30
暫く三人で同じポーズをしていたが、ザガリーがパンッと手を叩き、私たちを見た。
「こうしていても仕方がありません。とにかく、今日はもうお帰り下さい。弟子たちが帰ってくる前に」
そうだ。ザガリーは自分たちの弟子の関与も疑っている。それだけでなく、秘密を一人で背負ってくれようとしているのだろう。
「クリスにも用心しましょう。まだ近くにいるかもしれない。裏口から出て行かれた方がいい。でも、その前に!」
ザガリーはそう言ったと思ったら、部屋の棚に向かうと、小さな引き出しから一つの瓶を取り出した。
「殿下、いくら侯爵家の中が安全とは言え、油断してはいけません。さらに身元がバレないように、これで変装なさった方がよろしい」
「これは・・・?」
レオナルドは首を傾げた。
「髪染めです。殿下の御髪は見事な金髪ですからな。特徴を変えればそれだけ身バレはしにくくなります」
確かに、レオナルドの髪は美しい金色。その美しさは宮廷内で褒め称えられるほど。特にご令嬢方には定評がある。
美しい金髪と言えばレオナルド。レオナルドと言えば美しい金髪の王子様と、ご婦人方にチヤホヤもてはやされていた。そう言えば。
「一瞬で髪色を変化させる飲み薬はありますが、既に謎の薬を飲んでいる以上、他の薬を飲むのはリスクがあります。古典的ですが髪染めをお使いください」
「・・・分かった」
頷いたレオナルドを見て、ザガリーは何故かその瓶を私に渡す。
「お帰りになったら早々に殿下の髪の毛を染めて差し上げてください。今は時間がありませんから」
私がかい?!
唖然としている私を余所に、ザガリーはいそいそと帰り支度を整え始める。
レオナルドの金髪を隠すため、スカーフで頭を覆っている。それが終わると、棚からまた何やら持ってきて、私に差し出してきた。
「エリーゼ様もこちらをお使いください」
受け取ったのは、長い金髪ストレートのカツラだった。
・・・。
なぜ、私まで?
そして、なぜ、この家にカツラある? しかも女性の・・・。
「いろいろ突っ込みたいところがあり過ぎて・・・、一体どこから突っ込んでいいのか・・・」
「それは後日承りましょう。今は急いでください」
サラッと流しやがったわ!
覚えておきなさいよっ、このジジ・・・このご老人め!
☆彡
裏口に連れて行かれると、ザガリーが一歩外に出て周りの様子を伺った。
「誰もおりません。今のうちに」
長い金髪のカツラを被った私は、ストールで覆ったレオナルドを抱いて外に出た。
「では一旦お暇しますわ。例の物は可及的速やかに、超特急でお作り下さいね!」
「もちろん善処いたします。どうぞお気を付けて」
そう頭を下げるザガリーに見送られ、私はパトリシアの待つカフェに急ぐ。
まずい。一時間は絶対経っている。既にザガリー宅へ向かっていたらどうしよう。違う道を歩いているのだ。鉢合わせすることはない。
大通りに出ると、周りを見渡す。例のカフェが斜め前に見える。
どうやら、今歩いてきた道は、行きの道の一本隣だったようだ。
「あ! あそこ!」
レオナルドが指を差した方を見る。
そこには、パトリシアとトミーが例の曲がり角の前で細道を覗き込んでいた。二人で何やら話している。きっと、迎えに行くべきか、もう少し様子を見るべきか話し合っているのだろう。
「よかった、間に合った・・・」
ホッとするのも束の間。二人は例の脇道に入って行ってしまった。
「うそ・・・、ちょっと、待って・・・!」
私は大慌てで追いかけようとしたが、
〔おい、お前がちょっと待て! 俺たちが追いかけるな!〕
腕の中でレオナルドが小声で制した。
〔あの通りに入るな! 何のために裏口から出てきたんだ!〕
〔でもっ、じゃあ、どうすれば・・・っ?〕
〔そこにいる子供を使え! 子供に頼め!〕
レオナルドが振り向いた方を見る。そこには利発そうな男の子が二人いた。
私は急いでお金を取り出すと、彼らを呼んだ。
「坊やたち、お願いがあるの! 今その角を曲がったカップルを呼んできてちょうだい!」
「へ?」
ポカンとしている子供たちそれぞれの手にお金を握らせた。
「二人に追い付いたら、『馬車で待つ』と伝えてちょうだい!」
二人は握らされたコインの額を見て目を輝かせた。
「ついでに、駆け落ちは駄目よって伝えて!」
「わ! すげっ、なんか大変じゃん!」
「分かった! まかしてくれ、ねーちゃん!」
二人は大きく頷いて駆け出した。凄い速さ。よかった、かけ足の速い子たちで。
私はホーッと溜息を付くと、我が家の馬車が停まっている預り所まで歩き出した。
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