第5話 あたふた

 廊下の真ん中で二人に板挟みにされているこの状況は、陰キャからすると息苦しい。


 本来ならこんなSSS級美少女たちと関わるはずがなくて、遠くから見るだけの鑑賞物みたいな人たちなのだ。それなのに今はすぐ近くにいて、逃げ出したい気持ちに駆られる。


「そ、それよりも今は部屋の整理をしないといけないし、部屋の紹介を先にお願いします!」


「あーはぐらかしたー。いけないなあ、弟くんは。もうこれだから草食男子ってら言われんるんだよー」


 まず言われたことないし、それよりこの様子だとしつこく聞いてきそうだ。少し話が通じそうな直さんを見ると、やれやれと言った様子で肩をすくめていた。


「もう嘘だよ嘘。なんて言うの? これは挨拶がわりの弟くんイジリとかそう言うやつだから、あんま気にしなくて良いよ」


「そうだよ。それなのに弟くん、本気で焦っちゃって可愛いとこあるんだねー」


 くそう、ただ単にからかわれてただけじゃないか! それなのに動揺してた自分が恥ずかしい!


 二人とも顔をニヤニヤさせながら見てくるのですぐに視線を反らした。可愛い顔して、どっちもドSじゃねえか。美少女って恐ろしいことを初めて知ったよ。知りたくない情報をどうもありがとう。


 こういうイジリすらされたことがないので、恥ずかしさと戸惑いにあたふたしてしまう。ああ、もう少し大人の余裕が欲しい。

 そんなことを切実に思いながら、その後はこの家のルームツアーをすることになった。


 トイレやお風呂の場所、それからリビングなどを見て周り、最後に自分の部屋に戻ってきた。この部屋はもともとお母さん(麻美さん)が使っていた部屋で、6畳の綺麗な部屋だった。


 引越し会社のロゴが入った段ボール箱がたくさんあり、それを見渡しているとある違和感があった。


「あれ、どうしてこの箱は空いてるんだ? それにこっちもテープが剥がされてある……」


 その箱の中身を見れば、実家から持ってきたラノベや漫画、推しキャラのフィギュア。その他にもゲーム類なども漁られていた。


 グギギギと錆びついたロボットみたいに首が曲げて、僕はどっちがやったのかと目で問いかける。するとあからさまに口笛を吹いている心愛さんと、静かに目をそらす直さんがいた。


(二人ともやったのか……)


 細目で二人の方を睨むと、心愛さんが「あのねあのね……」と早々に言い訳をし始めた。


「これはちょっとした出来心なの!」


 ……どんな出来心だよ。


「同年代の男の子がどんなものに興味があるのか知りたいし、開けたらいけない箱はついつい開けたくなるんだもん!」


(そんなこと絶対にするな!)


 さっき姉さんの部屋に入るなとか言ったくせに、僕の荷物は勝手に開けてるじゃないか。これこそプライバシーの侵害になるだろ。


 直さんの方を見ると開き直ったように堂々としていた。いやむしろ最初から焦ってなかったのかもしれない。


「そうだけど何? 私たちは見たよ。でも言っとくけどこれは調査だから。親友の弟がえっちい物を持ってないか確認するでしょ?」


(普通はしない!)


 そもそもエロ本とかは僕らの世代だと持っている方が少ない。だからその心配はないのだが、中にはちょっとエッチな表紙のラノベもある。そういう本を持っていることを知られたのは恥ずかしい。


「はあー、見てしまったものはもう良いですよ。でもこれからは勝手に見ないでください。こっちにも恥ずかしいものはあるんで……」


「はーい!」


「ちぇー」


 二人の返事を聞いてもまったく反省の心が見えなかったが、とりあえず話は終わったことだし部屋から出ていってもらおう。


「それじゃあ片付けたいので部屋から出てください」


「あー気にしなくていいよ。別に邪魔するつもりはないし、なんなら私たちも手伝ってあげよっか?」


「うんうん。そっちの方が早く済むし、これって名案じゃない? やるやる、私も手伝うよ!」


「いえ、結構です」


 これ以上、私物を見られるのは恥ずかしい。

 しかし僕のそんな抵抗は聞こえていなかったのか、二人は興味津々な様子で段ボール箱を開け始めた。この二人からすると親友に弟ができたことで、新しいオモチャを見つけたような感覚なのだろう。


「いやほんとに大丈夫なんで。漫画でもゲームでも貸しますからそっとして……」


「ねえねえ、これ何なの? ヨコガワ文庫『僕のお姉ちゃんが毎晩、布団の中に入ってくる件』って。もしかして弟くんってこういう本が好きなの? ということは、つまりシスコ……」


「わあああああっ!」


 最後まで言わせまいと声でかき消した。

 心愛さんの持つラノベを奪いとり、すぐさま段ボール箱に戻した。やっぱりこの手のラノベは実家に置いておくべきだった。今さら後悔しても遅いけど、こんなことになるとは思っていなかったしな。


「今のはあれですよ。友達にオススメされてたまたま読んでみたってやつです。だから別に僕の趣味とかではないんで。そもそも僕は読書に関しては雑種だし色んなジャンルを読むわけで、これを誤解されると困ります!」


 誤解を解こうと説明したら、二人にジーッと見つめられる。さっきよりもますます目つきが胡乱になっている気がした。


 だけどシスコンなどと勘違いされるのはもっての外だ。


「弟くん、さっきよりもずいぶん饒舌になってない? これって私の気のせいかな?」


「なってません! それと今さっきのラノベに関して姉さんには絶対に伝えないくださいよ!」


「えー、どうしようかなー?」


「あははは! ねえねえ知ってる? 弟くん、今すっごい汗が出てるんだよ。もしかして焦ってたりするの?」


 直さんはからかうような悪い顔で。

 心愛さんは純粋すぎるほど目を輝かせながら、僕を挟むようにして横に座ってきた。だけど今はまったく嬉しくない。


 その時、玄関の扉が開く音がした。どうやら姉さんが帰ってきたらしい。こんなタイミングで帰ってくるとは最悪だ。


 姉さんが部屋に顔を出すと、僕たち三人の様子を見ながら聞いてきた。


「みんなここにいたのね。その様子だと、二人とも祐樹くんとは仲良くなれたみたいね?」


「それはもうばっちりと……」


「うんうん、若菜の弟くんね。色々とイジリがいがあって、すっごくすっごく面白いんだよ〜!」


 二人はニヤニヤしながらそう言ってきた。だけどおかしいな。

 僕の方は全然仲良くなれたとは思えないんですけど……。

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