Act.2 救難の宇宙・5
「ゴーダムに着弾を確認、2射目を警告します。更に新たな高速移動体を探知。不明体から放たれました」
ベアトリーチェの無機質な声に、
プラズマ・ブラスターの弾速は、ほぼ光速だ。見えた瞬間には弾着している。
「アディ・・・!」
「敵対行動と判定、
リサの金切り声とネルガレーテの怒声が折り重なる。
スクリーン・ビジョンの中のゴーダムは、船首側の
「ユーマ! 攻撃されたわ! プラズマ・ブラスターよ! 離脱して!」
ネルガレーテが大声を張り上げる。だが通信は、プラズマ弾の影響で一時的に強烈なノイズに見舞われれていて、バルンガからの返信はおろか往信が通じているかも不明だった。
「けど、アディたちが・・・!」
「収容してる暇はないわ! 次射を阻止するほうが先!」ネルガレーテが早口で畳み掛ける。「それに弾着は遠いわ、大丈夫!」
「不明接近物の針路計測出ます。相対速度44宇宙ノット」
ベアトリーチェの報告と同時に、スクリーン・ビジョン下の立体画像に、彼我の位置関係が表示される。1射目のブラスター直撃で、ゴーダムのベクトルが僅かに変わっている。迫撃して来る敵艦は、目標体であるゴーダムの針路を改めて予測し直して、再照準している最中の筈だ。
「リサ、
「
リサが雄叫びにも似た声を上げ、パワー・ペダルを踏み込む。アクシオン対粒子転換エンジンが吠え上がって、強烈は加速ガルと共にアモンが弾かれたように発進する。
アモンの主砲である、主翼と胴体との接合部に備えた2門のプラズマ・ブラスターは、旋回砲塔式ではないので、砲撃射軸に針路を取らないと照準できない。もっとも艦対艦などの機動戦闘において多くの場合、
なので砲撃シークエンスは、目標物の針路を計測し、照準に伴う姿勢制御の時間を見込んで、目標物が進航するであろう針路上に砲撃ポイントを
「敵艦から放たれた高速移動体は、戦術
「
ネルガレーテが
実際、宙空間内での戦闘行動において、
それでもやはり
エネルギー兵器に比して着弾に時間が掛かり、自身の機動自体はそれほど瞬発的ではないため、目標が圧倒的な加速で回避運動を取られたら、意外と容易に
グリフィンウッドマックの機艦アモンも、
「──これ以上・・・撃たせる・・・もんです・・・かッ!」
リサの機動は容赦なかった。
敵艦が既に次射の照準シークエンスに入っているなら、容易く針路変更や姿勢制御を行えない今の状態が、砲撃の最大のチャンスだ。アモンも敵艦も、主砲が
位置関係から見て必然的に、互いに進航しあう艦船同士の対峙的交戦になる。砲撃のタイミングは双方、ほぼ一度こっきりだ。
その上、敵艦が超対称性場推進のコンダクタンス減速直後だとすれば、慣性航行の速度が大きすぎて、対艦追撃戦を挑んで来るとは考え難い。アモンの方からなら追撃戦に持ち込むことは可能だが、それでも敵艦に44宇宙ノットのまま簡単な回避運動でもされれば、弾着させることは至難となる。
「ユー・・・マ!・・・
この
「
「ネルガレーテ、軸線に乗るわッ!」
「──発射・・・!」
リサの声が上がって、ネルガレーテの指が反射的に
「──
憤然とする暇もなく、ベアトリーチェの着弾観測が入る。
「読まれたッ・・・?」ネルガレーテが
「間に合いません。交錯します」
「──ッそったれ・・・!」
柄にもない罵声を上げたリサが、姿勢制御機動を行った瞬間だった。
「エネルギー弾、来ます」
「──何ですって・・・ッ?」
と叫ぶ端から、ネルガレーテは強烈な横殴りの加速ガルに舌を噛みそうになった。
強引な姿勢機動を起こしたアモンの数十メートル脇を、プラズマ弾の火球が
──何て鋭い勘をしているの、この
そのネルガレーテの驚嘆は、殆ど呆れに近かった。
この回避機動は、まったくリサの勘だけだった。敵からの発砲を確認してからの機動では、とても間に合わない。交錯する時点で、砲撃されると勘付いていたのだ。
だが敵艦も敵艦だった。
ネルガレーテの初撃を読み切っただけではなく、交錯後にリサが追撃の
──敵艦の指揮者は、ただ者ではない。
ネルガレーテも舌を巻く相手だったが、それより上手を取ったのがリサだった。
それはもう、“
──
だが、リサの真骨頂は此処からだった。
「ンにゃろめッ! 逃がすかッ!」心なしか、リサの
矢継ぎ早に指示するリサは
「リサ・・・!」
「フェードインします」
ネルガレーテが驚いて目を丸くした時には既に、機艦アモンはベアトリーチェの声とともに虚時空に進入していた。まさか、リサが追撃に出るとは想定してなかった。
「──ビーチェ、索敵が遅い!
