第20話 勇者パーティの選択、失われた希望



勇者パーティは来る日も来る日も

モンスターに一度も勝てず

全滅を繰り返していた。



そして

ついに迎えた250回目の挑戦の時

目の前に漆黒の影が現れた。



圧倒的な威圧感と共に

姿を現したのは

魔王アザゼル・ノクスだった。





「貴様が勇者だな?」



今までの戦いとはまるで次元の違う恐怖が

彼らを襲っていた。


しかし、勇者パーティのリーダー、バルトルスは

魔王の威圧を感じ取ることができないほど

レベルが低かった。


これがレベル1と2の違いなのである。


それに気付いたアイシャがバルトルスを止めようとした。


「待ちなさい、バルトルス!」



しかし、バルトルスはアイシャを睨み


「黙っていろ、腰抜けめっ!」


と怒鳴った。



勇者バルトルスは

魔王アザゼル・ノクスの圧倒的な威圧感を前に

動じることなく一歩前へ進み出た。



冷静さを保ちつつも

バルトルスの目には挑戦的な光が宿っていた。





「ふん

これで俺たちの戦闘は250回目になる

それによってかなりの戦闘経験を積んだ


そっちから出てきてくれるなら

手間が省けたぜ」



バルトルスは軽く肩をすくめながら

魔王に向かって嘲るように言い放った。



バルトルスの声には一切の恐怖は感じられず

むしろ余裕すら漂っている。




最初は怯えた他の仲間たちも

バルトルスの勢いを見て

強気な姿勢に変わっていった。


そして、魔法剣士ガルディアスは剣を構えながら笑みを浮かべた。



「魔王だろうが何だろうが

ここでお前を倒せばすべてが終わりだ


出てきたことを後悔させてやるさ!」


女格闘家アイシャも拳を握りしめて前へ一歩進む。



「どうやら

この場で決着をつける時が来たようね


今までの失敗はすべてこの瞬間のためだったんだわ」


セリーヌも冷静な表情を崩さず

静かに魔力を集中させながら呟いた。



「準備は万全よ

さあ、始めましょう」



一方

魔王アザゼル・ノクスはその強気な勇者たちの態度を静かに見つめ

わずかに口元を歪めた。



「なら、来るが良い。


この期に及んでまだ強気でいられるとは……愚か者どもめ」



だが

勇者パーティの誰一人として

その言葉にひるむ者はいなかった。



バルトルスは魔王を鋭く睨み返し

静かに言葉を続けた。



「250回目が最後の戦いだ!


覚悟してもらおうか

魔王アザゼル・ノクス!」



バルトルスの号令で

勇者パーティは一斉に動き出した。



ガルディアスが魔法剣を振りかざし

アイシャが鋭い拳を繰り出し

セリーヌは強力な魔法を詠唱し始める。



それぞれが全力で攻撃を仕掛け

魔王アザゼル・ノクスに迫った。





「これで終わりだ!」



バルトルスの叫びとともに

全員の攻撃が一斉に炸裂する――はずだった



しかし

魔王アザゼル・ノクスは

彼らをまるで無力な存在であるかのように見下し

指先を軽く動かしただけだった。



次の瞬間

凄まじい力が広がり

勇者パーティはその魔力の衝撃波に包まれた。



「……何ッ!?」


バルトルスが驚愕する間もなく

彼を含む全員が宙に浮かび上がり

まるで軽い紙切れのように吹き飛ばされた。



「ぐあっ!」


ガルディアスの剣が手元から弾き飛ばされ

アイシャの体は遠くまで弾き飛ばされて壁に叩きつけられた。



セリーヌも魔法の詠唱を中断し

衝撃に耐えることすらできず地面に叩きつけられた。




アザゼル・ノクスは悠然と立ち

指先をわずかに動かしただけで

勇者たちを圧倒していた。



魔王アザゼル・ノクスの顔には不敵な笑みが浮かんでいる。





「これが勇者だと?

くだらない……


お前たちも

所詮は私に挑む愚か者にすぎん


人間界の哀れな駒よ」



勇者たちは

立ち上がろうと必死に体を動かしたが

衝撃のあまり満足に動くことすらできなかった。



勇者たちはただ

魔王の圧倒的な力の前で呆然とするしかなかった。



「これが……魔王の力……」

バルトルスは震える体を押さえつけながら

苦しげに言葉を絞り出した。




魔王アザゼル・ノクスは

冷ややかな視線で倒れた勇者たちを見下ろし

ゆっくりと近づいてきた。



圧倒的な力を前に

勇者パーティはもはや立ち上がることすらできなかった。





「聞け、勇者よ!


