第2話 疑惑のレプコン

翌朝、UDIラボの緊急会議室には、普段の和やかさは全くなく、重苦しい空気が漂っていた。窓の外はまだ薄暗く、都会の喧騒が遠くに感じられる。だが、この部屋の中だけは、異常な緊張感が張り詰めていた。神倉所長、三澄ミコト、中堂系、東海林、久部六郎、そしてラボのメンバー全員が集まり、今回の症例の異常性について意見を交わしていた。


「心筋融解症、それも急速に進行した形だ。」ミコトが口を開く。昨夜の解剖で採取した組織サンプルを顕微鏡で確認した結果を報告する。その結果、彼女の顔には一切の曖昧さが残っていない。


中堂が手元の資料をパラパラとめくりながら、いつもより険しい表情で言葉を紡ぐ。「問題は、なぜワクチン接種後にこれほどの反応が起こったのかだ。これまでのデータにはない症状が出ている。」


「レプコンワクチンには、新しいアジュバントが使われているわ。免疫反応を強めるためのものだけど、それが心筋にどんな影響を及ぼすかはまだ十分に検証されていない。」東海林がデータを表示しながら説明する。彼女の言葉に、全員の視線が集まる。


「つまり、ワクチンが引き金となって、何らかの生体反応が暴走した可能性があるということか。」神倉所長が腕を組み、厳しい眼差しを机に落とす。彼の頭の中では、すでに複数のシナリオが浮かんでは消えていた。


ミコトはその沈黙を破るように、冷静に事実を整理する。「心筋の細胞が短時間でここまで破壊されるのは、普通では考えられない。レプコンワクチンと何かしらの相互作用があったとしか思えないの。」


彼女の言葉に全員が重く頷く。だが、その中で唯一、久部の顔には迷いが見える。「でも、ワクチンは既に多くの人に接種されていて、今回のような急死例はまだ少数ですよね。もしこれが広範囲に影響を及ぼすものなら、もっと早く問題が浮上しているはずです。」


「そうだ、だからこそこの症例が重要なんだ。」中堂が強く言い返す。「現時点で少数だからこそ見逃される。広まる前に、この異常の原因を突き止める必要がある。」


その言葉にラボの空気が一層重くなる。全員が視線を交わし、深刻さを共有する。事態は予想以上に複雑で危険だ。彼らの調査が中途半端なものであれば、今後さらなる犠牲者が出るかもしれない。


「まず、他の症例を探しましょう。」ミコトが提案する。「レプコンワクチン接種者の中で、心筋に異常が見られるケースが他にあるはず。過去の症例データを徹底的に洗い出して、共通点を見つけるわ。」


「それだけじゃない。」中堂が続ける。「ワクチンの製造プロセスや臨床試験データにも何か見落としがあるかもしれない。レプコンワクチンは新技術を採用している。それがどのように作用し、この異常を引き起こしたのかを解明する必要がある。」


神倉所長は目を閉じ、深く考え込む。厚生省からの圧力を思い出しながらも、真実を追求するために必要な次の一手を決断する。「分かった。厚生省にはこちらで対応する。皆、全力で調査を進めてくれ。時間がない。」


指示が下され、全員が動き出す。ミコトは他の医療機関に連絡を取り、レプコンワクチン接種者のデータを集め始める。彼女の頭の中には、あの解剖台に横たわっていた28歳の男性の顔が浮かんでいた。何が彼の命を奪ったのか、その真相を見つけるまで手を止めるわけにはいかない。


中堂はワクチンの成分分析に取り掛かる。冷蔵庫からワクチンのサンプルを取り出し、顕微鏡でその微細構造を調べる。彼の手元で微細な構造が拡大され、画面に映し出される。それは彼にとって見慣れたものではあったが、どこか違和感を感じさせる。彼はその違和感の正体を突き止めるため、さらに詳細な分析を進めていく。


一方、東海林と久部は、過去の症例データをコンピュータで検索し、膨大な数の医療記録を洗い出していく。キーボードを叩く音がラボ内に響く。画面に表示されるデータの海の中から、彼らは似た症例を探し出す。ワクチン接種後に心臓に異常をきたしたケースはないか、少しでも共通する点はないか。彼らは目を凝らし、わずかな手がかりを探し続ける。


数時間後、東海林が急に画面に表示されたデータを指差した。「見て!このケース、レプコンワクチン接種後に急性の心筋障害を発症してるわ。」


久部がそれを確認し、息を飲む。「これが他にもあれば……。」


彼らの目に光が戻る。これは真実への一歩だ。彼らは直感的に感じた。レプコンワクチンに潜む何かが、確実に人々の命を脅かしている。そして、それを明らかにしなければ、次の犠牲者が出るのは時間の問題だ。


「次のステップは、これらの症例とレプコンワクチンの成分との関連を立証することね。」ミコトは冷静な口調で指示を出す。「私たちには時間がない。一刻も早く原因を特定し、対策を打たなければならない。」


全員の目がミコトに向けられる。その瞳の中には、確固たる決意と揺るぎない信念が宿っていた。彼女の言葉は、ラボの全員の心に火を灯す。今、彼らは一丸となって立ち向かわなければならない。この未曾有の危機に。


「行くぞ。」中堂が立ち上がり、顕微鏡に再び向かう。その背中には、彼自身の過去と向き合う覚悟が感じられた。


神倉所長は彼らを見送り、ひとり静かに考える。厚生省の圧力が強まる中、彼らがどこまで真実に迫れるのか。それはまだ誰にもわからない。しかし、彼らが進むべき道はただ一つ。真実を求め、闇を切り裂くことだけだ。

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