フェードアウトと同時だった。
途端、強烈な姿勢制御のガルが掛かって、リサが金切り声で吠え上げる。右に左に、上に下に、
やるじゃないの、リサ──キャプテン・シートの中で踏ん張るネルガレーテが、歯噛みしながら
「距離1万キロを切ります」
ベアトリーチェの言葉が聞こえた刹那。
「──ネルガレーテ! 撃って! 撃って! 早くッ!」
「こん畜生・・・!」
どやしつけるようなリサの怒声に、ネルガレーテにしては珍しい類いの罵声を上げて、反射的に
「
ベアトリーチェの言葉と同時に、リサが回避運動に入る。
「敵艦とは離反ベクトルに乗っています。相対距離1000キロを超えます」
「あは・・・あはは・・・はははは・・・!」
無機質なベアトリーチェの声が聞こえた途端、リサの乾いた笑い声が
「
少し息の上がったネルガレーテの、興奮冷めやらない声だった。
ネルガレーテにしてみれば、敵艦の
敵艦の艦長は、今ごろ目を剥いて言葉を失くしているだろう。当のネルガレーテ自身がそう思ったように、まさか直撃を喰らうとは、微塵も想定していなかった筈だ。
「──それにしてもリサ、
「でも、上手く逃げられちゃった」
てへっ、とばかりに、リサが臆することなく快活な声を返して来る。リサにしてみれば、敵を大破できなかったので上手く行かなかったと思ったのか、ネルガレーテの半ば呆れた驚嘆の声の意味に気付いていなかった。
「ベアトリーチェ、
スクリーン・ビジョンの彼方を見詰め、苦々しそうにネルガレーテが声を漏らした矢庭。
「──ネルガレーテ、あんたたち何処にいるのよ?」
憤慨混じりの半ば呆れたような、ユーマからの通信が頭越しにいきなり轟く。
「えッ? あ・・・?」
リサの手際に感心一頻りで、現状確認を怠っていたネルガレーテが、少しばかり慌てた。
「ゴーダムとの会合点から6万6000キロです」
現在位置を把握できていない
「はあ・・・? 何でそんな遠くに行ってるのよ?」
「ちょっと、お仕置きの散歩」
ネルガレーテの言い草に、リサがくすっと笑みを零す。
「さては追撃したわね・・・?」ユーマの少しばかり愉快そうな声だった。「それで相手は?」
「デコピン1発入れたけど逃げられた。ただ者じゃないわ、
「やり返したの・・・?」
「リサの魅惑の腰振りテクニックで大逆転」ネルガレーテが
「腰じゃなくて、
もう、と膨れっ面するリサに構わず、あれよあれよと話の先がお馬鹿な方へと勝手に進む。
「アディ、大変よ」ユーマの、
「何で、俺なんだよ? 蹴りを食らったのは相手だろう?」
「違うって! 蹴ったのはネルガレーテ! あたしは腰を・・・じゃなくて、舳先を振っただけ・・・!」
「あー、腰振って、相手を淫惑したんだ。魔性のオンナだな」
「一時の迷いで浮気でもしたら、
ぶう垂れるアディにリサが慌てて言い返し、それにジィクが毒舌を被せてユーマが
「ユーマ! 人聞きの悪いこと言わないで! そんなところ、蹴らないわよ」健気にもリサは必死になった。「それにジィク、誰が魔性のオンナよ! ネルガレーテと一緒にしないで!」
「そんなところ、だって、アディ」
「今、さらりと、魔性って言った? 何で私が魔性なのよ? 何かとても異議があるわ」
「──けど、蹴るは蹴るんだ」
そんな必死さをユーマが茶化し、ネルガレーテが紛れて言葉を挟み、ジィクが
「もう、ユーマもジィクも、帰ってきたら、まとめて蹴飛ばしてやるから!」
「やっぱり蹴飛ばすんじゃない」
「言っておくが、俺は何にも言ってないぞ」
「アディ、あたし、アディの股座なんか蹴らないからね!」
ぶいぶいと不満の声が聞こえそうなリサの口調に、ネルガレーテが苦笑いしながら言った。
「──それで、離船ポッドは? 収容したの?」
「あ、アディ・・・!」
はたと気付いたリサが、ネルガレーテの問いに被せるように、慌てて声を上げた。
「無事なの? 怪我してない? ジィクとユーマは?」
「おいおいおい」さすがにアディの返事は苦笑交じりだった。「これだけ声を聞いておいて、今更それを聞くか?」
「ごめんなさい」リサの悄々とした声だった。「ユーマの声を聞いて、みんな大事ないって悟ってはいたんだけど・・・」
改めてアディの声で聞きたいの、大丈夫だ、って言葉を──リサはそう言い掛けて、恥ずかしくなって咄嗟に口を
「大丈夫だよ。今ジィクと、バルンガの
その言葉を聞いたリサが無言で頷いて、ネルガレーテが改めて問うた。
「
「今、
「ご苦労様ね、3人とも」ネルガレーテが小さく頷く。「んじゃ、リサ、転針よ。バルンガの3人を
「
リサが喜び勇んで
その30秒後、バルンガから離れること10キロの通常宙空間に、
アモン艦上部にある
バルンガ後部の、
四方から荷積ベルトで固縛されて宙に浮く、直径3メートル程の
そしてバルンガの左側面のスライド・ドアが開く。
中からユーマに続いて、小柄のバド人女性を抱えた、フィジカル・ガーメントのアディが姿を見せた。ポッドの中にいた
リサが心配そうな顔付きで、アディの元へ緩やかに漂い寄る。
バイタル計測ユニットを付けられたバド人女性は、ぐったりしていて意識はなさそうだった。薄桃色のセミロング・ヘアが疲れたように乱れていて、救護マスク越しに見える子供っぽい丸顔からは、とても貨物船の
★Act.2 救難の宇宙・5/次Act.2 救難の宇宙・6
written by サザン
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