第39話
蔵之介は、スマートフォンを握りしめながら、これまでの出来事を反芻していた。舞と美咲、二人から叱責を受け、それぞれとの関係が完全に終わったことを痛感していた。
どちらも彼に対して強い怒りをぶつけ、蔵之介が望んでいた永久就職の道は、目の前で断たれてしまった。
その上、麗華からもDMが届いた。
「もう偽彼氏は必要ないわ。両親も納得してくれたし、私たちの契約はこれで終了ね。お世話になったわね、ありがとう」
その一文が蔵之介の胸に重くのしかかる。
麗華からも、彼が望んでいた未来への扉は閉じられたのだ。
(これで…本当に終わりだ)
蔵之介は深く息を吐き出した。
三人全員との道が途絶え、彼が夢見た永久就職は完全に閉ざされた。これからの生活について、彼は真剣に考えなければならなくなった。
(今のところ、働かなくても一年は何とかなるか…)
麗華からもらったお金と、これまでの貯金を考えれば、一年くらいは生活を続けられる計算だった。
生活費を切り詰めれば、無理に働かずにしばらくは暮らしていける。だが、その先に待っている未来を考えると、彼はどうしても不安を感じずにはいられなかった。
(でも、それで本当にいいのか?)
働かずに過ごせる時間は限られている。
そしてその期間が終わった後、自分には何が残るのだろうか。永久就職という安定した道を失い、彼にはもう選択肢がほとんど残されていないことを痛感した。
(このまま何もせずにいたら、僕はどうなるんだろう)
頭の中に浮かぶのは、自分が何もできず、誰にも頼れなくなった後の生活だ。
周りにいた女性たちに支えられることを期待していた彼だが、今やその支えはすべて消えた。
何もせず、ただ時間が過ぎるのを待つだけの自分が、どんどん落ちぶれていく未来が容易に想像できた。
(本当にこれでいいのか?)
蔵之介は、自分自身に問い続けた。
このまま一年間、何もせずに暮らしていけば、確かにその間は楽かもしれない。
だが、それは彼が望んでいた「安定」ではなかった。
依存して生きることができなくなった今、彼に残された道は自ら行動するしかないのだ。
(このままでいたら、何も変わらない)
蔵之介は、今こそ自分で何かを始めるべき時が来たことを感じていた。働かずに過ごす道も確かにある。だが、それでは彼が真に望んでいた安定や安心は得られないことは明白だった。
彼は再びスマートフォンを見つめ、今後どうするべきかを深く考え始めた。
ーーピンポーン
不意にチャイムがなって、玄関に出て行くと、そこには豪華な車と麗華さんが立っていた。
「えっ?」
「行くわよ」
そう言って、蔵之介は強引に車に乗せられて、麗華によって連れ去られた。
車は麗華が運転しており、東京の首都高を走り抜ける。
ジャージ姿で頭もボロボロの蔵之介は何が起きているのかわからないまま、助手席で戸惑うばかりだ。
「麗華さん? 事情を説明してくれるんですよね?」
「両親があなたに会いたいって言ったの」
「だけど、契約は解除したんじゃないんですか?」
「それは申し訳ないけれど、もう少し付き合って頂戴。これが成功すれば報酬は100万を渡すわ」
「わかりました。これが最後ですね」
「ええ、その姿ではダメね」
そう言って高級なブランド店に連れて行かれて、さらに備え付けのデザイナーさんに髪の毛や多少の化粧までされてしまう。
「ふふ、かっこいいわよ」
麗華さんは、楽しそうにしている。
お金持ちのお嬢様に、全てのお金を出してもらって、綺麗に整えられてしまう。
「さぁ行きましょう」
「麗華さんなら別れたと言えばよかったのでは?」
コーディネートを整えられながら、蔵之介は、麗華の対応がおかしいことに気づいた。
「……あなたが似ているの」
「似ている?」
「ええ、私が悩んでいる時に助言をくれた少年がいたの。自分の好きなように生きなさいって。だから、どうしてもあなたが気になるのよね」
質問の答えになっているようでなっていないと思ったが、それ以上は聞くのは面倒に思って夜の街並みを車の中から眺めていた。
蔵之介は、もう何かを考えるのに疲れていたのかもしれない。
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