第6話「銀行口座の開設を阻むもの」
タマオが運送会社でのバイトを始めてから、リョウは彼の生活を少しずつ整えていこうと奮闘していた。まずは現代社会で必要不可欠なもの――銀行口座を作ることに決めた。給料の受け取りにも必要だし、タマオが自立するためにも必要な一歩だ。
「タマオ、今日は銀行で口座を開設しよう。バイトの給料も現金受け取りじゃなくて、振り込みになるからな。」リョウが説明すると、タマオは真面目な顔でうなずいた。
「なるほど、この世界では睾丸スキルだけでは給料を受け取れないのだな……!」タマオは納得したように、拳を握りしめた。
リョウは思わず額に手を当ててため息をついた。「違う!睾丸スキルは関係ないから!普通に口座を作るんだよ、普通にな!」
「わかった!睾丸スキルの封印だな!」と、なぜか意気込むタマオ。リョウは不安を抱きつつも、とにかくタマオを連れて銀行に向かうことにした。(頼むから、今日は大人しくしてくれよ……)
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銀行の中は静かで落ち着いた雰囲気が漂っていた。受付の女性がにこやかな笑顔で迎えてくれるが、リョウの心はざわついている。(やばい、なんかもう嫌な予感しかしない……)彼はタマオに「絶対に変なこと言うなよ」と目で念を押すが、タマオは気づいていない様子だった。
リョウはカウンターに向かい、受付の女性に声をかけた。「すみません、彼の銀行口座を開設したいんですが。」
受付の女性はにこやかに微笑んで、「かしこまりました。お手続きのために、ご本人様の身分証明書をご提示いただけますか?」と言った。
タマオは自信満々に胸を張り、「俺には睾丸スキルがある!」と宣言した。
受付の女性は一瞬固まり、目を見開いた。「こ…睾丸?!?」とつぶやいた後、慌ててリョウに視線を向けた。(今、何て言った?睾丸って……どういうこと!?)
リョウはすかさず慌てて口を開く。「あ、あの、彼ちょっと変わってて……身分証は……ないんですけど、なんとかできませんかね?」(お願いだから、普通に対応してくれ……)
受付の女性は戸惑いながらも、業務マニュアルを思い出すかのように眉をひそめて答えた。「申し訳ございませんが、当行では口座開設の際に、必ず身分証明書が必要となります……。」(この人、本当に何言ってるの……?)
タマオはそれを聞いても、少しも動揺することなく堂々と言い放つ。「安心してくれ。俺の睾丸スキルが証明だ!」
受付の女性は再び固まり、周囲の銀行員たちがざわつき始めた。(また睾丸って言った!?証明書じゃなくてスキル……しかも睾丸の?何なの、この人!?)銀行の中は一気に異様な空気に包まれた。
リョウは顔を引きつらせ、「タマオ、頼むからやめろって!ここではそういう話をする場所じゃないんだよ!」と小声で説得した。(もうダメだ、これ絶対おかしなことになる……)
「いや、違うぞリョウ!」タマオは真剣な表情で続ける。「睾丸スキルこそが、この俺を証明する力なのだ。なぜなら、男の真価は――」
「だから、その話はもういい!」リョウはとうとうタマオの口を手で押さえ、受付の女性に頭を下げた。(どうしてこうなるんだよ……!この展開、予想はしてたけど、やっぱりキツい……)
受付の女性は困惑しながらも、冷静を装おうと必死だった。「お、お客様……睾丸スキルというのは、具体的にどういった……」と、半ば職務上の冷静さを保とうとしながら質問した。(いや、何これ、どう対応すればいいの……?)
「いい質問だ!」タマオは嬉しそうに笑顔を見せた。「睾丸スキルとは、男としての力の源!この力さえあれば――」
周囲の銀行員たちはさらにざわつき、カウンターの奥で誰かが何やら話し合っている。(え、どうする?警備員呼ぶべき?でも、下手に動くと余計なトラブルになるかも……。それにしても、睾丸スキルって一体……?)職員たちの心中がざわめいているのが手に取るようにわかる。
「タマオ!ストップ!」リョウが割り込み、タマオの肩を掴んで引っ張った。(もうダメだ、完全にダメだ!この場が崩壊する前に止めないと!)
「もういい!ごめんなさい、本当に……失礼します!」リョウは受付の女性に頭を下げ、そのままタマオを強引に連れ出した。(逃げるんだ!ここはもう無理!)
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外に出ると、リョウは大きく息を吐き、頭を抱えた。「はぁ……やっぱりこうなると思ってたよ……。」(もう疲れた……何でこいつ、毎回こうなるんだよ……)
「なぜだ、リョウ?」タマオは不思議そうな顔をして尋ねた。「俺の睾丸スキルが通じないとは、この世界はまだ未熟なのか?」
リョウは呆れた顔でタマオを見つめた。「いや、そういう問題じゃなくてさ……。今の世界では、身分証明書っていうのが重要なんだよ。お前の睾丸スキルがどうとかじゃなくて、まずは現実的なことを理解してくれよ。」(説明するのも虚しくなるな……毎回これだもんな……)
「うむ……」タマオは腕を組んで考え込んだ。「睾丸スキルだけではこの世界の壁を越えられないということか……。ならば、睾丸スキルを封印して、まずはこの世界のルールに従うことから始めるべきかもしれんな!」
リョウはタマオの言葉に少しだけ期待を抱いた。「そ、そうだ!少しずつでいいから、この世界のことを学んでいこうぜ。お前が睾丸スキルを大事にしてるのはわかるけど、まずは普通の手順を踏むのが大事なんだ。」(おっ、なんかいい感じに伝わったか?頼むから次はまともに……)
タマオはうなずき、拳を握りしめた。「わかった!まずはこの世界の規則に従い、そして次に睾丸スキルの真価を示していく!それが俺の新たなる戦略だ!」
リョウは苦笑しながらも、タマオが少しだけ理解してくれたことに安堵した。「そうだ、それでいい……。焦らずに、ゆっくりな。」(まあ、次はもう少しマシになると信じよう……)
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その後、リョウはどうにかしてタマオの戸籍や身分証を手に入れる方法を模索し始める。タマオはと言えば、自分のスキルをどう現代社会で認めてもらうかについて、さらに真剣に考え始めていた。(この男、いつか本当に何かやらかしそうで怖いな……でも、放っておくわけにもいかないし……)
タマオは家に帰ると早速「現代社会でのスキル認定方法」と題してノートに作戦を書き始めた。その筆は真剣そのもので、まるで何かの大計画を立てているかのようだ。「まずはこの世界のルールを知り、次に俺の睾丸スキルをアピールする方法を模索し……」
リョウはその様子を見て頭を抱えた。(なんだかんだ言って、あいつが一番真面目なんだよな……ただ方向性がとんでもなくズレてるだけで。)
「リョウ!俺はこの世界のルールを調べ尽くし、いずれ睾丸スキルを正当に評価させてみせる!」タマオはノートを掲げながら力強く宣言した。
「そ、そうか……まあ、がんばれ……」リョウは呆れながらも、どこか期待する気持ちを捨てきれないでいた。(果たして、あいつの睾丸スキルが正当に評価される日なんて来るんだろうか……)
タマオの挑戦はまだまだ続く。そして次はどんな騒動を巻き起こすのか、リョウの胃が痛むのはいつものことだった。
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