雷電児やってくる

我社保

第1話 花岡龍太郎

 うとうとしていたところから察するに、この花岡はなおか龍太郎りゅうたろうは、あんまり仕事のない船乗りであるらしい港についた音で、意識をはっきりとさせてから、フワーとあくびをすると、伸びてから甲板を歩く。


「おい! 龍太郎! テメエまた暇になったってんで昼寝してたろ!」

「あちゃあ、ばれちゃってたか、すんません。おやっさん」

「船長と呼べ!」


 魔法蒸気の機関ではたらく船は、エンジンを止めると「ペププ」というまぬけな音を出すから、船乗りからはマヌケ船と呼ばれていた。日術かすべ国・鋼貫こうかん県にある船会社ヤビナの船主・兼・船長をしていた木村きむら幸三郎こうさぶろうは、マヌケ船のプロで、たいていの人間が扱うとまるで役立たずだが、この男が動かすと、なによりも偉くなるのである。


 龍太郎はこの鋼貫から汽車を使えばそれほど遠くない桜本さくらもとという県の小さな町で生まれたが、17歳の頃に両親が死ぬと、家業の造船を友人に任せて町を出た。そして鋼貫に出て、ヤビナに勤める。造るよりも乗りたかったのだ。


 そして、龍太郎は幸三郎を「おやっさん」と言って慕っていた。


「サボるんじゃねーや」

「へへへ。そいで、おやっさん。鋼貫に帰ってきたから俺も休暇をとっても良いでしょ」

「甲板を掃除しておけ」

「了解!」


 マヌケ船、クロアント号の甲板を箒で掃いて雑巾をかけると、バケツの透明な水は我先にと濁っていく。水を何度か変えて、また雑巾をかけて、綺麗にすると、船から降りる。事務所の方まで行って、葉巻をふかせている幸三郎に「お休み頂きまーす」と言って出ていく。


「花岡くん、またビリビリさせちゃって」


 事務の美女カリオは言う。


「世にも珍しい【雷】の魔法使いだってのに……」


 この世界には魔力という物がある。

 魔力は血球と血漿に加えてゾーニウムという物質が混ざり合った「人体に存在する第三の液体」で、ゾーニウムには属性がある。【炎】【水】【土】という3属性が普遍的なもので、たいていの人間はその魔力を持つ。幸三郎は【土】でカリオは【水】を扱う。

 その中で、【雷】と【風】は珍しく、100万人にひとりであるらしい。

 雷属性の主な特徴といえば身体能力。

 脚が速くて力持ち。


「随分と特別感がねぇガキだよ、あいつは」

「ふふ、彼らしいじゃないですか」

「そうかな」


 花岡龍太郎はお気楽な奴だった。

 ノホホンとしていて、目を離せばぼけーっとしているような男。

 色恋沙汰の免疫がなくて、他の社員がそういう話題で盛り上がっていると、顔を真っ赤にして煙草で気を紛らわせようとする。ドジな奴で、今日も何回かバケツの水をひっくり返したし、皿を持たせれば必ずと言っていい程高確率で割ってしまう。何もないところで転ぶ。そういう人間だった。頭の出来もあまり良くなく、勉強が出来なかった。


「ヤビナがお子さん連れに人気なのは彼のキャラクターあってこそ! 彼は子供に好かれますからねえ、保育士とか向いてるんじゃないかと思うんだよなあ」

「馬鹿おめぇ。あいつの好かれるからくりってのは『ぼく・わたしが居なきゃこの大人はてんでダメだ!』って思われるからさ。そりゃまあ、人柄の良さもあるだろうが……」

「1週間は彼が居ないと思うとちょっと寂しいですね」


 ふと、幸三郎は思う。


(あいつ、駅まで辿り着けているだろうか)


「すまん、ちょっと出てくる」

「はーい。いってらっしゃーい」

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