第41話

 蔵之介が「二人には振られた」と告げると、その場の空気が一瞬にして変わった。


 月島舞と橘美咲の顔に、驚きと動揺がはっきりと現れた。


「振られた…ですって?」


 美咲が眉をひそめ、蔵之介に向けて冷たい視線を送る。彼女の声には明らかな疑念が込められていた。


「私が、あなたを振った…ですって? そんなこと、一度も言った覚えはないわ」

「えっ?」


 蔵之介は美咲の言葉に驚きつつも、すぐに返す言葉を見つけられなかった。


「でも、橘さん、あのとき…もう話すことはないって言ったじゃないか」


 蔵之介は美咲の怒りを思い出しながら、できるだけ冷静に応えた。しかし、美咲はすぐに口を開き、彼の言葉をさえぎった。


「それは、あなたがあまりに馬鹿げたことを言ったからよ! でも、だからって振ったつもりはなかった。私があなたを諦めたわけじゃない! 私に全てを捧げなさいって言ったはずよ」


 彼女の目は鋭く、彼に対する感情が一層激しく燃えているようだった。一方で、舞もまた、彼の言葉に動揺を隠せずにいた。


「…私も、振ったなんて言った覚えはないわよ」


 舞は腕を組んだまま、冷静さを保とうとしながらも、声にわずかな焦りが混ざっていた。その体はわずかに震えていた。


「蔵之介君、私は確かに怒っていたし、あなたに対していろいろ思うところはあった。でも、振るなんて言葉は使ってないわ。誤解しないで」


 彼女もまた、蔵之介の告白に対して自分の立場をはっきりとさせようとしていた。蔵之介はその言葉にますます混乱し、どう対応すべきかを考えあぐねた。


(えっ…二人とも、振ったつもりじゃないって…どういうことだ?)


 蔵之介は心の中で必死に考えを巡らせた。彼がこれまでに感じていたのは、二人からの明確な拒絶だったはずだ。


 それなのに、今目の前で二人は、自分をまだ手放していないかのような態度を見せている。


「待って…じゃあ、どういうことなんですか?」


 蔵之介は困惑した表情を浮かべたまま、二人に問いかけた。しかし、美咲と舞は今度はお互いに視線を送り合い、少しだけ険悪な雰囲気が漂い始めた。


「つまり、私たち二人のどちらかが、あなたの相手になるということでしょう?」


 美咲が強気な口調で言い放つと、舞も負けじと応戦した。


「そういうつもりで言ったんじゃないわ。ただ、誤解されるのは嫌だから、ちゃんと訂正しただけよ。私が本気で蔵之介君を必要としているかどうかは、これから決めるわ」


 二人の言葉の間に緊張が走り、蔵之介はその場で凍りついたように感じた。


 自分を巡って静かな火花を散らしていることに気づいた瞬間、蔵之介はますます混乱した。


「ちょっと待ってください! 僕が振られたと思ってたのは…誤解なんですか? だって、もう二人とも僕を見限ったと思って…」


 蔵之介は焦りながら言葉を紡ぐが、舞が冷静に口を開いた。


「それはあなたが勝手に決めつけただけでしょう? 私たちは、あなたを選ばないなんて一言も言ってないわ。」


 美咲も鋭い目つきで蔵之介を見つめながら言葉を続けた。


「そうよ。まだ話は終わってないの。だから、蔵之介君、あなたが選ばれるかどうかは、私たちが決めることよ」


 二人の視線が鋭く交差し、蔵之介を挟んでまるで火花が散るかのようだった。彼は完全に圧倒され、どうすればいいのかわからないまま、ただその場に立ち尽くしていた。


「ふふ、なんだか面白いわね」


 麗華は三人の様子をおかしそうに見つめていた。

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