永久就職希望! 俺を養ってください!

イコ

第1話

 季節は春の終わり、ゴールデンウィークが終わって忙しさが本格化していく。


 新入社員に仕事を振って、自分の仕事を終わらせる。


 暑い風が吹きつける中、都心にある広告会社のビルの一室では、月島舞がいつものように仕事に打ち込んでいた。


 オフィスに響くのはキーボードを叩く音や、電話の会話。


 舞はパソコンの画面に映る資料をじっと見つめ、取引先のクライアントに送るプレゼン資料を最終確認していた。


 彼女のデスクには、整然とファイルやスケジュール帳が並べられ、彼女の几帳面さがうかがえる。


「月島さん、今日のミーティング資料、さっきの完璧でしたね。さすがです!」


 同僚の女性社員がコーヒー片手に近づき、舞の肩をポンと軽く叩いた。舞は手元の仕事を中断し、少し微笑みながら頷く。


「ありがとう。でもまだ詰めるところはあるから、気を抜かないようにしましょう」


 真面目な口調で言う舞に、同僚は少し笑いながら肩をすくめた。


 月島舞――24歳。彼女の仕事ぶりは社内でも評判で、若手ながらプロジェクトのリーダーを任されることも多い。仕事一筋の堅物女子として、誰もが一目置く存在だった。


「で、舞さん。週末はどうするんですか? また一人でお仕事?」


 同僚が半ば冗談のように聞くと、舞は少し目を見開いた。だが、何も気にしていない様子で、すぐに何事もなかったかのようにパソコンに視線を戻した。


「週末は、次のイベントの準備があるから、やらなきゃいけないことがたくさんあるわ」

「またそんなこと言って……彼氏とか、いないの? 月島さんがデートしてるって聞いたことがないんだけど?」


 彼女はあっけらかんと質問を投げかけるが、舞の心は一瞬だけ揺れた。内心ではわかっている。周りが恋愛に忙しくしている中、自分は仕事ばかりだった。


 学生時代も、恋愛より勉強に夢中で過ごしてきたから、男性と付き合ったこともない。


「彼氏よりも仕事です」


 舞は迷いなく答えた。だが、その答えが口をついて出た瞬間、心の奥にわずかな違和感が生じる。自分の言葉に対して、ほんの少しの空虚さを感じてしまったのだ。


「ふーん、相変わらず真面目ね。でも、たまには息抜きもしないと疲れちゃうよ?」


 同僚の軽い口調に舞は苦笑いを浮かべ、黙って頷いた。


 確かに、仕事ばかりで疲れないと言えば嘘になる。でも、何をしていいか分からないのも事実だった。


 恋愛って、どんなものなんだろう。彼氏と一緒に出かけたり、デートしたり、そんな普通のことを、自分は一度も経験したことがない。


 自分のデスクに戻り、ふとスマホを手に取る。


 ふわっと頭の中を過ぎったのは、「彼氏が欲しいかも」という淡い気持ち。


 だけど、そんな相手がいるわけでもない。


 時間ができると、ついSNSをチェックしてしまう。


 彼女のSNSには、同僚や友人たちの楽しそうな投稿が溢れていた。


 みんな恋人とデートしたり、遊びに行ったりしている。自分だけが取り残されているような気分になるのはいつものことだ。


 何気なくタイムラインをスクロールしていると、ふと目に留まる投稿があった。


「永久就職希望。養ってくれる女性募集中!」


 ……何これ?


 思わず画面に表示された文章を読み返す。


 どうやら、ある若い男性が自分を「養ってくれる彼女」を募集しているらしい。


 最初は、何かの冗談かと思った。もしくは悪徳商法の勧誘かと思っていた、最近のSNSには怪しい話が多いからだ。


 投稿者のプロフィールを見てみると、若い男の子の写真が載っている。驚いたことに、彼は自分の顔やプロフィールを堂々と晒していた。


 18歳、仕事はしたくないけど家事はできます! なんて無防備な自己紹介をしているんだこの子は! 社会に出たことがないからあまりにも世間を知らなすぎる!


「この子、大丈夫なの……?」


 思わず心配になり、舞はその場で固まってしまった。


 悪い人に騙されるんじゃないか? 自分を養ってほしいなんて、本気で言っているのだろうか? 誰かに親切心でアドバイスしてあげたほうがいいんじゃないか?


 舞は、自分が恋愛経験がなく、騙されているとは考えることができなくなるほどに、自分が見つけた少年を、どこか恋愛をしてこなかった自分と重ねて、アドバイスしたい気持ちになってしまう。


 気づけば、舞は彼のアカウントにDMを送る画面を開いていた。


 普段なら、こんな突拍子もないことをする性格ではない。でも、彼の無防備な投稿に、そして同僚に揶揄われた自分を思い、放っておけない気持ちが湧いたのだ。


「なんて送ろうかな? あなた、変なことはやめなさい! いやいや、なんでそんな偉そうな文章! そんな言い方したら絶対に聞いてくれない。とにかく、クライアントを動かす際には、相手の立場になることが大切よね? えっと、そのまま写真やプロフィールを載せたままにするのは危ないと思います! DMをくれた人だけに写真を送るとしてはどうですか?」


 打ち込んだ文を見直し、しばらく悩んだ後に送信ボタンを押した。


 舞にしては珍しい行動だった。親切心からのつもりではあったが、彼がどう反応するのかも気になっていた。


 しばらくして、返事が返ってきた。通知を確認してみると、そこには彼からの返信とお礼の文が書かれていた。


「すみません! びっくりしてしまいましたか? DMを頂いて僕もびっくりしています。だけど、僕は本気で養ってくれる方を探しているだけなんです! それにインパクトがあることは証明できたと思います!」


 その文章には、緊張している様子がにじみ出ていた。


 若いなりに考えてやったことだと、伝わってきて思わずクスッと笑ってしまう。


 どうやら本当に悪徳商法の勧誘ではなさそうだし、何より彼は思ったよりも若い。


 18歳というプロフィールは、嘘じゃないかもしれない。こうして改めて読むと、純粋な思いが伝わってくる。


「なんだか、面白い子ね……」


 舞はふとそう思った。そして、もう一度DMを打ち始めた。


「簡単に誰かに騙されるわよ? 少しは気をつけたほうがいいんじゃないの?」


 お節介なことをしているのはわかっているが、一度気にしてしまえば、もう止めることは難しい。彼がどんな返事をしてくるのか、興味が湧いてきた。

 

 純粋でちょっと危なっかしい彼に対して、親切心と好奇心が入り混じった感情を抱きながら、舞は次の返事を待った。


 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 あとがき


 どうも作者のイコです。


 今回はラブコメなのですが、自分的には珍しい三人称で書いてみました。


 ちょっと色々忙しいので、更新はゆっくりします(^◇^;)

 

 楽しんでもらえるように頑張ります! ブックマーク、⭐︎レビュー、♡いいねなどいただけると励みになりますので、どうぞよろしくお願いします!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る