うつ伏せに倒れている状態の洋服の下から幼児が現れた。


私は震える手でその幼児を持ち上げた。

大人のシャツに身体全体がすっぽり覆われている。

気を失っているのか、ダラリとして動かない。


いつの間にか抜け殻の服の下に潜り込んだとは考えにくい。

何よりも、大人のシャツを着ているのだ。もう本人であるとしか考えられない!


一体どういうこと?

さっきまで成人だった男が二歳児になっているなんて!


「ど、どうしよう・・・、どうすればいいの・・・?」


私はまだ震える手で脱げた服の上に幼児を寝かした。


「この子は本当に殿下・・・?」


私がレオナルドに初めて会ったのは九歳の時だから、ここまで幼い時の顔など知らない。

何となく面影はある。しかし、本当に本人かどうかは分からない。


確かめるように寝かせた幼児の顔をまじまじと見つめた。


レオナルドは金髪に緑の目をしている。

目の前の幼児も金髪。目は閉じているので分からない。そっと目を開けて中を覗いた。


「う・・・、緑・・・」


特徴の二つまで一致してしまった。


「だ、だからと言って、本人とは確定したわけではないんだし! ここは・・・」


ここは・・・?


落ち着かせるように言った独り言にハッとする。


ここはどうするつもり? 私。

この子がレオナルドではないとしても、成人男性が二歳児になってしまった事には変わりない。見ず知らずの人なら放っておいていいという理由にはならないではないか。


ましてや、この衣装・・・。


改めてみすぼらしいコートに隠された男の服をよく見る。どう見ても一級品だ。恐らく貴族だろう。もしそうでないとしても、相当裕福な身のはず。

こんな路地にこのままにしては危険だ。ここにある高級品と一緒にこの子まで拉致されるに決まっている。


どうやら、この子供がレオナルドであろうが、まったくの別人であろうが、見なかったことにして放置して帰るという選択肢はなさそうだ。


ああ! 何て面倒なことに巻き込まれてしまったのだろう!

念願の婚約破棄が叶い、晴れて自由の身になった途端、こんなトラブルが待ち構えているなんて!


私は子供を服の上から退かし、地面の上に寝かすと、大急ぎで男の服を小さく畳み始めた。

ジャケット、そしてズボンと順番に無理やり小さく畳んでいく。この際、皺になろうがどうでもいい。靴下も丸めてジャケットとズボンの間に突っ込む。最後にパンツが残った。


一瞬躊躇したが、これだけヒラリと一枚残っても不自然だ。


「く・・・っ」


歯を喰いしばってパンツを掴むと、これも丸めてジャケットとズボンの間に突っ込み、衣類と靴すべてを麻のコートで包み、風呂敷のようにしっかりと縛り上げた。


次に、自分の肩に掛けていたショールを外すと、寝かせておいた子供を抱き起し、その身体をショールで包もうとした。


その時、私はこの子供がレオナルドであることを確信した。


よく見ると、この子が着ているシャツの胸元に小さな刺繍があったのだ。紋章の刺繍が。

紛れもない、我が国の王家の紋章の刺繍だった。


そして、さらにもう一つ、レオナルドである証拠の品が・・・。


それは、幼児にしては長過ぎて、ダラリと垂れ下がった袖に付いているカフス。

サファイアに繊細な銀細工をあしらった代物。世界に二つとない一点もの。何故なら私がデザインしたものだから。


それは、昨年のレオナルドの誕生日に私が贈ったカフスだったのだ。



☆彡



もはや、この幼児がレオナルドということを認めざるを得ない。

心の中で、どうか他人であって欲しいと願っていたのに。


私は幼児のレオナルドとコートに包んだ服を抱えて、パトリシアと別れた場所に急いで戻った。

てっきり私の方が遅くなり心配させてしまうと思っていたが、彼女はまだ戻ってきていなかった。それにはホッとしたが、今度は早く戻ってこないかとヤキモキし始めた。


『アンディ』の行列ってどれだけ? 私も大概時間が掛かったっていうのに。

時間稼ぎに丁度いいと思って咄嗟に『アンディ』って言ったけど、ここまで掛る?


ああ! 重い! 子供重い! 服も重い! 何もかも重い!


私は溜息交じりに腕の中の子供を見た。

まだ気を失ったままのようだ、目を閉じたまま動かない。


だが、さっきとは呼吸が違うようだ。


「え? 寝てる?」


耳を近づけて聞いてみると、スースーと寝息が聞こえる。

改めて顔を覗くと、よだれを垂らして気持ちよさそうに眠っていた。


「こ、こいつ・・・」


寝てやがる! 私はこんなに大変な思いをしているというのに、気持ち良さそうにスヤスヤ寝てやがる!


本当にどれだけ私に迷惑を掛ければ気が済むのだ、この男は!!


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る