第46話

 今日は突然の呼び出しで美咲の元を蔵之介は訪れる予定だった。


 彼女は外では常に華やかで明るい姿を見せているが、蔵之介の前では精神的に不安定な一面を抱えていることを知っていた。


 美咲が普段の元気な様子からは想像もつかないような、脆い部分を垣間見せるたびに、蔵之介は彼女を支えたいと感じていた。


 その日も、美咲からのメッセージが蔵之介のスマートフォンに届いた。


「今すぐ、会いたい」


 メッセージは短く、いつも明るい彼女らしさが感じられない。そう、これは彼女からのSOSなんだと、蔵之介は気づけるようになった。


 すぐに返事をして、彼女がいる自宅へ向かった。


「うん。今からいくよ」


 美咲の家に着き、ドアの前でしばらく待っていると、ゆっくりとドアが開いた。美咲は薄いパジャマ姿で、目が少し赤く腫れていた。


「美咲さん、大丈夫?」


 深くは何も聞かない。彼女が抱えている芸能界は、蔵之介にはわからない。

 

 だから、漠然と心配することしかできない。玄関で美咲を見つめながら尋ねたが、彼女はうつむきがちに首を振った。


「うん…ただ、最近疲れちゃって…」


 彼女の声には力がなく、普段の元気な美咲とはまるで別人のようだった。蔵之介は彼女の手を優しく握り、そっと家の中へ入っていった。


「そっか、ならゆっくり休まないとね」

「うん」


 彼女は誰かのそばにいたいと思っている。


 蔵之介はリビングに入ると、美咲をソファに座らせる。


 彼女の目には、不安と寂しさが溢れていた。蔵之介は、彼女が芸能界でのプレッシャーや周囲からの期待に押しつぶされそうになっているのだと感じた。


 だから、彼女が近づいてくるまでは、隣に座って触れることもなく、じっと側にいることを選ぶ。


「蔵之介君…私、強くなれないんだよね。外では笑っていなきゃいけないけど、本当はすごく不安で、誰かに頼りたいって思うときがあるの」


 彼女は静かにそう言った。いつも完璧な姿を見せている彼女が、こんなにも脆い面を持っていることを、蔵之介だけが知っている。


「美咲さん、大丈夫だよ。誰だって不安なときはある。無理しなくていいさ」


 蔵之介は彼女の隣で話を聞く。


 彼女の蔵之介の肩にそっと頭を預ける。美咲はそのまま彼に身を寄せ、小さく震えるように涙を流し始めた。


「寂しいよ………蔵之介君、どうしたらいいの…?」


 彼女は子供のように、蔵之介に甘えるような声で囁いた。蔵之介はそんな美咲をしっかりと支えて、彼女の頭を撫でながら安心させるように言葉を聞いている。


「美咲さんは、今のままで十分頑張ってます。無理に頑張らなくていいんです。僕がそばにいますから、何も心配しないで」


 蔵之介の言葉に、美咲は少しずつ落ち着きを取り戻し、涙を拭いながら彼の顔を見上げた。出会った頃よりも、美咲の心は不安定になっていた。


 心を乱した一旦は、蔵之介にもあるのかもしれない。


「…ありがとう、蔵之介君。私、いつも外では強がってばかりだけど、あなたには本当の私を見せてもいいのかな?」


 彼女はその言葉を口にしながらも、まだどこか不安げだった。しかし、蔵之介は優しく微笑みながら答えた。


「もちろんです。美咲さんがどんな状態でも、僕は受け入れますから。だから、安心して素直な自分を見せてください」


 その言葉に、美咲の表情が少し和らいだ。彼女は再び蔵之介に身を寄せ、深く息を吐いた。彼女にとって、蔵之介は頼れる存在になりつつあった。


(誰にも見せられない。だけど、蔵之介にだけは、本心の私を見せてもいいよね?)


「うん。側にいて」

「はい」


 蔵之介は、甘える美咲を受け止めるように、寄り添い彼女が望むように頭を撫で続けた。

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