第45話

 蔵之介は、日々の勉強と自分磨きを続けていた。


 麗華は超お嬢様、美咲は芸能人。


 二人に対応するために必要な知識や態度を習得することはかなりの難易度を極めていた。


 その点で、舞の存在が蔵之介の心に静かに響いていた。

 彼女の落ち着いた性格と芯の強さに、蔵之介はいつも感心していた。


 ある日、舞から会いたいと連絡が来た。


 だが、仕事が忙しくなって、家で待っていてくれるかと合鍵の場所を教えてもらった。


 だが、20時を超えても帰ってこない舞に蔵之介がメッセージを送ると。


「ごめんなさい。仕事が立て込んでいるの。今日はなしにして」


 そう言って返信があった。


 舞は、仕事から疲れて帰宅すると、蔵之介がもういないと思った。


 だが、家の明かりがついていて、彼女を気遣うかのように手料理が用意されていた。玄関を開けるとキッチンから漂う香りに、舞は少しだけ驚いた表情を浮かべた。


「蔵之介君?」

「舞さん、おかえりなさい。それとお疲れさま。今日は一日、すごく忙しかったんですね。遅い時間なので、あまり胃に負担をかけないおじやを作ってみました」

「どうしているの? 私はもう遅くなるから会えないって!」

「はい。だけど、今日はまだ終わってません」


 時計を見る舞の目には23時45分という数字が見えた。


「あっ、もう食べてきて、お腹空いてませんか? なら、朝食にしてもらっても」

「バカ!」


 その時、舞のお腹が鳴ってしまう。


「よかった。食べないで仕事をしていたんですね。あっ、お風呂も沸いてますから、ご飯食べたら入ってくださいね」


 蔵之介は、自分も食べないで待っていた様子で、舞と一緒にオジヤを食べた。

 舞は蔵之介に促されるままに、お風呂に入って、洗い物は食洗機に入れるつもりだったが、蔵之介が洗い物をして片付けまで終えてしまった。


「お疲れ様です」


 舞がお風呂から上がって、戸惑いを感じていると蔵之介はリビングの床に舞を座らせて、髪の毛にドライヤーをかけてくれる。


「うっ、上手いのね」


 一瞬、舞の脳裏に二人の女性の姿が浮かぶ。


「実は、YouTubeで美容師さんの動画を見て勉強したんです。最近、自分の髪の毛で練習しているんです。だけど、誰かにやったのは舞さんが初めてです」

「私が初めて?」

「ええ」


 最初は冷風から、ゆっくりと櫛を通して交わしてくれるのは心地よくて、舞は蔵之介の好きに身を委ねてしまう。


「はい。乾きましたよ」

「えっ?」


 心地よくて眠りそうになっていた。舞に蔵之介は優しく、舞に対して細やかに気を配る姿を見せた。


 これまで、舞は自立している自分を誇りに思っていたし、他人に頼るのは苦手だった。しかし、蔵之介の穏やかな笑顔に、彼女はふと心のガードが緩むのを感じた。


「ありがとう…でも、そんなことまでしなくていいのよ。私は大丈夫だから」


 そう言いつつも、舞は蔵之介に少しだけ身を預ける。


「ご飯おいしかったですか?」


 蔵之介の問いかけに、舞は頬を少し赤らめながら答えた。


「美味しかったわ。こんなに気を使ってくれるなんて、ちょっと意外ね」


 彼女の言葉に、蔵之介は笑みを浮かべた。


「僕は舞さんが頑張っているのを見てるので、何か少しでも手助けしたくなるんです。だから、これくらいは当然のことですよ」


 その優しい言葉に、舞の心が少しずつ溶けていくのを感じた。


 これまで一人で頑張ってきたつもりだったが、蔵之介の存在が彼女の心の中で次第に大きくなっていくのを実感する。


(このまま、蔵之介に甘えてしまってもいいのかしら…)


 舞はそう思いながらも、自分の気持ちに素直に従おうと決意した。


 彼に対して完全に依存することは望んでいないが、少しずつ心を開いていく感覚は心地よかった。


「蔵之介君、本当にありがとう。最近、仕事が忙しくて少し疲れていたの。あなたの優しさに救われてるわ」


 舞は素直に感謝の言葉を口にしながらも、内心では驚いていた。いつの間にか、彼の存在がこんなにも大きくなっていたことに気づいてしまったからだ。


「そんなこと、いつでも言ってくださいよ。舞さんが頑張っているのはわかっていますし、僕はそれを支えるためにいるんですから」


 蔵之介の言葉に、舞はさらに心を揺さぶられた。自分を支えてくれる人がいること、その人が蔵之介であることに、彼女は次第に依存している自分を感じていた。


(こんなに優しい人がそばにいるなら、もう少し甘えてもいいかもしれない…)


 舞は、自分の中で揺れ動く感情に戸惑いながらも、蔵之介の優しさに触れることで彼に少しずつ依存していく自分を感じていた。そ


 して、彼が自分にとって特別な存在であることを、少しずつ認めざるを得なくなっていた。

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