Act.2 救難の宇宙・6
アディたちが
そのバド人
「──気がついた? 気分はどう?」
覗き込むように浅く折った腰に手を当てたネルガレーテが柔和な笑みを浮かべ、
「あ・・・」
「もう大丈夫よ。私たちが救助したの。外傷は見当たらないし、
「あ・・・ああ・・・」
重そうに首を巡らせたバド人が、
バド人の女性は、ふんわりとした癖毛が頭部全体を豊かに覆う個体が多いので、一見では判り辛いが、頭蓋骨の頭頂中央部が僅かに凹んでいて、後背から見るとハート型に見える。特に男性は、頭髪が谷底部と後頭部に集中する個体が多いので、その頭蓋の特徴がはっきりと分かる。キュラソ人のように尖った耳介上部もバド人の身体的特徴で、肌の色は典型的な赤みがかった紫色だ。ただ目の前の
「
「いえ・・・違います・・・」
バド人の女の、
「かと言って、
目の前のネルガレーテとは反対側から声がした。
ベッドの上のバド人の女が、声のした方を横目で見やりながら、力ない動きで首を回す。
人種はばらばらだが、似たような
「紹介しておくわね──」
声を失くした彼女の背後から、ネルガレーテが声を掛ける。
「真ん中の
「・・・・・・」
「ちなみに言っておくと、私たちはアールスフェボリット社に雇われた
「あ・・・」バド人の女が、泣き出しそうな顔で声を上げる。「私・・・救かった・・・?」
「ええ、そうよ」愛想の良さそうな深緑色の目に笑みを浮かべて、ユーマが声を掛けた。「だから安心して」
その言葉に、バド人の女は深い安堵の溜め息を吐き出した。
「名前を聞いても良いかしら?」
「デルベッシです・・・ミルシュカ・デルベッシ」
ユーマの問いに答えながら、バド人の女が気丈夫そうに身を起こす。
「素敵な名前ね。ルーシュって呼んで良い?」
それに介助の手を差し伸べたユーマに、ミルシュカがちょっと驚いたような表情を見せ、無言で小さく頷いた。どうやらミルシュカは、距離の近い垣根の低いつき合い方に慣れていないようだった。
「咽喉、乾いてない?」
いつの間にかリサが、
「あ・・・ありがとう・・・」
半身を起こしたミルシュカは、纏わりつく薄桃の髪に煩わしそうに首を振り、リサからカップを受け取った。
「ゴーダム──
一呼吸置いてから、ネルガレーテがミルシュカに声を掛けた。
「私も・・・よく解らないんです」
淡黄色の薄いホスピタル・ガウン姿なので、ミルシュカの小振りで華奢な体つきがはっきり分かる。落ち着いた大人のような口調だが、小さな胸は少年のようで、カップに口を付ける仕草から、人見知りだが周りに気を使うタイプではなさそうだった。
「
「ははあ、その時だな、攻撃されたのは」
腕組みして聞いていたアディが、脇のリサに小さく首肯した。
「
「と言う事は、1発目が、いきなり
それはご愁傷様と言わんばかりに、ジィクが首を
「
「でもアディたちが入ったとき、ロックは掛かっていなかったんでしょ?」
独り言のようなアディの呟きに、リサが小首を傾げて問うた。
「その後の攻撃で電源を喪失した事で、ロックが落ちたんだよ」
アディの説明に、ああ成程、とリサが得心する。
「緊急脱出を勧めるアナウンスが流れたんですけど、周りに誰も居なくて、点灯していた案内表示に従って移動したら、良く判らない場所に出てしまって・・・」ミルシュカは苦々しそうな顔付きをしていた。「警報に急かされた訳じゃないんですけど、ちょっと慌てていたんでしょうね、考えなく脱出を勧める案内に従って小さなドアを潜ったら、あの中だったんです」
「ポッドへの移乗デッキに誘導されたんだな」
アディの言葉にミルシュカが小さく頷く。
「──何か
「ゴーダムのフェルミオン主機が、第2波の直撃でぶっ飛んだのね。それでミルシュカが乗り込んだのを感知していたシステムが、安全確保のためにポッドを自動で
ユーマが一呼吸置いたところで、その言葉の後を引き継ぐようにジィクが続けて声を上げる。
「ところが運悪く、エンジンが吹っ飛んだ際に
「まあ、そんなところでしょうね、あの状況を見る限り」
2人の説明に、ネルガレーテが憂えた表情で溜め息を一つ
「ポッドに逃げ込んだのは、
ユーマの言葉に力なく頷いたミルシュカが、はっと気が付いたように
「──あの・・・他の乗組員の方々は・・・?」
恐る恐る5人を見渡すミルシュカに、ネルガレーテが瞑目して首を横に振る。その無言の答えに、そうですか、と消沈の声を漏らしたミルシュカが肩を落とした。
「それでも、
「実際、もう限界でした。諦めかけていたんです。中にあった食料と水は、随分と前に尽きてしまって・・・」
「案外タフだな、ルーシュ、君は」そう言うアディは、至極真顔で言葉を継ぐ。「──それで、頭とかは大丈夫か? イカれてないか?」
「アディ! いきなり何て言い草・・・ッ!」
無遠慮な言葉を投げるアディに、思わずリサが色をなす。ただ当のミルシュカには、アディの言葉は突拍子過ぎたのか、意味が解らない風にキョトンとした顔付きをしていた。
「リサってば・・・」苦笑いを浮かべたユーマが諭すように言った。「アディの言ってるのは、精神的に参っていないか、って言う意味よ。救助されるまでに時間が掛かった場合、
知らなかった、と小さく肩を
「それでもアディ、救かったばかりのルーシュに、言葉が直截すぎ」
「ああ、デリカシーに欠けるってやつだな、悪気は無いんだよ、すまん」
アディは頬を掻きながら、リサに2度3度と小さく首肯して、ミルシュカには両掌を振って見せた。
「──今のところは大丈夫そうです」
ミルシュカが入り込んだポッドは4人用で、避難ポッドの中では一番小さい部類になる。外形直径3メートルほどの球形体に、電力供給用核融合電磁励起エンジンと環境維持システムを詰め込んでいるので、想像以上に狭い。搭乗ハッチを開いたらすぐ正面に4人分のベッドが立脚し、そのベッドが据え付けられている床壁の裏側が、小さな簡易排泄設備となっている。
定員4人が利用すると閉所感と圧迫感はかなりのもので、不安障害を引き起こしやすい環境には違いない。実際、どんな離船ポッドでも3日以上収容されていると、
「まあ、ずっとレポートに集中していて・・・」
そこまで言って、ミルシュカがはたと言葉を切った。一瞬の間が空いて、一同を見渡したミルシュカが、噛み付くように畳み掛けた。
「──私のレポート・・・! 論文は・・・レポートはどこです・・・?」
「ひょっとして、それの事?」
打って変わって血相を変えて辺りを見渡すミルシュカに、ネルガレーテが脇のワゴンに載った紙片の数枚を見やった。
「──ああ、良かった・・・!」ベッドの上で身を捩ったミルシュカが、精一杯伸ばした腕に指で紙片数枚を手繰り寄せる。「とても独創的で意味深長な切り口を見つけたものですから」
「まさか、ポッド内で黙々と書いてたの? 論文とやらを?」
ユーマが半ば呆れたように腰に手を当てて言った。
「はい。これ以上ないと言うほど集中できたんですよ」記述の中身を確認しながら、ミルシュカは一枚一枚順序を揃えていく。「感覚が、思考が研ぎ澄まされるって言うんですかね、斬新な考え方が次々浮かんできて、もう頭がしっちゃかめっちゃかになり掛けました」
「そっちで、
「珍しいのは、リサ、お前も、だ」ジィクが下唇を突き出して、アディを顎で
「全部」
「・・・・・・」
「ジィクって、意外と馬鹿ね」
間髪入れず表情も変えず言い返して来たリサに、二の句を継ぐタイミングを失したジィクが口を半開きにしたまま固まり、それにユーマが遠慮ない一言突っ込みを入れる。
「──さっき大学って言葉が出たけど、どこかの学生? ミルシュカ、
「いえ、
ネルガレーテの問いに、
「私は、アールスフェボリット社の依頼で、ピュシス・プルシャに向かうため、あの
続けてぼそりと口を開くミルシュカは、そんな
「
ネルガレーテがミルシュカの顔を覗き込むように言った。
「──いえ、正確に言えば、アールスフェボリット社のピュシス開発プロジェクトの外部ブレーンであるトト教授に招聘されて、現地に赴く途中でした」
「アールスフェボリット社のピュシス開発って、そんな学術的な側面があるの?」
「どうなんでしょう・・・?」ミルシュカは手にした
「ふーん・・・」ネルガレーテが腑に落ちない風情でこめかみを掻いた。「それで、つかぬ事を聞くけど、
「あれって、矢っ張り襲われたんですか?」ミルシュカがぱっちりした青林檎色の目をさらに見開いて、
「その口振りじゃあ、ミルシュカには心当たりないのかしら?」ネルガレーテが上目遣いに、
「さあ・・・」ミルシュカが顔容に似合わない、眉間に小さな皴を作った。「
「とは言っても、あの輸送船への問答無用の攻撃は、乗っ取りとか強奪とかの様相じゃない。明らかに沈めに来ていたわ」
「そいつらも、ゴーダムの
「そうなると目的は、
「いいえ、過去に消息を絶った、他の輸送船も同じ目に遭っていたとしたら・・・」
噛んで含めるような口調で、ユーマは深緑色の瞳で、同輩の
「意図的な戦略的補給路寸断、と言う事になるわね」
作った両拳を腰に当て、ネルガレーテが小さな嘆息を
「そこまでしてピュシス・プルシャへの補給路を断つ必要って、一体何があるの?」
「真の目的は何であれ、結果的にアールスフェボリット社の開発基地は、一種の兵糧攻めに遭っている」ジィクは酷く真面目な顔付きだった。「まあ、単なる嫌がらせではないな」
「あの意識過剰役員ヴァリモ・ヌヴゥが聞いたら、どう思うかしらね」
「今のところは、私たちの
ユーマが大きな両肩を
「──けど、何か嫌な予感がする・・・」
リサが無意識にアディの肘を取った。
「厄介事を背負い込むのは慣れっこさ」アディが
「──あの・・・私は・・・その・・・」
ミルシュカが不安げな面持ちで、
「心配しないで。
「フェードイン・・・?」ミルシュカが率然と、興味あり気に目を輝かせた。「この
「まあ、傭われ宇宙艦乗り《ドラグゥン》
苦笑交じりにネルガレーテが肩を
「お腹、減ってるでしょ?」
「ありがとうございます」遠慮がちに笑顔を見せるミルシュカは学生のようだった。「あの、シャワーって使えます?」
「良いわよ、ユーマ、案内してあげて」
「あの、それともう1つ」ミルシュカが宙でペンを走らせる仕草を見せる。「筆記用具をお借りできます?」
「空き
ミルシュカは無言で小さく首を
「んじゃ、いらっしゃい」ユーマが
ミルシュカは小さく頷くと、気怠そうにベッドを降りて、用意された
★Act.2 救難の宇宙・6/次Act.3 採鉱開発基地、応答なし・1
written by サザン
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