「お嬢様?」


再び立ち止まった私に、パトリシアは首を傾げた。


「パット! わたくし、この近くにある『アンディ』のレモンケーキが食べたいわ!」


私は急に思い付いたようにパトリシアを見た。彼女は私の突然の大声に、一瞬驚いたようだが、すぐに少し困り顔になった。


「え~~、『アンディ』って言ったら行列のできるお店じゃないですか。特にレモンケーキは人気なんですよ。この時間からだと並んでも買えるかどうか・・・」


「そうね、でも行ってみないと分からないじゃない! ね!?」


「そうですけど・・・。じゃあ、行ってみましょうか?」


パトリシアは諦めたように肩を竦めて見せた。


「うん、行ってきて!  あるだけ買ってきて!」


「へ? お嬢様は?」


目を丸めて私を見る。


「わたくしは疲れたからここで待っているわ」


私はハンカチを取り出して、汗を拭くふりをして見せた。


「はいはい、分かりました。では行ってきます。お時間が掛かってしまうかもしれませんが、お嬢様はここから動かないで下さいね!」


「ええ、お願いね!」


小走りで店に向かって行くパトリシアを見届けると、私はさっそく彼女の言いつけを破り、反対方向に向かって走り出した。


(あれだけフラフラしていたんだから、まだそんなに遠くに行っていないはず・・・!)


私は急いでレオナルドが曲がった脇道に入った。

そこはとても細くて暗い道だった。人通りもない。これは貴族令嬢が一人で進むには治安的にNGの通りだ。


仕方がない。少し進んでも見当たらなかったら退散しよう。

どこか建物の中に入ってしまったのなら見つけようがない。だったら急いで帰って父に報告した方がいいだろう。


私は路地を用心深く進んで行った。


すると、さほど行かないうちに、地面に倒れている人の姿が目に飛び込んできた。


「ひっ・・・!」


悲鳴にならない声が喉から上がって来る。

私は一瞬怯んだが、深呼吸をして気を取り戻した。


恐る恐る傍に近づく。


「あ、あの・・・、レ、レオナ・・・ル・・・ド・・・殿下? だ、大丈夫・・・ですか・・・?」


私はうつ伏せに倒れている人に声を掛けた。

しかし、どこか違和感が・・・。


「え・・・? 何・・・? これ・・・」


そこに人が倒れた姿のまま、服だけが置かれていた。

そう、人体が無かったのだ!



☆彡



「ひいぃぃいっ・・・!」


私は仰天して、抜け殻の服を前に尻もちを付いた。


何、何、何?!

何で人が消えているのよっ?!


「も、もしかして、服を脱いでどこかに行ったとか・・・?」


つい独り言が口をついたが、すぐにブルブルと頭を振った。


そんなこと、あるわけがない。


仮にあったとしても、こんな風に人の倒れた状態に服を脱ぎ去るなんてできるわけがない。

仮にできたとしても、こんな短時間では不可能だ。


頭は混乱するだけ。尻もちを付いたまま立ち上がる気力がない。私はひたすらジッと目の前の倒れた洋服を見つめた。


ん・・・?


よくよく観察してみると、背中の辺り―――もう少し上か?―――が盛り上がっていることに気が付いた。


私は恐る恐るその盛り上がりを触ってみた。


それは硬くはない。だからと言って柔らかくもない。

それは正に・・・


(生き物の感触・・・?)


そう思った時、その塊は微かに動いた。


「ひっ・・・!」


私は驚いて手をバッと離した。


薄気味悪い・・・。一体何なのだ、この物体?

私は睨むようにジーッと観察していたが、それ以上動く気配はない。


このまま観察をしていたって、埒が明かないのは分かっている。

私は意を決して、麻のコートを捲ってみた。その下には高級な仕立てのジャケットが現れた。


「っ!!」


ジャケットの後ろ衿から僅かに金髪が覗いている。

私は大急ぎでそのジャケットを剥いだ。


そこにはとても小さい男の子―――三歳にも満たなそうな幼児がいたのだ。


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