Act.3 採鉱開発基地、応答なし・1

「名残惜しいですな、頭領デューク・シュペールサンク」

 随伴護衛して来た貨物船フレーター・バラタックの船長の、気の良さそうな嗄れた声だけが、艦橋ブリッジのスピーカから響き渡る。機艦アモンの艦橋ブリッジ内のメイン・スクリーン・ビジョンには、その船長の姿ではなく、着埠ウォーフのためタグ船に曳航されている御襤褸おんぼろバラタックが映っていた。

 着埠ウォーフと言っても、何かの構造物や専用施設がある訳ではない。停泊用に指定した一定区域を、単に荷役埠バースとして設定してあるだけだ。その800メートル級貨物船の奥には、アールスフェボリット・コスモス社のセザンヌ開発統轄ステーションが見えている。

 統轄ステーションは、惑星ピュシス・プルシャの高度約3万5000キロの対地同期静止衛星軌道にある。

 基幹部は直径500メートルの、平たく潰れたマッシュルーム型円盤部に斧が食い込んだような形をしていて、その下部にあるたけのこみたいに突き出た区画が動力機関部だ。

 2キロ先には主星ネーム・スターセザンヌに対して太陽光発電システムがパネルを広げ、超対称性光子通信の恒星間送受信システムが浮かんでいる。ステーション周囲には開発用の機材が散乱していて、球状のストック・コンテナが無造作に漂っていた。干上がる寸前の現状では、動くものの無い静かな様子は、まるでごみ捨て場か墓場のようだ。

 その開発対象である惑星ピュシス・プルシャは、大気で輪郭が少しぼやけた、白く輝く姿の一端を、スクリーン・ビジョン右上部に覗かせていた。

「素敵なお髭の船長さんアイバドゥールの事は忘れませんわ」

 ネルガレーテが投げキッス宜しく、艦内通話機インカム無線送話器マイク部分を、指でちょんと叩く。ネルガレーテにしては、酷く愛想の良い別れ際だ。

「ネルガレーテ、ステーションから通信が入ってるぞ」

「良いわ、繋いで頂戴」

 アディの声に、ネルガレーテが小さく頷く。

「お待ちしてました、グリフィンウッドマックの方々ですね」

 割り込み画面に映り込んで来たのは、先程までの音声通話による担当管制官オフィサーではなく、初めて見る40代後半のゴース人の男だった。耳朶が角質化して垂れ下がっているが、トレモイユ支社で会ったヌヴゥよりは薄く小さい。眉骨部の角質も軟らかそうで、首筋の角質もあまり目立たない。

 ジィク曰くの長期間の兵糧攻めの所為せいなのか、灰青のポロシャツの上に羽織った紺のジャケットもしわくちゃで、本人も少しばかりくたびれて見えた。冴えない顔色で、どこか疲れているようにも見える。少しふくよかだった頬肉は、張りを失って弛んでいる。普段はちゃんと整えてあるのだろうが、オールバックで流してある眉間の際から生える紺鼠色の髪も、ろくに櫛が通っておらずざんばらだった。

「ドッキングに指定させて頂いた埠頭は分かります? あとどれくらいです?」

「30分、ってところかしら」

 ネルガレーテの答えにも、相手はかなり気が急いているようだ。

 早々なのに挨拶も抜きかよ──思わず鼻白んだのはアディだけではなかったが、まあ、無理もないと言えば無理もない。何しろ一日千秋の思いで待っていた、三箇月振りの補給だ。既に底を突いた、文字通り死活に直結する物資も多いだろう。ただ実際のそれは、間も無く荷役が始まるバラタックの積荷フレートであって、併航して来ただけのグリフィンウッドマックを今更に急かす必要はない。

「それで貴方あなたは?」

 本来なら不機嫌な口調で返すであろうネルガレーテが、意外と柔らかい声音を上げた。

「ああ、これは申し遅れました」ゴース人の男の口調は丁寧だが、声は硬く探るような目付きを向けて来た。「私、アールスフェボリット社のラッセ・コーニッグです。ピュシス・プルシャ開発プロジェクトで堡所長サテライト・ガバナーを任されている者です」

