21
「貴様・・・。エリーゼ・・・、覚えてろよ・・・、元に戻ったらその時は・・・」
私たちの言い争いがまた始まった。
「もちろん、覚えておきますわよ。こんな衝撃的な出来事、そう簡単に忘れられるとお思いになって?」
「な・・・!」
「全部覚えておきますわね。殿下をお着替えさせて差し上げたことも全て」
「へ・・・? 着替え・・・?」
「ええ、殿下。今、お召しになっているパジャマはマイケルの二歳の時のものですわよ? わたくしが着せましたの」
「な・・・、なんで、お前が・・・」
「仕方がないでしょう? 殿下のお召し物には王家の印が入っていたのですもの。使用人に見られるわけにはいきません。ですから、このわたくしが殿下のお着替えをさせていただきました。わたくしの機転に感謝していただきたいですわ」
「・・・。えっと・・・、着ているもの、全部・・・?」
「ええ、もちろん、全部」
「あの・・・、その・・・、もしかして、下着も・・・?」
「当然」
「・・・」
「ご安心くださいませ。わたくしは子供の時に幼い弟のソレを見ておりますから。殿下のささやかなソレも何ら代り映えございません」
「!」
「わたくしは気にしておりませんが、殿下は気になさると思いましたので、忘れて差し上げようと思っておりましたのに・・・」
「そ、それは・・・」
「それなのに『覚えていろ』なんて・・・。仕方がございません。しっかりと覚えておきますわね」
「忘れろっ! それは忘れろ! それは忘れていい! 忘れてくれ!」
はい、二ラウンド目も私の勝利。
まったく懲りない男だ。
☆彡
第二ラウンド終了後、ガックリと床に膝を付いているレオナルドから、更に恥の上塗りのように、ぐるる~~っと腹の虫の音が聞こえた。
「!!」
レオナルドはハッとしたように慌てて腹を押さえた。可哀相に、顔は真っ赤。
しかし、これは生理現象だ。仕方が無いこと。そんなに恥ずかしがらなくてもいいのに。
よく考えたら、彼は昨日の夕方から何も食べていないのだから。下手をしたら昼も食べてないのでは? 腹の虫が鳴って当然のことだ。
「もう言い合いは終わりにしてよろしくって? わたくしはお腹が空きましたわ。朝食を用意させます」
私は何も聞こえなかったフリをして、使用人を呼ぶ紐を引いた。
「殿下。今、殿下がこの部屋にいるのを知っているのはわたくしの侍女のみです。その彼女ですら貴方様の素性を知りません。わたくしのお友達の子供ということにしております」
レオナルドは無言でコクコク頷いた。
「彼女の前では二歳児らしく振舞ってくださいませ。よろしいですわね?」
「二歳児らしくと言われても・・・」
レオナルドは困惑気味な顔をした。
「難しいのであればダンマリを通してくださいな」
「わ、分かった」
私はレオナルドにソファに座るように促した。彼はトテトテと可愛らしくソファに駆け寄ると、なんとか自力でよじ登り、ちょこんと腰かけた。
少しすると扉をノックする音がした。
私は急いで扉に駆け寄り、そっと開けた。
「おはようございます。お嬢様」
「おはよう、パット。あなただけね?」
「はい、大丈夫です。お嬢様。私だけです」
パトリシアは頷いた。それでも私は顔だけ廊下に出してキョロキョロと周りを見渡し、誰もいないことを確かめてから扉を広く開けた。パトリシアは急いで朝食を乗せたワゴンを押して部屋に入る。私はもう一度廊下に誰もいないことを確認してから扉を閉めた。
「昨夜のお言いつけ通り、二人分の朝食をお持ちしました。お子様にはミルクも」
「ありがとう、パット」
「あら、お目覚めですね。よかった、お母様がいなくて泣いているかと思っていましたが、いい子にしているようですね」
ソファに座っているレオナルドに気が付き、パトリシアは安心したように微笑んだ。
「ええ。今はね。さっきまでとーってもご機嫌斜めだったのよ。なだめるのに大変だったわ」
意味ありげにチラリとレオナルドを見た。レオナルドは苦み潰した顔でこちらを睨んでいる。私と目が合うとプイッと顔を背けた。
「まあ、そうだったのですね。大変でしたね、お嬢様」
パトリシアは私のことを労いながら、テキパキと朝食を窓際に置いてある丸テーブルに並べ始めた。そして、それを終えると、椅子の上に大きめなクッションを重ね、ポンポンと叩き、
「こんなもんでしょうかね?」
そう言ったかと思うと、ソファに座っていたレオナルドをヒョイッと抱き上げ、その椅子のクッションの上に座らせた。
「はい。坊や。朝食ですよ~~。いい子に召し上がれ~」
パトリシアはレオナルドの頭をグリグリ撫でた。いきなりのこの暴挙にレオナルドは固まっている。
まずい、流石にまずい。一介の侍女に過ぎない彼女が王子の頭を撫でるなんて。しかも、あんなに乱暴に・・・。悪気が無いことは分かっているのだが・・・。
「パ、パット! ご苦労様! 後はわたくしが面倒を見るから大丈夫よ! 下がっていいわ!」
「分かりました。では、終わったらお呼び下さい」
パトリシアは私の慌てた態度にも何にも疑問を抱かずに、素直に部屋を出て行った。
チラッとレオナルドを見ると、何とも言えない情けない顔で朝食を睨みつけていた。
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