第8話
(やっぱり俺は恋愛が下手だな……)
舞との初デートを終え、家に帰った蔵之介は一人で反省会をしていた。
あのデートでの自分のぎこちなさ、背伸びしすぎた会話、どれも空回りしているように感じたからだ。
脱いだジャケットを椅子の背にかけ、ため息をつく。ふと、スマホの画面に映るアプリを見つめた。
そこには「恋愛マスターの恋愛講座」と書かれた動画が再生待機されていた。
(……もう少し勉強してみるか)
蔵之介は意を決してスマホを手に取り、動画を再生する。
『こんにちは、恋愛マスターミツコよ! 今日も迷える男性たちのために恋愛テクニックをアップさせる講座をしていくわよ!』
動画の中から現れた恋愛マスターミツコさんは、妖艶な美しさを放つ女性で、その自信に満ちた笑顔で語りかけてきた。
軽やかなスーツを着こなしていて、さりげない笑顔が印象的だった。
『ステップ1は、女性とのデート中に使える、距離を縮めるテクニックについて話していきます。まずは、相手の話をじっくり聞くことよ! 女性は共感を求める生き物なの。そして、自分の話を聞いてほしい! それは人間誰しも思っていることよ!』
なるほど、相手の話を聞いて共感するか……。
『相手がどんなに小さなことを話しても、うなずいてあげることが大切なのよ!』
(そうか……確かに、舞さんが話してくれているとき、俺はうまくリアクションできなかったかもな。ただ頷くだけでよかったのか!)
恋愛マスターの言葉に耳を傾けながら、蔵之介は舞とのデート中の様子を思い出していた。
彼女の話に集中していなかったわけではないが、どこか表面的な反応になっていた気がする。
『ステップ2は、相手の変化にさりげなく気づくことよ。例えば、彼女の髪型が違ったり、服装の変化を褒めるの。あなたが変化に気づいてあげることで女性は自分を見てくれているって知れるのよ』
蔵之介は頷いた。舞とのデートの中に、彼女はスーツ姿でキチンとした髪型で現れた。
今回は、変化に気づくことができなかったけど、彼女がどんな髪型で服装だったのか、それに化粧とかも気づいた方がいいってことかな?
(次のデートでは、もっと意識してみよう)
蔵之介は恋愛マスターの動画に映る手本のようなデートの場面に見入りながら、メモを取り始めた。スマホを片手に一言一句を逃さず記録していく。
『あと、名前で呼ぶのも効果的よ。デートの間に「山田さん」から、もっと親しげに呼ぶように変えてみましょう。そうすることで相手に自分の気持ちを自然に伝えることができます』
(名前……それはできたかな? 俺は「舞さん」って呼んでたよな?)
蔵之介は画面を見つめながら、ため息をついた。
名前で呼び合うことで親しさが増すのは分かっているが、いざ実行するとなると照れくさいものがある。
それでも、デートでは「舞さん」と呼んでいたと思う。
恋愛マスターミツコさんはどんどんテクニックを伝授してくれる。
『ステップ3では、女性を心配する気持ちを伝えてあげましょう!』
気持ちを伝える? 蔵之介は考えても理解できなかった。
『これは結構難しいかもね! 男性は、言わなくてもわかるでしょ? と思う人もいると思うの! だけど、女性はそんなことないのよ。「無理してない?」とか、「ちゃんと休めてる?」といった一言をかけるだけで、相手は安心感を得られます。これをデートの終わりにサラッと伝えられると完璧なの!』
(舞さん、仕事が忙しそうだったから、そういう気遣いも必要か……うーん、まだまだだな。俺が大人の男として成長するためにも勉強は大事だな)
蔵之介はその言葉に深く頷いた。
デート中に舞の様子を見て、仕事で疲れているかもしれないと感じていた。
しかし、そんな気持ちをうまく伝えられなかったことを今になって悔やむ。
『以上が今日のテクニックよ! これを使って次のデートを楽しんでね!』
動画が終わり、画面には次の「恋愛マスターの恋愛講座」のサムネイルが表示された。蔵之介は一瞬迷ったが、すぐに次の動画を再生した。
(よし……次のデートはもっと頑張るぞ)
彼はスマホを握りしめながら、恋愛マスターからのアドバイスを次々と頭に叩き込んでいった。
舞とのデートを思い返しながら、次はもっと自然に、そして少しずつ距離を詰めていけるような振る舞いをしようと心に誓う。
夜が更ける中、蔵之介は恋愛テクニックの動画を見続け、頭の中で次のデートプランを練り上げていった。
蔵之介はスマホの画面を見つめながら次々と恋愛マスターの動画を再生していく。