「あらあら、これはお初にお目に掛かりますわ、堡所長ガバナー・コーニッグ」途端ネルガレーテが、今度は柔和な笑顔を作った。「私はネルガレーテ・シュペールサンク、グリフィンウッドマックの編団頭領レギオ・デュークですわ。堡所長ガバナーの事は、ヌヴゥ役員からお聞きしております」

 ネルガレーテの、少々鼻に掛かった声は、確かに他所行きだった。

 途端リサは、にわかに感じた。艦橋ブリッジ全体が、グリフィンウッドマックと言う編団レギオ全体に少しばかり緊張感がはしったのを。それは恐怖とか脅威などの類いではなく、どちらかと言えば武者震いに近い、軽い高揚感に似ていた。

 25分後、機艦アモンは指定された埠頭に繋錨アンカリングした。

 指定された此方の係留施設は、貨物船バラタックのような宙域泊ではなく、密接乗船廊橋メイティング・ブリッジを持つちゃんとした埠頭ウォーフだった。このアールスフェボリット社の発拠点ステーションは、円盤状基幹の辺縁から突き出すような形で、3基の埠頭ウォーフを備えている。

 ただ艦橋ブリッジいる傭われ宇宙艦乗りドラグゥン連中は、終始無口だった。

 淡々と、的確に、黙々と着埠ドッキングシークエンスをこなしていく。今まであれほどお馬鹿の言い合いとなじり合いをしていた連中が、殆ど無駄口を利かない。

 雰囲気が一変したアモンの艦橋ブリッジの空気に、リサにしてみれば拍子抜けして、逆に座りの悪さを感じる程だった。だがそれは皆が個々に、何故か気分を意識して押さえようとしている風にも感じられた。

「んじゃリサ、彼女、ミルシュカを案内して来てくれる?」心なしか、ネルガレーテの声も弾んで聞こえる。「彼女の集中処置バイタル・トリートメント記録も忘れずにね」

合点承知の助オゥキー・ドゥキー

 勢い良く返事すると、リサはハーネスを外して操艦担当パイロットユニットを抜け出した。

 ミルシュカを伴ったリサが、気密区画エアプルーフ・ボックスに上がって来たのは、ちょうどステーション側からの密接乗船廊橋メイティング・ブリッジが、アモンに接舷した時だった。ミルシュカは救助したときに身に付けていたブラウスと、健康的な赤紫の肌をした太腿が窮屈そうなバルーン・パンツに着替えている。

 アモン艦体全体に小さな震えがはしり抜けて、気密隔室エアロックの向こう側から何やらモーターの駆動音が地鳴りのように伝わって来た。

「ステーション側からの環境基準修正キャリブレートが終わりました。測定値も標準大気圧と構成を確認しました。外扉ハッチを開いても大丈夫です」

 10秒もしない間に、ベアトリーチェの乾いた声が聞こえ、アモンの着埠ドッキング気密隔室エアロックへの隔壁通口バルクヘッド・パスが開いた。

「んじゃ、行きましょ」

 無重量環境ウェイトレスネスの中を、ネルガレーテが先頭切って気密区画エアプルーフ・ボックスの壁を蹴飛ばし、着埠ドッキング気密隔室エアロックへと飛び込む。それを追って、ユーマ、ジィク、そしてリサと手を添えられたミルシュカ、最後にアディが続く。

 ネルガレーテが外扉ハッチを開き、6人は密接乗船廊橋メイティング・ブリッジを抜ける。ステーションに上堡じょうほするのは、ミッション終了とゴーダムの要救護者サバイバーであるミルシュカ・デルベッシの引き渡しを、ステーションの責任者に確認して貰うためだ。本来なら頭領デュークだけで行えば良いのだが、グリフィンウッドマック全員と言うのは、この編団レギオ独特の商慣習インタートライバル・カスタムだ。

