第2話
通知音が鳴り、画面に彼からの返信が表示された。舞は一瞬、指が震えそうになるのを感じながら、メッセージを開く。
「はい! ありがとうございます。えっと、舞さんでいいですか? ハンドルネームが舞なので? 舞さんはとても優しい方ですね。でも、僕は本当に一生懸命に養ってくれる人を探しているんです。それに、自分でも家事とかはちゃんとやれるんですよ。料理だって得意ですから!」
彼のメッセージには、どこか一生懸命さと、少しばかりの不安が滲み出ていた。
舞はスマホを持つ手に力が入る。最初はただの親切心で送ったDMだったのに、彼の真剣さが伝わってくると、思っていたよりも放っておけない気持ちが強くなる。
「そんなこと言ってもね、世の中そんなに甘くないのよ」
彼女はスマホの画面に向かって、小さな声で独り言を呟いた。それから、返信を打ち始める。
「それは分かったけど……あなた、まだ18歳なんでしょう? 養ってもらうってそんな簡単なことじゃないわ。仕事もしないでどうやって生きていくつもりなの?」
画面上で流れる自分の言葉が、いつもの仕事の口調と似ているのに気づいて、舞は小さく苦笑した。まるで部下や後輩に注意をしているかのような文面だった。
でも、それが彼女の素直な気持ちでもあった。
彼が本気で自分を養ってくれる女性を探しているなら、そんな甘い考えでうまくいくはずがない。
彼に対して、ほんの少し説教をしたくなるのは、彼女の優しさの表れでもあった。
しばらくすると、また彼からの返信が届く。
「すみません……僕もいろいろ考えているんです。でも、働くのがどうしても苦手で……でも家事とかは好きで、誰かの役に立てるならって思ったんです。それに、舞さんみたいに心配してくれる人がいてくれて、ちょっと安心しました! 舞さんが永久就職させてくれたら嬉しいですが、そうはいかないですよね? でも、頑張って永久就職させてくれる人を見つけてみせます!」
彼の言葉に、舞の心が少しだけ揺れるのを感じた。
「舞さん」と呼ばれたことが少しくすぐったく感じてしまう。
それに自分が彼を永久就職させると言うことは、写真の顔と、名前と結婚することになる。
SNSの彼が載せた写真を見つめる。幼くて可愛らしい男の子が写っていて、ドキッとさせられる。
彼と結婚する……。彼氏もできたことがない私が? 内心ではドキドキしている自分がいた。
もう一度DMに戻って、彼の言葉を読み返す。感謝の気持ちと純粋さが溢れていた。それに、何か必死に訴えかけてくるものがあった。
「どうしても、養ってくれる人を見つけたいっていうのね……」
舞は呟きながら、スマホを見つめる。
彼の言葉には、どこか自分にはない無防備さと切実さがあった。
彼女自身も、仕事ばかりの日々を送る中で、「このままでいいのか?」と何度も問いかけてきた。
恋愛にも興味があるけれど、いつも仕事を言い訳にして、一歩を踏み出せずにいる。彼の無防備な姿勢に、舞はふと、「この子は、もしかしたら私が避けてきたものをまっすぐに求めているのかもしれない」と思った。
再び、スマホに指を滑らせる。
「あなた、どうしてそこまで誰かに養ってもらいたいと思うの?」
短く送ったそのメッセージに、彼がどんな返事をするのか気になって仕方がなかった。いつの間にか彼とDMのやり取りをするのが楽しくて、気になっている。
自分の中で何かが変わり始めているのを、舞はぼんやりと感じていた。
数分後、彼からの返信が返ってきた。
「……僕、今年大学に落ちたんです。それで働かないと家を追い出すと言われて、それでも働くのが苦手で、ずっと家にいたいって思ってるんです。でも、両親から祖父母の家を与えられて追い出されてしまったんです」
彼の事情を聞いて、ご両親の気持ちが理解できると思った。
「だけど、働くことができないから、誰かを頼りたいと思いました。幸い、家事は好きで家のことをするのは苦にならないので、働きたいと思っている女性を支えられればと思いました。このまま一人で過ごすなら、いっそ養ってくれる優しい女性に永久就職させてほしいって」
その文章を読んだ瞬間、舞はハッとした。彼の言葉には、自分と同じような孤独と不安が見え隠れしていた。
自分だって、誰かに頼りたいと思う瞬間はある。けれど、仕事があるから、という言い訳でその気持ちを押し殺してきた。
彼もまた、そんな葛藤を抱えているのではないか――。
「誰かに……頼りたい、か……」
舞は自分の胸の中でその言葉を何度も繰り返す。仕事ばかりの生活に少しだけ疲れている自分が、その言葉に反応してしまうことに気づき、戸惑った。
「……まあ、そんなに言うなら、ちょっと会って話してみるのも悪くないかもしれないわね」
心の中でそうつぶやき、彼への返信を書き始めた。
「わかったわ。あなたがそこまで真剣なら、直接会って話してみないかしら?」
少しだけドキドキしながら、送信ボタンを押す。どんな返事が返ってくるのか分からない。けれど、彼の純粋さに心が動かされた自分がいることは確かだった。
それから数秒後、彼からの返信が届く。
「本当ですか!? ありがとうございます! お会いできるのを楽しみにしています!」
彼の喜びがそのまま伝わってくるような言葉に、舞は少しだけ顔がほころぶのを感じた。なんだか、自分もいつもとは違う自分になっているような気がした。
「……まあ、悪くないかもね」
そうつぶやきながら、舞は再び仕事に戻った。しかし、心のどこかで、彼と会うことに少しだけ期待している自分がいることを認めざるを得なかった。
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