参考にできそうなものを片っ端からチェックし、使えそうなテクニックを頭に叩き込んでいく。
『さて、今回はデート中に女性をリラックスさせる方法を紹介します! これができると、相手との距離が一気に縮まりますよ』
(リラックスか……舞さんも仕事で忙しそうだったし、次のデートで少しでもリラックスしてもらえたらいいよな)
動画の中で恋愛マスターミツコさんが話を続ける。
『まず、相手が緊張していると感じたら、場を和ませる一言を入れましょう。例えば、「今日は楽しもうね!」とか、「ゆっくりでいいからね」なんて言葉を自然に入れるだけで相手もホッとします。逆に「緊張するね!」とか「早くやろう」なんて言葉は禁止! 相手を緊張させたり、急かしてはいけません』
(そっか、デートの雰囲気を作るのも俺の役目だよな)
蔵之介は舞との初デートを思い返した。
舞が終始どこか緊張していたように見えたのは、きっと自分が緊張していたからだ。もっと、俺自身が余裕を持って、その場を和ませなればいけなかった。
次はもっと自然に、彼女の肩の力を抜いてあげられるような雰囲気を作りたいと思う。せっかく会っているのにリラックスできないなんて辛いよな。
『そして、気になるのは相手のリアクション。デート中に相手の反応をよく観察しましょう。彼女がどんな話題で笑っているのか、どんな瞬間に嬉しそうな顔をするのか。そこをしっかり捉えることができれば、次のデートで同じことをしてあげられます』
(確かに、舞さんがどんな話で楽しそうだったか、もっとちゃんと見ておくべきだった。本当に俺はダメダメだな。永久就職させてもらうために、好かれる行動ができていなくちゃ相手だって嫌な気分しかないだろう)
舞とのデートでは、彼女がカフェで少しだけ笑顔を見せてくれた瞬間があったことを思い出す。
その表情をもっと引き出すために、何を話せばいいのか勉強するべきだったな。蔵之介は次のデートまでにしっかり考えておこうと決意した。
恋愛マスターミツコはさらに具体的なテクニックを紹介していく。
『それから、距離が近くなれば、名前で呼び合うことも忘れずに! 最初は苗字や「さん付け」で呼んでいたとしても、デートを重ねるごとに少しずつ変えてみてください。なんて呼んでみるだけで親近感がグッと上がりますよ』
(そうだ……「舞」って呼べるようにならないと)
蔵之介は舞のことをずっと「舞さん」と呼んでいたが、次のデートでは勇気を出して彼女の名前を呼び捨てで呼んでみようと心に決めた。
これができれば、距離が少しでも縮まるかもしれない。
スマホを片手に、彼は再生中の動画の一時停止ボタンを押した。そしてメモ帳アプリを開いて、次のデートでやってみたいことを書き出していく。
「彼女の話をじっくり聞く」「変化に気づく!「反応を見る」「リラックスさせる雰囲気を作る」「名前を呼ぶ」
メモを書き終えた蔵之介は、大きく息を吐き出した。初めてのデートでの反省を次に活かすために、今回こそは成功させたい。
動画をもう一本見ようと画面をスクロールしていると、ふと目に留まったのは「恋愛における小さなサプライズの作り方」というタイトルだった。
興味を惹かれ、すぐに再生する。
『今回はサプライズで彼女を喜ばせる方法について話します。サプライズといっても大掛かりなものじゃなくていいんです。例えば、デートの途中でさりげなくお花を一輪買って渡すとか、彼女が好きなドリンクを先に買っておいてあげるとか、そういうちょっとしたことが心に響くんです』
(舞さんにサプライズか……確かに、何か特別なことをしてみるのもいいかもしれない)
蔵之介は、自分が次のデートで何をすべきか少しずつ見えてきた気がした。
まずは舞の好みをもっと知ること。そして、彼女に喜んでもらえるようなちょっとしたサプライズを準備しておく。
「次のデートまでに、舞さんの好きなものをリサーチする」「サプライズで彼女が好きなドリンクを準備しておく」
スマホのメモにそう書き足した。
動画が終わり、彼は画面を閉じてスマホをベッドに置いた。
布団に横になりながら、舞との次のデートのシミュレーションを何度も頭の中で繰り返す。
(よし……次こそは、舞さんに少しでも楽しんでもらえるように頑張ろう)
心の中でそう決意しながら、蔵之介は目を閉じた。
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