第40話
蔵之介は、麗華の両親が待つ豪華なダイニングに案内された。
心臓が早鐘のように打ち、手のひらには冷や汗がにじんでいた。
現在の蔵之介の精神状態は、正直に言えば平常とは程遠い。
偽彼氏として再び麗華の家族の前に立つことになったのは、予想外の展開だった。
契約は終わりだと思っていたのに、麗華に急遽呼び戻され、両親の前で再び演技をする羽目になっていた。
(もうこれで最後だ…)
そう自分に言い聞かせながら、蔵之介は麗華のそばに立ち、彼女の家族に向けて頭を下げた。
麗華の父、立花正一は威圧感を漂わせながら蔵之介を見つめていた。一方で、母親の玲子は微笑を浮かべているが、その目は蔵之介を試すようにじっと観察していた。
「蔵之介君。先日は立派にやってくれたようね」
玲子の穏やかな声に蔵之介は緊張しつつも、笑顔を作って応えた。
「はい、これからも麗華さんと一緒に支え合っていきたいと思っています」
自分でもぎこちない言葉だと感じたが、なんとか役を演じきろうとしていた。
正一はじっと蔵之介を見つめたまま、手を組んで静かに頷いた。
「麗華は私たちの大切な娘だ。君が彼女にふさわしい男だということを、もう少し見せてもらわねばならん。これまでのことも評価しているが、まだ油断はできんからな」
その言葉に、蔵之介はただ頷くしかなかった。
麗華は隣で涼しい顔をしており、両親の言葉に特に反応する様子もない。
彼女がこの場をどう考えているのか、蔵之介にはわからなかったが、とにかくこの演技を終わらせるしかないという決意でいっぱいだった。
(これが成功すれば、もう終わりだ…)
やがて、両親との夕食が終わり、蔵之介は再び麗華と二人きりになった。
彼は深く息を吐き出し、肩の緊張をほぐそうとした。麗華は彼の様子を見て、淡々とした口調で言った。
「ありがとう、蔵之介君。あなたのおかげで両親も納得してくれたわ」
蔵之介は無難なやり取りばかりで、前回とは違ったように感じてしまっているが、麗華はそんなことを気にしていない様子だった。
「いや、僕はただ…言われた通りに動いただけだから。これで本当に終わりなんですよね?」
蔵之介は少し疲れた顔で麗華を見つめた。彼女が次に何を言い出すのか、予測がつかないままだった。
「まだ終わらせるには早いわ。もう少し付き合ってもらうことになるけど、悪い話じゃないと思うわよ」
麗華は意味深な微笑を浮かべた。
「ついてきてくれるかしら?」
彼女の言葉に、蔵之介は少し戸惑いながらも頷いた。何かがまだ続いているのだと感じたが、断る理由も見つからなかった。
蔵之介は麗華に連れられ、再び車に乗り込んだ。
東京の夜景が流れる中、彼は一言も発することなく、麗華の隣に座っていた。
運転席でハンドルを握る彼女の横顔は冷静そのもので、何を考えているのか全くわからなかった。
やがて、車は高級ホテルの前で止まった。麗華はエレベーターで最上階まで案内し、彼をスイートルームへと導く。
「ここで待っている人がいるわ」
麗華の言葉に、蔵之介は眉をひそめた。ドアを開けると、そこには二人の女性が待っていた。月島舞と橘美咲だった。
「えっ…」
彼は驚きで声を失った。
二人とも、冷たい目で彼を見つめていた。美咲の目には怒りが滲み出ており、舞は無表情で腕を組んでいた。
「さあ、蔵之介君。私を含めて三人の女性がここにはいるわ。誰を選ぶのかしら?」
麗華がふと微笑んで言ったその言葉に、蔵之介はますます困惑した。
「選ぶって…いや、二人にはもう…振られてるんですよ?」
蔵之介は頭を抱えながら、二人の女性を前にして正直に答えた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます