Act.2 救難の宇宙・2
「積荷満載の貨物船を相手に、ゼリービーンズ・バリアは、さすがに役に立たないわよね・・・」
「多分、暖簾に腕押し、糠に釘ってところでしょうね」
嘆息にも似たネルガレーテの言葉に、ユーマが他人事のように言った。
「──ゼリービーンズ・バリアって?」
ヘッドセットの
「ああ、制御不能に陥った
ぎこちない手振りを交えて、アディがリサに説明する。
ゼリービーンズ・バリアは俗称で、正確にはセーヴィング・バリアと言う。
蜘蛛の巣状に展張する六角形の高弾性ハーネスと、その前方に展開する緩衝厚素材から構成される。緩衝厚素材は嫌気性の
「へー、そんなお助けアイテムがあるんだ」
身を捩ってアディの声に耳を傾けるリサが、目を丸くしながら時折り頷く。
「けど対象が中型船舶ともなると、質量が大きすぎるんだよ」
アディの言葉に答えるように、ネルガレーテがぼそりと声を上げた。
「やはりベクトルを合わせて、ツイズルを踊るしかないわね」
リサがアディに向かって、ツイズル?、と無声で口を動かした。
「
今度はアディが手で
「──リサ、ここからはベアトリーチェに
アディの説明が終わるのを見計らったかのように、ネルガレーテの指示がリサのヘッドセットに届く。
「
慌てて返事をしたリサが、居住まいを正して
「ベアトリーチェ、ゴーダムの自転ベクトルを正確に計測して頂戴。1500メートルの距離を置いて静止位置を確保しながら、
「
ベアトリーチェの乾いた声に呼応するように、アモンの艦体が微かに揺れる。
「ゴーダムの自転ベクトルを解析します」ベアトリーチェの言葉が続く。「推力軸に対して、
ベアトリーチェの操艦で、アモンの
「現在、相対速度マイナス55パーセント、
「船体の損損傷度合いは確認できた?」
「はい、おおよそ判定が付きました。内洋航行用主機を完全に損失していると思われます。船体の中ほどが大きく損壊、推力軸に対して船殻が
「何だか酷い有り様ね」ネルガレーテが溜め息にも似た息を吐く。「
「
「アールスフェポリット社から貰った、ゴーダムのデータを出して」
ネルガレーテの指示に、伴航して来たバラタックとは船体構造が全く異なる、立体モデリングのグラフィック船体図が前方のスクリーン・ビジョンに映り込む。
全長500メートル、六角形断面の
「損壊と思しき箇所を明示して、スチル画像を添えて頂戴」
モデリング船体図がたちまち真っ赤に染まる。
添えられた画像でも、
「──しかしこれ、本当に事故か・・・?」
「何だか、少しキナ臭いわね」
無意識に発したアディの言葉に、ユーマが
「キナ臭い、って・・・?」
リサが
「損壊の仕方が気になるんだよ。事故った
アディは横目でリサを見て、眼前の輸送船の損壊モデリング画像に顎を
船橋楼外鈑には数箇所、何やら不可解な貫徹痕があり、穴が空いているようにも見える。これだけ甚大な被害を受けていると、居住区画が残存していても生命維持環境が温存されているかは
さらに30分ほど、アモンが幾度となく細かい姿勢制御を繰り返して、唐突にベアトリーチェの乾いた声が
「ゴーダムへの
アモンの
アモンはベアトリーチェの操艦によって、ゴーダムの慣性運動移動速度を合わせて相対的静止位置を確保し、さらにその
本当なら背景の星々の巡る向きが、アモン自体のヨー・ピッチ挙動に合わせて画面の中で徐々に変化している筈なのだが、長時間眺めているとさすがのドラグゥンでも目を回して酔ってくるので、背景処理を施した上で輸送船ゴーダムの姿だけを映している。
通常、緊急救助行動でアボルダージュ《強行乗船》する場合、小型艇などを使って移乗するのが一般的だ。
なぜ現実的ではないかと言うと、
従って、複雑な3軸方向の自転慣性運動を起こしている船舶に対しての
「さてと、お仕事だ──」
ジィクが待ち兼ねたように、両手をアームレストに突き、折り曲げた両足を撥ね上げるようにユニットを抜け出すと、腕をばねにそのまま宙に浮き上がった。
「ビーチェ、バルンガの
とユーマも声を掛けながら、卒のない挙措でその巨躯をユニットから離席させた。
「単純な宙難事故じゃないかも知れないからね」
「
念を押すネルガレーテの声と同時にユニットを抜け出したアディが、リサに目配せしながら返事する。
「気を付けてね」
「
声を投げて来たリサに、アディは軽く手で答えると、ジィクとユーマの後を追う。
3人の
3人は銘々にロッカーから掴み出した圧縮空気スラスターを背負うと、壁を突き飛ばして
グリフィンウッドマックの機艦アモンは、主要フライト機材を2種類1機ずつ積載している。
バルンガは全長28.8メートル、鯨に羽根を付けたような姿容の汎用トランスポート機材だ。スターレス・アンド・バイブル社の宙空間用大型輸送機のパワートレインをベースに小型軽量化し、主機は
「ビーチェ、バルンガの
「
「──んじゃ、アンビリカブル・ケーブルをリリースだ、ベアトリーチェ」
「
ベアトリーチェの声と共に、
「
ベアトリーチェからの声に、ユーマがブースト・ノブを押し込む。と同時に、バルンガの
「離艦したわ。
ユーマの言葉に、バルンガのメイン・エンジンが咆哮し、加速ガルが掛かると同時に機体が猛然と加速した。
「バルンガの離艦を確認しました。引き続き本艦はこのまま、ゴーダムと1500メートルの距離で静止位置を確保します」
“串刺しソーセージ”ゴーダムの画面に、バルンガの姿を捕らえた映像が割り込む。奥へと飛び去る銀のバルンガの後ろ姿は、主星の陽を受けて反射して明影がはっきりしすぎているため、機影が判別し辛い。
「──アディ・・・」
スクリーン・ビジョンに映る、残り火のように小さくなっていく、バルンガのプラズマ・エンジン光をじっと見詰めるリサが、無意識にその名を口にした。
捜索シークエンス自体は、危険を伴った緊急性のあるものではない。
口端から漏れた声は、リサにしてみれば、自分が残されたままアディを見送るのは初めての事ゆえの心細さなのか、
“リサにとって、本当にアディは大切な
ネルガレーテが思わず目を細め、リサの秘めやかな心の声に小さく微笑む。
リサは、視野の狭い、恋愛感情だけで先走る、分別を持てない浅慮ではない。
むしろ正反対と言って良い、良かった。
何しろ、今ではアルケラオス女皇に即位したメルツェーデス姫の、皇女時代の専属女御官だった才媛だ。頭の回転は早いし、言葉遣いも秀逸で、他人を不愉快にさせない会話のセンスも抜群で、リサ本人も名高い武家の血を引く身だ。燃えるような紅い髪も
そんなリサが、アディを、アディだけを追ってここまで来たのだ。
“男冥利に尽きる、って解ってるのかしらねぇ、あの朴念仁──”
とは言え、かく言う
「まあ確かに、これ以上ないほどお似合いのカップルなんだけどねぇ・・・」
「え・・・?」
嘆くようなネルガレーテの独り言に、今度はリサの方が咄嗟に問い返した。
「何でもないわよ、
右前に見える
★Act.2 救難の宇宙・2/次Act.2 救難の宇宙・3
written by サザン
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます