋肉組織の崩壊速度は異常すぎる。」


「それだけじゃない。」ミコトは患者の胸部に視線を移した。「心筋だけでなく、他の臓器にも異常が見られる。これは全身性の反応よ。免疫系が何かに反応して、自己崩壊を起こしている可能性がある。」


中堂はその言葉に目を見開いた。免疫系の自己崩壊。それは、レプコンワクチンが彼らの想像を超えた何かを引き起こしているという新たな可能性を示していた。彼らの胸に、次第に深まる闇の気配が漂い始める。


「患者の家族が到着しています。」看護師が緊張した面持ちで声をかける。


ミコトは一瞬、患者の顔に目を落とし、そして立ち上がった。彼女がドアを開けると、そこには不安そうな表情をした女性が立っていた。患者の妻であろうか。彼女の目は涙で潤み、今にも崩れ落ちそうな様子だ。


「彼は……彼は大丈夫なんでしょうか?」女性の声は震えている。ミコトはその視線を受け止め、口を開いた。


「現在、最善を尽くしています。しかし、今は予断を許さない状況です。」ミコトの言葉は慎重だったが、その表情には真実を告げる重みがあった。


女性は口を抑え、泣き崩れそうになるのを必死に堪えていた。「彼は……彼は健康だったんです。ただ、ワクチンを打っただけで……どうして……?」


その問いに、ミコトは答えることができなかった。ただ、彼女の心の中には一つの確信が生まれつつあった。これは単なる偶然ではない。ワクチンの裏に潜む何かが、この命を蝕んでいるのだ。


「この患者の症状は、私たちが解明すべき真実の一部です。必ず原因を突き止めます。」ミコトはそう約束し、女性に深く頭を下げた。


中堂は彼女の背中を見つめ、口を引き結んだ。「ミコト、今すぐラボに戻ってこの患者の血液サンプルを解析しよう。何か見つかるかもしれない。」


「ええ、やりましょう。」ミコトの声は冷静だが、その胸には熱い決意が燃えていた。彼らにはもう、後戻りする選択肢などなかった。


病院を後にする二人の背中には、これまで以上に重い責任がのしかかっている。ラボに戻った彼らを待ち受けるのは、闇の中に隠された真実との対峙。そして、その先に待つのは、さらなる危険の兆しであった。


彼らが走り出すと、病院の廊下にはただ静寂だけが残された。まだ手に入れていない真実の欠片を求め、UDIラボのメンバーたちはその長い戦いの道を走り続けるのだ。


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