「──よく来ていただきました、傭われ宇宙艦乗りドラグゥン・グリフィンウッドマック」

 ステーション側の気密隔室エアロックの扉が開いた途端、ネルガレーテがぎょっとした。

 真正面の宙空に、頭突きでも食らわせようかと思わせるほどの距離で、首を突き出している男性おとこの顔があった。先程スクリーン・ビジョンの中で見た、ラッセ・コーニッグだった。

 コーニッグはやつれているせいか少し痛々しく見えたが、精一杯に浮かべた愛想笑いの目付きには何となく品が無かった。モニター越しで見るより、少々感じが悪い。

「これはこれは、堡所長サテライト・ガバナーが態々お出迎えいただけるとは・・・!」気を取り直したネルガレーテが、北叟笑ほくそえむような怪しげな笑みを浮かべた。「救助したゴーダム唯一の生存者、ミルシュカ・デルベッシ嬢をお渡ししますわ」

 振り返るネルガレーテの言葉に、リサが脇にいたミルシュカの小さな腰をそっと押す。

 押し出されたミルシュカが、すーっと無重量環境ウェイトレスネスの宙空を漂って、その反動で後ろに流されるリサの腕をアディがそっと掴み止める。

「──デルベッシさん、よくぞご無事で」手綱アレスティング・ブライダルを掴んでいたコーニッグが、受け流すようにミルシュカの背中を軽く押す。「保健部に受け入れを整えさせてあります。もう安心ですよ。念のため一連の検査と健康診断を受けてください」

 何時いつの間にか来ていた医務スタッフらしき人物2人が、ミルシュカに駆動式吊り把手コンベイ・ハンガーを握らせて送り出し、自らもハンガーを握ってミルシュカの後を追う。駆動式吊り把手コンベイ・ハンガーはベルト駆動による一種の動く把手ハンドルで、無重量環境ウェイトレスネス内での移動用設備だ。

 ミルシュカたちを少しばかり見送ってから、草臥くたびれた風情のゴース人堡所長ガバナーが振り向いた。コーニッグが見せた顔付きは、明らかに心底安堵していた。

「この度、貴女あなたがた傭われ宇宙艦乗りドラグゥンが、当社ヌヴゥから請け負ったとされる輸送船バラタックの護衛業務の無事完了と、ゴーダム生存者の救護1名を確認しました」

 グリフィンウッドマックが請け負った業務内容を報せる、ヌヴゥ役員からのステーション宛メッセージ映像を、入港に先だって送信してあるが、現場最高責任者たる堡所長ガバナーがこう言う非当事者的な言い方しか出来ないのは、ステーション側が支社から直接に指示を受けていないからだ。超対称性光子通信の伝達速度より、虚時空航行の方が速いため致し方ないところだ。

「早速ですが、受諾したミッション遂行の完了承認をいただきますわ」ネルガレーテがぷっくらした唇にニッコリとした笑みを浮かべる。「それとヌヴゥ役員からは、着埠ウォーフしてから離埠キャスト・オフまでの、最大48時間の泊港アンカリング許諾を貰っています」

「先程に送信いただいた、支社役員からの業務通信にありました。承知しています。既にゲスト・ルームを手配してあり・・・」

「いえ、お構いなく」

 大仰に頷くゴース人堡所長ガバナーの言葉を、ネルガレーテが手を上げる仕草で遮った。

「基地の困窮への輜重しちょうを担った者が、その基地にお世話になるとは本末転倒。逗留中は艦内なかにいて、お手間を取らせないようにいたしますわ」

「え、あ、まあ、とにかく──」ネルガレーテが遠慮するとは想像していなかったのか、返事に窮したコーニッグが、落胆気味に言葉を濁した。「とにかく、受領確認レシートのサインアップを済ませましょう。先ずは私のオフィスへ」

 頷くネルガレーテを先頭に、グリフィンウッドマックの面々が、駆動式吊り把手コンベイ・ハンガーを掴んで密接乗船廊橋メイティング・ブリッジを宙遊して行く。その先は広い気密隔室エアロックになっていて、グリフィンウッドマック5人全員が入ると、コーニッグは隔壁通口バルクヘッド・パスを閉じて内扉を開いた。

「ここからは、標準の重力環境が維持されています。お気を付けて」

 出た先では、長期間の耐久生活のためだろう、きちっとしたスーツではなく、しわくちゃのシャツを着たコーニッグの部下らしき人物が2名、慇懃に腰を折って出迎えてくれた。円形をした乗船待合区画になっていて、弧を描く壁沿いに別の密接乗船廊橋メイティング・ブリッジに繋がる気密隔室エアロックが2つあった。ステーション内移動用の玩具おもちゃのような小さな蓄電池車バッテリーカーが数台停まってはいるものの、滅多に使われる事がないのか、他には簡素なベンチがあるだけで、がらんとしていて殺風景極まりなかった。

「本当の意味で、命拾いいたしました」

 どうぞ、とコーニッグが手を広げて、ネルガレーテを蓄電池車バッテリーカーへと促す。

 5人乗りのオープントップの蓄電池車バッテリーカーの後席にネルガレーテが腰を落とすと、その横にコーニッグが乗り込む。運転席にはコーニッグの部下が座り、助手席にジィクが乗る。2台目の運転席にも部下が乗り、その後席にアディとリサが、助手席にはユーマが縮こまるようにして巨躯を押し込む。

「正直、食糧も尽きかけていて、こうなったらピュシスに降下してでも何か食糧になるものを調達しなければ、と覚悟を決めようとしていたところなのです」

 積み木にタイヤを履かせたような、オープントップの蓄電池車バッテリーカーがするする動き出すと、コーニッグが独り言のように口を開いた。

「それは随分と難儀されていた事ですわね」ネルガレーテが柔和な笑みを浮かべ、労うように言った。「バラタックの積荷フレートの中身については、詳細に知っている訳ではありませんので、どこまで補給が効いたのか判りかねますが、これで基地の方々が一息でもければ、併航して来た甲斐もありますわ」

 蓄電池車バッテリーカーが小さな車輪を繰って、人気の無い通廊を静かに走る。自動ナビゲーションなので、運転席に乗っている部下は一切操作はしていない。

「ご連絡いただいた通信内容には、先発したゴーダムは何者かに襲われて撃沈された、とありましたが、本当ですか・・・?」

 顔を曇らせたコーニッグが、隣のネルガレーテを横目に見た。

「残念ながら」ネルガレーテは脚を組み替えて、小さく吐息した。「現実には私たちも、ゴーダム救難の最中に襲われました」

「こんな辺鄙な宙域に、星賊イェーグですか? とても信じられません」

星賊イェーグ、とは限りませんわよ、堡所長サテライト・ガバナー

 ネルガレーテは正面を向いたまま、不安を煽るような素っ気無い言い方をした。

「・・・・・・」

 コーニッグが、そのネルガレーテの一言に、何か言いたげに口を開きかけたが、直ぐさま目を逸らすようにそっぽを向き、そのまま押し黙ってしまった。そのコーニッグの所作をちら見したネルガレーテが、薄い笑みを浮かべた。

 角を2つ曲がり、幅をゆったり取った両側通行の通路を真直ぐに150メートルほど、5箇所の隔壁バルクヘッドを抜けて、ステーションのほぼ中央部と思われる、大都会の大きな地下街にある人工広場のようなロータリーになった区画に出た。ただ大都会の地下街とは違い、人気ひとけも喧騒も全く無い。ドームのような天井の高い区画の壁側には、数メートル置きにリフトが並んでいて、中央には閉鎖環境用の植栽花壇が設えられているが、何故か余計に人工感を強調して見えた。そのロータリーになった一端に、傭われ宇宙艦乗りドラグゥンたちを乗せた2台の蓄電池車バッテリーカーが停車する。

 先に降りたコーニッグからエスコートを受けて、ネルガレーテが軽やかに下車する。

 一行はよれたシャツの部下に案内され、近くのリフトに乗り込んだ。扉が開いた先は、堡所長サテライト・ガバナーたるコーニッグの専用区画ブロックらしく、黄土色の絨毯を敷いた廊下を歩いて、20メートル四方の大きな応接室兼会議室に通された。



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 written by サザン 初人ういど plot featuring アキ・ミッドフォレスト

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