23
「ところで殿下。これからどうなさるおつもりですか? この姿の殿下を我が家でお預かりするのは今日までと思っておりますけれど」
私はまだ自分の膝の上でモグモグとパンを食べているレオナルドに尋ねた。
「どなたか信頼できる方はいらっしゃいますか? その方の所までお送りしますわ。流石にそのお姿のまま、お一人でお城へお帰りになるのは無理でしょう?」
「そうだな・・・。こんな姿じゃ・・・」
今まで食べることに夢中だったが、急に現実に引き戻されて、レオナルドはシュンと肩を落とした。
「もしくは、家臣のどなたかにお手紙を差し上げて迎えに来ていただきましょう。と言っても、我が家に来られても困るのですけれど。殿下がこの屋敷にいることは秘密なので。どこか外で落ち合うようにしないと」
「そうだ! ザガリー!!」
レオナルドは良い事を思い付いたように、ピョンッと背筋を伸ばした。
「ザガリーだ! ザガリーの所に連れて行ってくれ!」
レオナルドは口の周りをジャムだらけにした顔で私を見上げた。
「ザガリー? どなたですの?」
「引退した呪術師だ! 今は城下で暮らしている。俺は彼の所に行く途中だったんだ! 解毒剤をもらおうと思って」
ああ、なるほど、呪術師ね。そこに向かっている途中に行き倒れたのか。
「呪術師なら怪しい薬をたくさん扱っていそうですわね。元に戻る薬もありそうだわ」
「ああ! すぐに調合してくれるだろう! さっさと元に戻って、さっさと帰るぞ! そして、さっさと黒幕をとっ捕まえてやる!」
元に戻る算段が付き、レオナルドは急に元気になった。フンスッと鼻息を荒くして拳を握っている。
「是非そうして下さいませ。ハァ~・・・、頼れるお方がいて、本当によろしゅうございました・・・。早く元のお姿に戻らないと。こんな幼児のままでは、誰も殿下と気が付いてくれないでしょうから」
私も安堵のため息が漏れた。
「そうだな。きっと誰も俺だとは分からないだろう・・・。ん・・・? あれ・・・?」
レオナルドはハタと何かに気が付いたように、もう一度、私を見上げた。
「じゃあ・・・、何で、お前は俺だって気が付いたんだ?」
「愛の力です」
「は!?」
「嘘です」
「お、おま・・・」
「もう、お口の周りがジャムだらけですわよ・・・。実のところ、昨日、城下で偶然殿下をお見掛けしましたの」
怒りで言葉を詰まらせたレオナルドをスルーして、サラリと話を続けた。
「あまりにもフラフラ歩いているので、倒れてしまうのではないかと思って追いかけましたら、案の定、とても無様に倒れているところを見つけたのです」
「え゛・・・」
「その時には、もう今のお姿でした。本当に腰が抜けるほど驚きましたわ。実際に尻もちを付きましたのよ? 確実に三年は寿命が縮まりました。殿下のせいですわ」
「・・・そうだったのか・・・」
レオナルドはそれを聞いて、どうしてここにいるのか、今頃になってやっと考えが及んだようだ。初めて申し訳なさそうな顔をした。
「まあ、それ相応の見返りを期待しておりますわ。楽しみにしております」
私はナプキンを手に取ると、ジャムだらけのレオナルドの口元を拭いた。
「ふぐっ・・・、なに言って・・・」
「わたくしは恩を売るタイプですの。高く売って差し上げますから、言い値でお買い求めあそばせ。殿下だって、わたくしに借りなど作りたくないでしょう?」
レオナルドの口元を綺麗に拭うと、今度はミルクの入ったコップを彼に手渡した。
彼は私を睨みながらも、素直に受け取った。
「まったく・・・本当に可愛くない女だな、お前は・・・」
ブツブツ文句は言うものの、私が命の恩人であるのは認めざるを得ないようだ。
「でも・・・迷惑を掛けたな・・・。その・・・、礼を言う・・・」
前を向いて両手でコップを持ち、俯き加減でチビチビ飲みながら、蚊の鳴くような声で礼を言うのが聞こえた。
「お礼はもうちょっと大きい声でおっしゃった方が、相手には通じ易いですわよ?」
「う、うるさい! 恩はお前の言い値で買ってやる! それでいいだろう!?」
真っ赤になって喚くと、残りのミルクをグイッと一気飲みして、空のコップをテーブルにドンッと乱暴に置いた。
まったく・・・。
可愛くないのはそっちだから・・・。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます