第2話 僕は主人公になれない

「それにしても若菜ちゃんは大人びているよね。ほんと僕も見習わないとだ。でもこれからは家族になるわけだし、もっと砕けた喋り方でも大丈夫だよ!」


「えっと、はい。私も浩司さん……お父さんとは仲良くなりたいので。それと祐樹くんとも仲良くなりたいかな」


 若菜さんは優しく微笑むと僕の方をチラっと見て来た。これにどう反応すれば良いのか分からず、僕はその場で縮こまった。


(……か、可愛い!)


 父さんもそう思ったのか、感激したように涙を流して、


「お、おとっ、お父さんと呼ばれちゃったよおおお~‼︎ 麻美さん、聞いたかい? 今、若菜ちゃんが僕のことをお父さんって……!」


「ええ、聞いてたわ! 若菜はずっとお父さんに憧れてたんですよ~‼︎」


「そうだったのか……うっ、うううっ……わ、若菜ちゃん……。今日からは僕のことを本当のお父さんだと思って、何でも相談するんだよ!」


「はい。よろしくお願いします」


 そんなやり取りを眺めていると、ますます父さんが騙されているのではないかと思ってきた。


 今の会話からも分かるように、父さんはチョロいのだ。


 それならお金目当てで近づいてきた線も考えられる。いや、これは本当にありえるぞ。むしろ他の理由が思いつかない。


「どうしたんだ? さっきから下ばっか向いてるけど、もしかして体調でも悪いのか?」


「いや別に! な、何でもないよ。ちょっと考え事してただけだから……」


「そうか? なら良いんだけど……」


 そこで父さんは僕が話の輪に入れないと思ったのか(まあ入れないのは事実なんだけど)、話の話題が僕に移った。


「そうだ。祐樹も浅羽あさば高校を目指してるんだよ」


「あら、そうなの? うちの若菜は浅羽高校に通ってるのよ」


「え? そうなんですか?」


 若菜さんの方を見ると静かに頷いていた。心なしか、その瞳がパッと明るくなった気がする。


 歳が一個上とは聞いてたけど、まさか浅羽に通っていたとは……。これも運命とか、そんな言葉で片付けて良いのだろうか? 


