朝食を終え、自室でまったりと読書を楽しんでいると、侍女のパトリシアがお茶を持ってきた。


「お嬢様。今日は良い天気でございますよ! 気晴らしにお出かけされてはいかがでしょうか?」


お茶を淹れながら、パトリシアがやたらと声を弾ませて提案して来た。

うーん、こちらにも気を使わせてしまっているわ。全然、落ち込んでいないのに。


「ほ、ほら! 行ってみたいカフェがあるとおっしゃっていたではありませんか! 他にも・・・、そうそう! 今、公演中の歌劇! とっても評判らしいですよ! 最近全然いけていなかったではありませんか? お嬢様は歌劇が大好きなのに!!」


一生懸命、私を元気づけようとしている彼女に、少し罪悪感が生まれる。

それでも、彼女だって私がレオナルドと上手くいっていないことを知っていたはずなのに・・・。まあ、いくら上手くいっていないからって婚約破棄されれば、普通のご令嬢なら傷付いて落ち込むものね。


「知っているわ。若いご令嬢にとっても評判がいいみたい。確か純愛ものよね」


「はい!! お嬢様!」


私がにっこりと答えたで、安心したのだろう。パトリシアは元気に頷いた。


「でも今日はカフェに行きたいわ。午後のティータイムに会わせて出かけましょう。お買い物もしたいし。付き合ってちょうだい、パトリシア」


「はい! 喜んで!」


こうして、午後になったら城下へ出かけることになった。

久しぶりのショッピングだ! 今日は思いっきり楽しんでやる!


☆彡



街に繰り出すと、早速、友人に聞いてからずっと行きたかったカフェでお茶を楽しみ、お気に入りのブティックでショッピングを楽しんだ。

解放感からか、ついつい買い過ぎてしまったのは反省するところ。家に届けられた品を見て、きっと「あ、要らなかった・・・」と思う物もたくさんありそう。

しかし、今日は大目に見よう! 九年間頑張った自分へのご褒美なのだ。

「何でこんなもの買っちゃったんだろう」なーんてものが入っていてもいいじゃないか!


ルンルンと鼻歌交じりに歩いている時だった。


向かいから一人の男が歩いてきた。

その男はシンプルなフード付きの麻のコートを羽織っており、フードで顔を隠すように俯き加減に歩いている。


それだけでもあまり良い感じは持てないのだが、足取りも怪しい。少しふら付いている。酔っぱらっているのだろうか。夕方とは言え、まだ明るいというのに。


少しずつ近づいてくると、男の荒い息遣いが聞こえてきた。

酔っぱらっているわけではなくて、具合が悪いのだろうか? 熱があるのか?

建物の壁に手を付きながら、何とか歩いている感じだ。


そして、すれ違う時、私は相手を思わず二度見した。

相手の男は私が二度見したことなど気が付かないようだ。私に振り向くことなく、フラフラと通り過ぎた。


私は立ち止まって振り向いた。


(え? 今の、レオナルド??)



☆彡



え? 何、あれ? レオナルド? 何で? 何であんな格好しているの?

あれ? 私の見間違い?


私は軽くパニックになり、ボーッと彼の後ろ姿を見つめた。


「どうされました? お嬢様?」


急に立ち止まった私に、パトリシアは驚いて尋ねた。


「あ、ううん、えっと、何でもないわ」


慌てて笑って誤魔化したが、すぐにもう一度レオナルドの方に目を向けた。

彼は丁度曲がり角を曲がってしまい、姿が見えなくなった。


「では、行きましょう、お嬢様」


「え、ええ」


パトリシアに促されるまま、私も歩き出した。

だが・・・。


(あんなにふら付いて大丈夫なの?)


明らかに普通ではない。

息遣いも荒かったし、目の焦点も合っていなかった気がする・・・。あれは私が相手だからって無視したわけではない。完全に気が付いていなかった。歩くことに必死だったのだ。


(もう婚約者でもない。赤の他人なんだから、気にすることないか・・・)


そう思い直し、歩き続けるのだが、苦しそうなレオナルドの顔が蘇る。

これは放っておくのは人道的にまずいのでは?


とは言っても、相手は王族。敢えてあんなみすぼらしいコートを羽織っているなんて、きっと身分だけでなく、相当いろいろなものを隠しているのだ。安易に踏み入っていいものだろうか?


(それにしても、護衛の一人も付けていないなんて・・・)


いくらお忍びだったとしても護衛の一人はいるはずでは・・・?

ということは、やはり、私の見間違いか?


(ううん、レオナルドよ・・・)


私があのくっそ憎らしい顔を見間違えるわけがない。奴だ。


私は再び立ち止まった。

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