26

通りに入った途端、薄暗くなり、纏う空気も変わった。


警戒心と恐怖心から、カツカツカツッとかなりの速足で通りを歩いていく。お陰ですぐに突き当りまで到着した。そこを右に曲がる。そして三軒目の扉・・・。


「あった・・・」


『ザガリー』と書かれた小さな表札が目に入った。


扉の横に窓があり、行儀が悪いと承知の上で中を覗く。誰もいない。


「誰もいませんわね・・・」


腕の中のレオナルドも一緒に中を覗く。彼は手で双眼鏡を作り、ガラスに貼り付いて部屋の中を覗いている。


「普段なら一人か二人の弟子がいるんだが・・・」


「まあ、いいわ。とにかく呼び鈴を鳴らしてみましょう」


私はドアの前に立つと、軽く深呼吸してから呼び鈴を鳴らした。


・・・。

シーンと静まり返り、誰も出てくる気配が無い。


もう一度押してみる。やはり誰も出ない。


「誰もいないのかしら・・・? どうしましょう、殿下?」


腕の中のレオナルドに尋ねると、彼は身を乗り出し、呼び鈴を乱暴に連打した。

すると、中からバタバタと階段を降りてくる足音が聞こえた。


「よかった! 誰かいるようだわ!」


二人してホッとしたとところに扉がいた。


「どなたですかな?」


家の中から出迎えてくれたのは一人の老人だった。


「こんにちは。突然に訪問いたしまして申し訳ございません。無礼をお許しくださいませ」


私は出てきた老人に一礼した。


「貴方様がザガリー様でございますか?」


「いかにも、私がザガリーだが」


老人は訝しそうに私を見る。約束もなくいきなりやって来た見知らぬ令嬢なのだ。不審がられても仕方がない。


「実は貴方様とお知り合いの方の依頼でこちらに参りましたの」


「私の知り合い?」


「ええ。とても懇意にされているとか。どうかお話を聞いて頂けないでしょうか。外では何ですので、中に入れていただけるとありがたいですわ」


ザガリーは私とレオナルドを交互に見つめる。不信感が拭えないらしい。しかし、幼子を抱えた女をそのまま追い返すことは流石に気が咎めたのか、


「お入り」


最後には扉を開けて、私たちを中に迎え入れてくれた。



☆彡



家の中に入ると、ザガリーは私に椅子を勧めてくれた。私はその椅子にレオナルドの衣類の入った包みを置いた。


「今、調度弟子たちみんな使いに出てしまって誰もいなくてね、呼び鈴にも気が付かなかった。失礼したね、お嬢さん」


「いいえ。とんでもございません」


私は立ったまま、にっこりと微笑んだ。椅子に座らない私にザガリーは少し怪訝な顔をした。


「ザガリー様。そんなにお手間は取らせませんわ」


そんな老人の渋い顔など気にせずに、私はレオナルドを抱いたまま、ツカツカと老人に近づいた。私の勢いにザガリーは驚いたのか、一歩後ずさりした。

いけない、いけない。さっさと押し付けたい気持ちが前に出過ぎてしまった。


「な、何だね・・・?」


「実はこの子を預けに参りました。引き取って下さいまし」


そう言うと、レオナルドを彼に突き出した。


「はあ?!」


老人は素っ頓狂な声を上げた。


「驚くのも無理はございません。本来ならこの子は昨日の内にこちらにお伺いする予定だったのですが、力尽きているところをわたくしが発見し、一時的に保護しました」


「い、い、一体、君は何を言っているのだね?」


ザガリーは目の前に差し出されている子供にアタフタしている。


「い、いきなりそんなことを言われても困るぞ! 誰なんだ、そんなことを頼んできたのは?!」


「身に覚えはありませんの?」


「はあ?」


「ご自身の身に覚えはないのかと聞いているのです」


「身に覚えって・・・、そんなこと・・・、そんなこと・・・は・・・」


何、その反応? あるのか? このおじいさん・・・。いい歳こいて、何しているんだか・・・。


あまりにも無様に動揺するザガリーを見て、私の中でムクムクと悪戯心沸いてきた。


「この子は・・・、この子はね・・・」


私はジリジリと老人に詰め寄る。老人は冷や汗を流しながら、ジリジリと後ずさりする。


「この子は貴方の子よーーっ!!」

「止めろぉー!! エリーゼぇー!」 


私の渾身の演技はレオナルドに遮られてしまった。

宙ぶらりん状態の彼は両足をバタつかせ、喚き散らす。


「何バカなこと言ってんだ!! ザガリーで遊ぶな!! ほら! 混乱してるだろうがっ! 固まってるぞ!」

「だって、身に覚えがありそうだったんですもの。ふしだらですわよ、お灸を据えたまでです」

「お前が据えるな、お前が! 何様だ?!」

「確かに。出過ぎた真似をしました」

「本当にお前って奴は! そういうところだ、そういうところ!」

「さっきから『そういうところ』が多過ぎて、一体どういうところかさっぱりわかりません」

「だからなーっ」


「あ、あの・・・えっと・・・。ちょっと、お話し中よろしいかな・・・?」


私たちの会話に、老人が恐る恐る口を挟んできた。


「ああ、すまない、ザガリー。こいつがバカな真似をしたな」


レオナルドは私に抱かれ宙ぶらりん状態のまま、真顔でザガリーに振り向いた。


「ザガリー様、戯れが過ぎました。お許しくださいませ。この子は貴方の御子ではございませんので、どうぞご安心ください」


私も頭を下げた。


「は、話が見えん・・・。とにかく、あんた達は一体誰なんだね・・・? あまり年寄りを虐めないでくれんか?」


混乱した顔の私たちの顔を交互に見るザガリー。顔色が非常に悪い。


驚くのも無理はない。

見知らぬ女に幼子を自分の子だと突き付けられ、その上、その幼子は全くの大人の口調(しかも偉そう)。


いくら一般常識外を生きている呪術師でも流石に混乱したようだ。

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