27

「なるほど・・・、御身はレオナルド殿下でしたか・・・。それはそれは、なんとも・・・」


全員テーブルに腰掛け、私たちから一通りの説明を受けた後、ザガリーは大きな溜息を付いた。


「情けないって続けて下さってよろしくてよ、ザガリー様」

「おいっ!」


「いいえ・・・、とんだ災難だったと・・・」


私の言葉にザガリーはフルフルと首を振った。


「それにしても、殿下を見つけて保護されたのがミレー家のエリーゼ様とは・・・。婚約者様だったなんて、何と幸運だったことか・・・」


「元ですわ。元婚約者です」


「は?」


ザガリーはポカンとした顔を私に向けた。


「だって、一昨日、殿下に婚約破棄されましたの、わたくし」


「へ?」


「ね? 殿下?」


私は隣の椅子に座っているレオナルドににっこりと微笑むと、レオナルドはムスッとした顔のまま、プイッとそっぽを向いた。


「ということで、わたくしはレオナルド殿下の婚約者でもなく、まったくの他人でございます。ただ、この災難に偶然めぐり合わせてしまっただけ。後は殿下の信頼されている貴方様にすべてお任せいたしますわ。どうぞよろしくお願いいたしますわね、ザガリー様」


私は椅子から立ち上がった。


「殿下。こちらが殿下のお召し物でございます。ザガリー様に元に戻してもらったら、こちらを着てくださいね」


私は持っていた包みをテーブルに置いた。

彼がこれを着る頃にはきっと皺くちゃになっているだろうが、そんなこと私の知ったことではない。


「では、わたくしはこれにて失礼させていただきますわ。あ、そうそう、今お召しのマイケルの服は念のためお返しくださいませ。母に無くなったことを気付かれると面倒ですので」


「ちょ、ちょっと、エリーゼ様?」


「それでは、ごきげんよう、殿下。ザガリー様も」


「ちょっと! ちょっと待った!! エリーゼ様!! お待ちくだされ!!」


ザガリーが血相を変えて立ち上がった。


「何をおっしゃる! このまま帰られては困りますぞ! この家では殿下は預かることは出来ん!」


私は真っ青になって懇願するような顔をしているザガリーを見て眉を寄せた。


「どうして? すぐに元に戻るお薬を調合して下さればよろしいのではございませんこと?」


「薬はそんなに早く調合できませんぞ! 特にこんな人体を変化へんげさせるほどの高度な薬の解毒剤はなど!」


「え・・・?」

「なっ・・・!?」


ザガリーの言葉に私もレオナルドも目を丸くした。


「そんな! それは困る! 早く元の姿に戻らないといけないんだ!」


レオナルドは椅子の上に立ち上がり叫んだ。


「それは十分理解しております。だが、今日の今日にできるものではございません! まずは殿下が飲んだ薬がどのようなものかを調べる所から始めないといけない。どんなに急いでも、二日はかかります」


「そ、そんなぁ・・・」


レオナルドはがっくり肩を落とした。


「その間、殿下をお預かりすることはできません。ここは危険です」


「なぜですの?! なぜ預かってもらえないの?!」


「犯人は殿下が子供に変化する薬を飲んでいることを知っているのですから。そしてこのような薬を作るのは只の薬剤師には不可能、呪術師に限る。しかも、かなりの高度な技術を持った者です」


青い顔のままザガリーは続ける。


「つまり、その高度な技術を持つ呪術師は私も含まれるのです」


「だから?!」


私は苛立ち気にザガリーを睨みつけた。


「今、宮中内では殿下の不在に大騒ぎでしょう。敵は殿下の行方を必死に探しているはず。殿下が私のもとを頼るであろうとは簡単に想像できる。きっと探りを入れてくるはずです」


彼は睨んでいる私を宥めるように話す。


「殿下のお話ですと犯人はウィンター伯が濃厚ですが、確定したわけではありませんし、彼に手を貸した呪術師は不明。下手をすれば、私の弟子の可能性もあるわけです」


「そんな・・・こと・・・」


思いもよらない言葉に、私は苛立ちがサッと消え、代わりにゾッと寒気を感じた。

レオナルドをチラリと見ると、彼も青い顔をしている。


「もちろん、私は弟子たちを信じていますがね。彼らは呪術に対し勤勉です。しかし、将来に対し希望も野心もある若者揃い。大金をチラつかされたら心が動かない保証はない・・・」


ザガリーは残念そうに肩を落とした。


「身内を疑うのは心苦しいですが、用心に越したことはございません。ここは危険です。エリーゼ様、どうか、薬が出来上がるまではミレー侯爵家で殿下の御身を預かって下され。侯爵家には敵もそう簡単に踏み込めません」


確かに、侯爵家の門は簡単に突破できるものではない・・・。


けれども! だが! しかし! 

何故、婚約破棄された私が面倒を見なければいけないのだ!

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