義理の姉さんが可愛さで無双している

はとり

第1話 出会い

 銀杏ぎんなん市のとある住宅街を僕は歩いていた。

 知らない街の、知らない公園を通りすぎたところで、またスマホに送られた地図を確認する。


「ここら辺だよな……」


 僕が今向かっているのは、これから三年間住むことになる姉さんの家だった。

 姉さんと言っても血は繋がっていないので、正しくは義理の姉さんである。


 僕と姉さんの出会いはちょうど半年前で、父さんから再婚をすると聞かされた次の日である。

 中学三年生の秋半ば。あの日のことは今でも鮮明に思い出す。


   〇


「もう二人には先に待ってもらってるんだ」


「そうなんだ……」


 再婚の話を聞かされた次の日。

 僕と父さんは再婚相手の待つ和食料理屋に入った。


 店の雰囲気がすでに高そうで、『楓の間』と呼ばれる部屋に通された。

 今日が最初の顔合わせになるので緊張する。父さんの後に続いて部屋に入ると、そこには和風美人が二人いた。


 きっとこんな人たちを、世間では高嶺の花と言うのだろう。それほど二人は輝いて見えた。


「ほら、見とれてないで座るよ」


「あっ……う、うん」


 声をかけられるまでボーっとしていることすら気づかなかった。そんな僕が面白かったのか、女性陣は上品に微笑んでいた。めっちゃ恥ずい。


 父さんと並んで座り、さっそく自己紹介が行われる。僕の目の前には義理の姉さんがいて、さっきから僕の方をじろじろ見てくる。


「それじゃあ改めてだけど、今回はみんな集まってくれてありがとう。僕は滋水浩司しみずこうじ。この隣に座ってるのが息子の……」


 その時、横から肘でつつかれた。


(あ、僕の番なのか……)


 ふうー。大丈夫。

 落ち着けば、自己紹介くらい何てことはないはずだ。


「えっと、その……しぃ、滋水祐樹しみずゆうきでぇすっ」


 やっぱり訂正。

 大事なところで噛んでしまった。人の第一印象は三秒で決まると言うから、さっそくコミュ障だとバレたかもしれない。


 そんなことを考えていると、父さんの前にいる義理のお母さんが話し始めた。


「こんにちは祐樹くん。浩司さんから話には聞いてたけど、やっぱり可愛いわねぇ~」


「やっぱり? というかぼ、僕って可愛いんですか? そんなこと父さんから言われたことが無かったもので……」


「何て言うのかしら。顔もだけど、仕草とかも小動物(?)みたいで可愛らしいわ。ねえ、若菜もそう思うでしょう?」


「ええ、とっても可愛い」


「そ、それはど、どうもです……」


 義理の姉さんまでそんなことを言ってきた。恥ずかしくて声がどもってしまう。


「それに浩司さんたらねぇ~、いっつも祐樹くんの話をしてくれるのよ。私、その話を聞くのが好きで好きで、今日会うのをすごく楽しみにしてたの!」


(一体どんなことを話したんだ?) 


 今まで十六年間生きてきて、自分のことを可愛いなんて思ったこと無いんだが……。


 横目で父さんの方を見ると白々しい顔をしていた。


「だから私、祐樹くんに聞きたい事がたくさんあってね、まずはそうね……」


「お母さん、祐樹くんが困ってる。それに今は自己紹介をする時なんだから、質問はまた後にして」


「そ、それもそうよね。えっと、ごめんなさい。恥ずかしいところを見せちゃったわ。それじゃあ改めまして、私は安藤麻美あんどうまさみです。お父さんとは会社の関係で出会ったのよ」


「そうなんだ。それから僕たち意気投合しちゃってさ、ほんとに気が合うんだよ!」


「そうなの。この歳になってから運命を感じるんだから人生不思議ねえ~‼︎」


「そうなんですね……」


 麻美さんは目を細めながらほっぺを触っていた。まるで恋する乙女みたいな仕草だ。


「もうお母さん。祐樹くんが困ってるから、あんまりはしゃがないで……」


「あらそうね、ほんと私ったらごめんなさい。大人げない姿を見せちゃったわ」


 麻美さんはそう言うとゆっくり頭を下げて来た。僕も慌てて頭を下げる。


 麻美さんは四十代らしいけど、どう見ても二十代にしか見えない。

 むしろ二人が姉妹と言われた方がまだ納得できる。


 それに最初は真面目そうな印象だったけど、いざ話してみると口調もゆるふわで、雰囲気から優しいのが分かった。


「そして私が娘の安藤若菜あんどうわかなです。浩司さん、祐樹くん、こんな母と娘ですけど、どうかこれからよろしくお願いします」


「もう若菜、それだと私がダメみたいに聞こえるじゃないのぉ……」


「そう思うなら真面目にして」


 それに対して義理の姉さんになる若菜さんは、何というか見た目通りで真面目そうだった。


 長い濡れ羽色の黒髪と雪のような白い肌で、和風美人がなんたるかを体現しているみたいだ。さすがは親子というべきか、麻美さんと若菜さんの顔は瓜二つだ。


 だけど若菜さんの方が幼さがあって、モデルの表紙を飾っていてもおかしくない。


 しかしだ。


 こんな美少女が本当に僕の姉になるのか? 


 父さんが再婚すればそうなるんだけど、僕が言いたいのはそこじゃない。普通、こんな高嶺の花みたいな人は、僕みたいなモブAと関わるはずがないのだ。


 ……それなのに義理の姉さんになるだって?


 いやいや、ラノベじゃないんだから普通に考えてありえないだろ。


「それにこれだもんな……」


「ん? どうした祐樹? 父さんの顔に何か付いてるのか?」


「何でもないよ」


 父さんは僕と同じで、存在感の薄い顔をしている。父さんには悪いけど、麻美さんがどこを好きになるのか、僕にはまったく分からない。だからこの再婚には裏があるんじゃないかと僕は疑ってしまった。

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義理の姉さんが可愛さで無双している はとり @heyanonaka

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