Excuse me
森下 巻々
(全)
*
駅に近い通りを、学校帰りに制服姿で歩く僕の前に近づいてきた白人のお年寄りのカップルは、箸を持って口に運ぶような手振りをしつつも、或る看板を指差す。フーズ、フードという言葉は、僕にも聴き取れた。あそこは、御飯が食べられるお店だよね、と僕に訊いてきているのが分かった。
イエス、いえすとしか答えられない自分には、少しだけ物足りない気持ちがする。何も英語力だけの問題ではない。日本語で会話したとしても、愛想のよい遣り取りなどできはしないのだ。
僕らは、笑顔で別れた。
これから横断歩道を渡ると、駅の敷地内に入る。
しばし、青信号に替わるのを待った後、歩き始めた。
*
この駅では、正面玄関に至る前に、巨大なモニュメントを見ることができる。
僕の前に、東洋系の顔をした中年男女のカップルが話しかけてきた。今度は、日本語だ。日本人なのだろう。
僕は、人生で初めて手にする高価で古そうなカメラを構えて、二人を撮影した。うまく撮影できたか自信がないけれど、カップルは、お礼を言ってくれた。そして、男性はウインクし、僕に近づいて肩をぽんぽんと抱くような仕草まで見せた。低声で、
「若者よ、頑張ろうな」
*
駅の建物に入って、ゆらゆらと歩く。
切符売り場に向かった。
子供連れの若い黒人の家族が近づいてきて、或る駅名を繰り返す。手には、紙幣を持っている。
僕は、その或る駅までの切符を買いたいのだなと気づいたので、お金を受け取って、人数分の切符を代わりに買ってあげることにした。一応、駅員さんに確認をとったから、問題ないはずだ。
その家族のお父さんと思われる男性が、センキュー、せんきゅうと言ってくれていた。
僕は、なんだか、あったかい気分になった。僕らは、彼らに向かって、四つの手でバイバイをした。
「ありがとう」
「何?」
「さっきのこと……。待っていてくれて」
僕らは、僕らの切符を買うために、ようやく自動販売機に向かった。
「仲のよさそうな、家族だったね」
「うん。わたし、あこがれちゃう」
彼女は、僕の頬にチュっとキスをした。
Excuse me 森下 巻々 @kankan740
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