29

ザガリーを見送った後、私はレオナルドに振り向いた。


「クリスってどなたですの?」


「王室付きの呪術師だ・・・」


レオナルドは不安そうな顔で答えた。


「クリスはザガリーの一番弟子なんだ。彼まで疑うなんて・・・」


肩を落とし、そう呟く。二歳児のその姿はなかなか憐れみを誘う。なにかと狡い姿だ、この姿は。


「念の為ですわよ。事が事です。慎重になって当然でしょう? きっと、そのクリス様という方も、宮廷内で殿下が行方不明なので、心配してザガリーの所にいらしただけでしょう」


可哀相になり、つい励ましてしまう。


「そうだな・・・。今、俺は行方不明なんだから・・・。きっとザガリーに俺の行方を・・・」


「・・・」


「・・・なんで・・・ザガリーに? 俺が彼を頼るのを知って・・・?」


「・・・考え過ぎでは・・・? 手あたり次第に知り合いを訪ねているのでしょう、きっと・・・」


「そうだな・・・」


「ええ・・・、多分・・・。もしくは、たまたま用事があっただけかもしれませんし・・・」


「うん、そうだ・・・。でも・・・、彼も呪術師だ・・・」


「・・・」


「・・・」


シーンと静まり返る室内。私たちは顔を見合わせた。

レオナルドが両手を差し出したのと、私が彼に手を伸ばしたのは同時だった。


私は無言でレオナルドを抱き上げると、静かに部屋の扉を開けた。

そーっと廊下を覗く。誰もいない。私は静かに廊下に出た。


階段近くまで来ると、レオナルドを降ろした。私は彼の横にしゃがみ、一緒になって手すりの間から階下を覗き込み、耳を澄ませた。


・・・。

モソモソと人の話をしている気配がするだけで、話の内容までは聞き取れない。

それでも私たちは意地になって耳をそばだてた。


暫くの間耳を傾けていたが、正直成果はない。

無言でレオナルドに振り向くと、彼も私を見て、がっかりしたように首を振った。


カチャ・・・。

その時、階下で部屋の扉の開く音が聞こえた。


私たちは慌てて立ち上がると、手すりから離れた。

階下からは見えない位置で、二人で寄り添い息を潜め、耳を澄ませる。


「突然の訪問、大変失礼しました。では、私はこれで」

「ああ、ご苦労だったな。また、いつでも来い」

「ありがとうございます。師匠もお身体にお気を付けて」


入り口から聞こえる会話。それは普通の別れの挨拶。重大な問題を抱えている人たちの会話ではない。

本当にたまたま来訪しただけ? タイミングは単なる偶然か?


あまりにも普通の会話に、拍子抜けするよりも、反対に違和感と不信感を持ってしまう。

チラッとレオナルドを見ると、彼も顔を顰めていた。


玄関の扉が閉まる音がしたと思ったら、トントントンと階段を駆け上がる音がして慌てて、レオナルドを抱えて部屋に戻ろうとしたが、間に合わず、ザガリーに見つかってしまった。


「やはり、覗いていましたか・・・。部屋から出ないように申し上げたのに・・・」


ザガリーの呆れ顔に、私もレオナルドも気まずそうに首を竦めた。



☆彡



「クリスは? クリスの様子はどうだったんだ?」


研究室に戻ると、レオナルドはザガリーに食いつくように質問した。


「残念ながら、彼には用心した方がいいと思われます・・・」


「そ、そんな・・・」


レオナルドはガクッと肩を落とした。


「いえ、殿下。私も彼が黒と判断したわけではありません。ただ、判断する材料が乏しいのです」


気の毒そうにレオナルドを見ながらザガリーは続ける。


「普段、クリスは突然来訪することはありません。必ず一報を寄こしてからやって来るのです。それなのに、今日は突然来たかと思うと、近況報告とか言いながら、自分の事はほとんど話さず、私のことばかり聞いてくる・・・。探りを入れているとしか思えんほどに・・・」


そう言って、思案顔で顎を摩った。


「どうやら、殿下を探している事には間違いないようですな。ただ、真相を知っているかまでは分からない。ただ、行方不明の殿を探している可能性もあります」


「そうだ! クリスは昨日の朝から今日にかけて外出していた!俺が子供の姿になったことは知らないはずだ!」


バッとレオナルドは顔を上げた。


「ならば、城に戻ってから殿下の不明を知り、急ぎここに来たのだろうか? しかし、純粋に殿下をお助けしたいと思っていたのならば、素直に私に協力を求めてきただろうに・・・」


「箝口令が敷かれて迂闊に物が言えない状況なのでは?」


私も口を挟んだ。


「確かに、箝口令は敷かれているでしょうな・・・。ならば、もし、彼が殿下をお助けしたい一心で探りを入れてきたのであれば、私を誘拐犯の一味とでも思っているのかもしれませんね・・・。それはそれで心外ですな・・・」


ザガリーは腕を組み、うーんと考え込む。

レオナルドも腕を組み、考え込んでいる。


気付くと、私も腕を組み、首を傾げていた。


暫くの間、部屋の中央で、三人して同じポーズをしていた。


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