28

「しかも、婚約破棄とな?! なんと都合の良い! まさか、縁を切ったミレー家に匿われているなんて敵も想像しないでしょう!」


今まで肩を落としていたザガリーが閃いたように指を鳴らして、パッと顔を輝かせた。

暗い顔から打って変わって、明るい顔になったザガリーに、私の苛立ちがぶり返した。


「冗談でしょう!? ザガリー様! ちょっと、他に適任者はおりませんの?! わたくしは困ります!」


私は思わず声を荒げた。


「まあまあ、エリーゼ様。そんな冷たいことをおっしゃらずに・・・」


ザガリーはどうどうと馬でもなだめる様に両手で私を制した。それが私の怒りに拍車を掛ける。


「冷たいですって!?」


私はバンッとテーブルを叩いた。


「道端に無様にぶっ倒れていた無関係の人間、且つ、幼子に変化へんげしてしまった人間を、危険を承知で身銭まで切って助けて、寝床と食事を与えたこのわたくしが冷たいですって?!」


「あ、い、いや、失礼しました。そんなつもりで言ったのでは・・・」


私の勢いにザガリーはオロオロし始めた。


「褒められこそすれ、冷たいなどと蔑まれるなんて! なんて酷い!」


「申し訳ございません!! 冷たいなどとんでもない! エリーゼ様は感謝されるべきです!」


ザガリーはビシッと姿勢を正し、私に頭を下げた。


「その通りです。空のように広く、海のように深い、わたくしの寛大な心に感謝して頂きたいわ」

「自分で言うな、自分で・・・」

「貴方が一番感謝すべきなんですぅっ! 殿下っ!!」


私は小声で突っ込むレオナルドを睨みつけた。


「では、そのなお心のエリーゼ様にたってのお願いでございます。どうか殿下をお助け下され!」


「え・・・」


ザガリーの言葉に私は固まった。彼は頭を下げたまま。


「空のようにどこまでも青く美しく、海のようにどこまでも深く広いエリーゼ様のお心に頼るしか、今は術がございません。この通りでございます」


ザガリーの頭がさらに下がる。

くっ・・・、揚げ足を取られた・・・。


「乗り掛かった船でございます! どうか!」


だから、その船を降りようってしてたのよっ! もう~~~っ!


「この通り! この通りでござ・・・」

「分かったわ! 分かりました! もう頭をお上げください、ザガリー様」


私はどんどん頭が下がっていくザガリーを止めた。これ以上下がるとテーブルにぶつけそうだ。


「ありがとうございます! 良かったですなぁ! 殿下!」


ザガリーは頭を上げると喜びの声を上げた。反対に私は深く溜息を漏らした後、キッとレオナルドを睨んだ。レオナルドは目が合うとまたプイッと顔を背けた。

なんだ、その態度! あんたがお礼を言えっての! ザガリーじゃなくて!


「では、一先ず、私の研究室へ。殿下の容態を診察いたします」


ザガリーはそう言うと、私たちを二階に行くように促した。

レオナルドは椅子からピョンッと飛び降りると、トトトッとザガリーの後を走るように追いかけた。


私はもう一度大きな溜息を付くと、レオナルドの衣装を持ってその後を付いて行った。



☆彡



研究室に入ると、レオナルドは椅子に座らされ、ザガリーから診察を受けた。

まるで風邪でも引いた患者のよう。目の下や喉を覗いたり、脈を図ったり。私はその様子をボケッと観察していた。


最後に、ザガリーは注射針を取り出すと、レオナルドの腕から少量の血液を採取した。それを大事そうに試験管に移し終えた時だった。階下から呼び鈴が聞こえた。来客だ。


「誰だ・・・?」


ザガリーは不安そうに窓から外を覗いた。


「クリスか・・・」


「クリス!?」


ザガリーの独り言にレオナルドが声を上げた。


「クリスか?! クリスが来たのか!? 丁度良かった! クリスなら安心だ! 俺も会おう!」


レオナルドの顔は安堵に満ちている。よっぽど信頼できる人なのか? ならばその人に頼ればいいじゃないか! 私も軽く期待が高まる。


「いいえ、殿下。なりません」


しかし、彼の意見と私の淡い期待はザガリーにバッサリと斬られた。


「彼も敵か味方か分からない限り、用心することに越したことはありません。私だけで対応します。殿下もエリーゼ様もこの部屋からお出にならないように。いいですな?」


ザガリーは私たちにそう忠告すると、自分に気合を入れるように着ている白衣の襟をビシッと正し、慎重な面持ちで部屋から出て行った。

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