私はお前たちのことを知っているのだぞ!」


「?」



「お前たちは何度全滅しようと

教会に転移されて蘇生される……


そんなことは分かっている」


アザゼル・ノクスは嘲るように言った。

その声は

広間に冷たく響き渡った。


「な、なんだと!」


バルトルスは焦った。




「だが、そんな生ぬるい死では意味がない



だから

お前たちを殺しはしない。



代わりに――氷漬けにしてやろう



このまま永遠に

凍りついたまま生き続けるがいい」



魔王の言葉に

勇者たちの顔が青ざめた。



バルトルスは震えながらも

その威圧感に抗う力はなかった。



「ひっ、氷漬け……?」


ガルディアスの声が震え

その言葉が恐怖で絞り出された。



勇者の強気だった態度は

もう跡形もなく崩れ去っていた。




「そうだ


死ねば教会が蘇生させるだろうが

氷漬けなら誰も助けに来ることはない……永遠にだ」



その言葉に

パーティ全員の心に恐怖が走った。



氷漬けにされ

永遠に生き続けるという運命が

何よりも恐ろしかった。



「そ、それだけは……勘弁してください!」


バルトルスは恐怖に駆られて地面にひれ伏し

土下座をした。



他のメンバーも次々にそれに倣い

必死に命乞いを始めた。



「お願いです!氷漬けだけは……どうか

それだけは……!」



アイシャも

ガルディアスも

セリーヌも

皆が震える声で懇願した。



もはや

先ほどまでの強気な姿勢はどこにもなかった。



ただ

勇者たちは魔王の足元で哀れにも命乞いをするしかなかった。




アザゼル・ノクスは冷ややかに彼らを見下ろし

微笑を浮かべた。



その笑みには

何の慈悲もなく

ただ残酷な喜びが感じられた。



「ふん……情けないものだな


だが、助けを乞うなら

それに値するだけのものを示せ」



バルトルスは土下座したまま

息を整え

震える手で懐から一つの輝く紋章を取り出した。



それは『勇者の証』──人間界に時折現れる

たった一人の勇者だけに与えられる聖なる証だった。



『にゅめょりと』から没収したものだった。



「魔王様……

俺の命を救ってくれるのなら

これを差しあげます!」


バルトルスの声はかすかに震えていたが

その言葉には決意が込められていた。



バルトルスは魔王に対して敬語を使うようになってしまった。



「これが……『勇者の証』でございます


これをあなたにお渡しすれば

人間界には二度と勇者が生まれません……

つまり、あなたに対抗する者はもういなくなるでしょう」



その言葉に

魔王アザゼル・ノクスは興味深そうに目を細め

バルトルスの手にある証をじっと見つめた。



「ほう……勇者の証を差し出すとはな


面白い考えだ」



魔王の声には

わずかな好奇心と期待が混じっていた。



「お前がそれを渡せば

この世界における勇者の血筋は断たれる……ふふ

なかなかの提案だ、勇者よ」



だが、その瞬間


アイシャが怒りを込めて立ち上がり

バルトルスに詰め寄った。



「バルトルス!何を言ってるの!?『勇者の証』を渡すなんて

絶対にダメよ!」




アイシャの目には強い決意と怒りが宿っていた。



「そんなことをしたら

人間界は完全に終わりよ!私たちがここで終わるだけならまだしも

未来の希望まで奪うつもり!?」



セリーヌも同意するように静かに口を開いた。



「アイシャの言う通りよ、バルトルス


『勇者の証』はただの証ではない

それは人間界の最後の希望なの


こんなことで失っていいものじゃない」



しかし

ガルディアスはバルトルスの決断に賛成するかのように

前に進み出た。



「待て、アイシャ、セリーヌ


よく考えろ


このまま戦い続けても

勝てる見込みはない


俺たちが死んだら

次の勇者が現れるかもしれないが

それがいつになるかは誰にもわからない。


それよりも今

この場で生き延びることが重要だ」


ガルディアスはバルトルスの肩に手を置き

真剣な目で彼を見つめた。



「バルトルス

お前の決断は正しい


生きて次の機会を待つんだ」



アイシャは怒りで拳を握りしめたが

セリーヌは深いため息をついて何も言えなかった。



彼女たちにはわかっていた――今の状況で

何を選んでもその代償は大きいと。



「では、その勇者の証を戴くとしよう」


魔王アザゼル・ノクスは冷たい笑みを浮かべ

手を差し出した。



魔王アザゼル・ノクスは『勇者の証』を手にすると

冷ややかな笑みを浮かべ

満足げにそれを眺めた。



「お前たちはとても賢い

褒めて使わそうぞ」



魔王はゆっくりと振り返り

闇の中へと姿を消していった。



その姿が完全に消えたとき

勇者パーティの全員は一斉に息を吐き出した。



緊張感が一気に解け

全身に疲れが押し寄せてくる。





「助かった……」


バルトルスは膝をつき

額から汗を拭いながら言った。



勇者の顔には安堵の色が見えた。



ガルディアスはその隣で力なく笑みを浮かべた。



「ああ……命拾いしたな


まさか

あの魔王が証を手に入れて満足して去るとは……」


アイシャは険しい顔つきのまま

バルトルスを睨みつけた。



「でも、その代償はあまりに大きすぎるわ……。


二度と勇者が現れないなんて

私たちが失ったものは計り知れない」



セリーヌも静かに頷いた。



「そうね……このことをどうするか

慎重に考えないと



王国に報告したら

私たちが非難されるのは間違いないわ」



一瞬

沈黙が広がる中

バルトルスは決意を固めたように立ち上がった。



「このことは、俺たちだけの秘密にしよう


王国には絶対に知られちゃいけない


俺たちが失敗したことも

魔王に『勇者の証』を渡したことも……すべて秘密だ」



ガルディアスが頷いて賛同した。



「そうだな


これを知ったら

国王も民もパニックになるだろう



俺たちの立場だって危うい」



アイシャは不満そうに眉をひそめたが

しばらく考えた後

やむを得ないという表情で溜息をついた。



「……仕方ないわね


でも、次にどうするかはしっかり考えないと


今度こそ

私たちが立ち上がらなければ……」



セリーヌも静かに頷き

パーティの意思が固まった。



「わかったわ……誰にも言わない」


こうして

勇者パーティは命を拾い

魔王との取引も秘密に葬られた。



しかし

彼らの心に残る罪悪感と恐怖は

決して消えることはなかった。


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