22
「さあ、殿下。そんなお顔しないで、さっさと・・・いえ、早くお召し上りくださいな。お茶が冷めてしまいましてよ?」
私はレオナルドの向かいに腰を下ろした。
レオナルドはムスッとした顔をしながら、無言でスプーンを手に取った。しかし、すぐに顔を歪めたと思ったら、ポロッとスプーンを落としてしまった。
慌てて拾うが、また顔を歪め、左手で右手の手首を押さえた。
「・・・殿下・・・。もしかして、右手を痛めたのですか?」
「ふんっ! 何でもない!」
レオナルドはプイッとそっぽを向いた。
「そうですか。なら結構ですが」
私もそれ以上は追及せずに、お茶を口にした。チラリと奴を見ると、相変わらず顔を顰め、スプーンをにぎる手はぎこちない。痛みでまともにスプーンが持てないようだ。
しかし、折角強がって見せているのだ。これ以上、私に弱みを見せたくないだろうし。ここは見て見ぬふりをしてあげるのが大人の対応だろう。
そう思い黙っていたが、出されたミルク粥をまともに掬えず、なかなか食べられない様子に、気の毒と言うよりもイライラしてきた。
「殿下・・・、やはり右手を痛めたのでしょう?」
そう話しかけると、レオナルドはキッと私を睨み、
「ふんっ、少し痛めただけだ! 別に問題ない!」
そう強がって、無理やり粥を口に運ぼうとしたが、余計に力んだのか、
「う・・・っ」
とうめき声をあげ、スプーンを落とした。
「少しだけじゃなさそうですわよ?」
「うるさい! 左手で食べれば問題ない!」
そう啖呵を切ったものの、慣れない左手ではさらにおぼつかない。ダラダラと零してしまい、なかなか食べ物が口に入らない。
元々それほど不器用ではない人のはずなのだが、利き手ではない上に、運動機能も二歳児に低下しているのか、あまりの無様な様子に黙って見ていられなくなった。
私は自分の椅子をレオナルドの隣に移動させると、彼からスプーンを奪い取った。
「な、なんだ?」
「これではいつまで経ってもお食事が終わりません。それに、こんなに汚されては迷惑ですわ」
私はミルク粥を掬ってレオナルドの口に近づけた。
「な、な、な、なんだ!?」
「何って・・・、食べさせて差し上げますわよ。ほら、あーん」
「ふ、ふざけるな!」
「ふざけてこんなことをするほどの仲じゃないでしょう、わたくしたちは。介護です、介護」
「か、介護だぁ?」
「そうそう。ほら、お口を開けて、あーん」
「い、嫌だ! 誰がお前なんかに!」
レオナルドはそう怒鳴ると思いっきり顔を背けた。
ああ! もうっ、本当に腹の立つ! 何なの、このガキ!
これでは、イヤイヤ盛りの二歳児と同じじゃないか! ううん、そっちの方がずっとましだ。
私は奴の髪の毛をギューッと引っ張ってやりたい衝動を必死に抑え、大きく深呼吸をした。
「分かりました。では、失礼!」
私はそう言うと、レオナルドを抱き上げ、自分の膝の上に座らせた。
「な!?」
「はい。これなら憎たらしいわたくしの顔が見えないからいいでしょう? わたくしのことなど、ただの乳母とでも思ってくださいな」
そして彼の背後から口元にミルク粥を運んだ。
レオナルドはもがくが、私は彼の腹をしっかりとホールドし、離さない。
「ぐぬぬ・・・」
彼は歯を喰いしばってなかなか口を開けようとしない。苛立った私は彼のお腹を少しだけ擽ってみた。
「ぷはっ・・・、むぐっ・・・」
少し口が開いたところにスプーンをねじ込んだ。口に入ってしまったものを吐き出すのは流石に行儀が悪いと思ったのか、彼はそのままミルク粥を飲み込んだ。
「・・・美味・・・い・・・」
当たり前だ。レオナルドの好みに合わせてクルミもナッツもたっぷり入っているのだから。
「はい。もう一口どうぞ」
「あ」
一度プライドを捨てたら、もうどうでもよいのか。今度は素直に口を開けた。まあ、空腹には敵わないというのが正解か。
それからは、文句も言わず黙々と食べ続け、あっという間に皿は空になった。
「パンも召し上がりますか?」
コクンと頷くレオナルド。
私は自分用に用意してもらったパンを手に取ると、ジャムを塗って彼に渡した。
これも素直にモグモグと頬張る。
最初から素直に食べてくれればいいのに。
まったく、本当に世話の掛かる男だ・・・。
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