「それなら来年には二人揃って高校に行くのね。あ~、なんだか夢があるわぁ~」


「いや目指してるってだけなんで、まだ受かるとは決まってませんよ。それに浅羽は倍率が高いし、そう簡単に入れないから……」


「はっはっは! 知ってるか? この偉大なる若菜ちゃんはな、浅羽高校の首席なんだぞ!」


「ま、マジですか?」


「いえ、あれはたまたまですから……」


 若菜さんは謙虚にそう言うけど、たまたまで首席にはなれない。


 浅羽あさば高校は県内の公立の中でもトップクラスの進学校だ。そんな高校で首席を取るなんて、僕には考えられない話だ。


 顔も良くて頭も良いなんて、天は二物を与えずなんて言うけど、あれはやっぱり嘘だな。


「それなら若菜ちゃん、うちの息子に勉強を教えてあげてくれないか?」


「と、父さん、それは若菜さんに迷惑だよ!」


「私は良いですよ」


「え?」


 若菜さんを見れば本気で言っている様子だった。そのアーモンド形の瞳に見つめられて、僕はまた下を向いてしまう。こんなのを直視できる男なんていない。


「もちろんこれは祐樹くんが良かったらの話だけど」


「でも……」


「良いじゃないか。若菜ちゃんもそう言ってくれてるんだし、たくさん教えてもらいな!」


 三人が僕の答えを待っている。こっちは気を遣って断ろうと思っていたのだけど、この空気だと断る方が申し訳ない。


「それなら、お、お願いします」


「うん、こちらこそ」


 そんなやり取りの後、父さんたちが予約していた『秋を楽しむ和食コース』がやって来た。


 前菜の焼きかます寿司や酢のもの、ホタルイカの沖漬けにさつまいもの煮物が運ばれて、その次に鯛の造里がやってきた。

 そして鯖の焼き物、それから秋鮭ときのこを使った鍋を楽しみ、エリンギの揚げ物、松茸を使った釜めしを平らげた。


 もうお腹の中は至福で満たされており、そこでは父さんと麻美さんが主に喋り散らかして、さっそく夫婦漫才のようなものが繰り広げらる。


 そしてたまに僕がツッコんでみたり、若菜さんが麻美さんを注意する流れがあって。


 まるで本当の家族のような和気藹々とした時間を過ごした。もちろんまだ完全に気が緩んだわけじゃないけど、この空気は居心地が良かった。


 最後にデザートがあるらしいので、その間にトイレに行こうと席を立った。


「あの、ちょっとお手洗いに行ってきます」


「それなら私も……」


 すると若菜さんも席を立ち、二人でトイレに向かうことになる。


 廊下を二人で並びながら歩いた。


 ……めっちゃ緊張する。


 まだ若菜さんとは何を話せば良いのか分からないし、そもそも友達がいないので話の広げ方すら分からない。


 まあ、まだ何も聞かれてないんですけどね。でもやっぱり身構えちゃうんだよ。

 何か聞かれたらどう答えるのか、そんなことを考えている時点ですでにダサい。


 つい若菜さんの様子が気になって横目で見る。するとばったり目が合ってしまった。

 若菜さんから切るように視線を反らし、見れば両手をもじもじさせている。


(……あれ? もしかして若菜さんも緊張してるのか?)


 そしてまたこっちをチラっと見てきて、目が合うと視線を反らされた。何かを言いたそうな様子だったけど、それを聞き出すMC力なんて僕にはない。


 なので気づけばトイレの前にいた。とりあえず安心した。何の安心なのか自分でもよく分かってないけど。


「あっ、えっとじゃあ僕、こっちなんで……」


「うん」


 そんなこと言わなくても良いのに、僕は男子トイレの方を指しながらそう答えた。それに若菜さんも曖昧に頷いて、それぞれトイレに入った。


 ふうー、すっきりした。

 石鹸ソープで手を洗いながら鏡に映った自分を見ると、いつものパッとしない顔が映っている。


「はあー」


 思わずため息が出てしまった。


 人畜無害なモブA、どこにでもいる背景キャラ、陰キャぼっち。


 呼び方は色々あるけど、これがラブコメだったら僕は主人公になれない。そんな立ち位置にいることは自分でも分かっている。

 自分の顔で思い出したけど、父さんも目立つような顔立ちじゃない。


 これは自論だけど、ラブコメの主人公はきっと顔が整っているんだ。そうじゃないとおかしいだろ。あんなに可愛いヒロインにチヤホヤされるのだから、結局は顔が良いに決まっている。

 アニメ化した作品で顔が悪い主人公なんていないわけだし。


 だから内面だけで好きになるのはフィクションの中だけの話なのだ。


「やっぱり父さんは騙されてるのかな……?」


 そうなるとやはり僕はそこが心配になる。

 この再婚自体、お金目当てなのかもしれない。

 麻美さんも若菜さんも良い人なのは話してて分かる。だけど、それは偽りの可能性だってある。


 母さんが死んでから、父さんにはたくさん迷惑をかけた。シングルファザーの大変さを僕は分からないけど、父さんには幸せになって欲しい。そう思うのが息子の本心である。


 少し経ってからトイレを出よう。

 若菜さんと鉢合わすのは気まずいし、綺麗な人の前だとどうしても緊張する。


 それから五分が経過した。さすがにもう大丈夫だよな。しかし、そんな僕の考えはトイレを出た瞬間に消えていた。


「あっ!」


「お帰り、少し遅かったわね」


 トイレの前には壁によりかかっている若菜さんがいた。

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