Act.2 救難の宇宙・1
「アモン、
涼やかなリサの声が
「ごめん、ごめん、遅くなったわ・・・!」
ネルガレーテが
機艦アモンの
「酔っ払って寝てたでしょ」ユーマが尖り声を投げ掛けた。「ちゃんと
「飲んだ、飲んだ、吐くほど飲んだわ」
「薬を? 酒を?」
「両方」キャプテン・ユニットに飛び込みながら、ネルガレーテがヘッドセットを着ける。「──それで、面倒を見なきゃならない
「既に約11キロ先を、0.44ガルで等加速航行中だ」
「光学視認映像を入れます」
ジィクが即座に答えれば、それにベアトリーチェが応じる。
「──先行する
「フェードイン座標を確認。
「
リサの言葉に続いてベアトリーチェが報告する。
「通信回線はバラタックに繋がってる?」
「大丈夫だ。通信状態は良好・・・の筈」
このユニットの専任は艦載火器の統合管制だが、緊急時には機艦自体の
「あー、聞こえる? 素敵なお船の
その呼びかけと同時に、前方のディスプレイ・スクリーンにモニターされている旧式の
「──こちらバラ・・・ック。麗しい声・・・聞こえます・・・デューク・・・ルガレーテ」
がらがらと嗄れた声が途切れ途切れに、アモンの
「何よ、途切れ途切れじゃないの? アディ」
「仕方ないんだよ、向こうの出力が安定しないんだ。主星からの太陽風の影響で、バラタックからの通波が乱されるんだよ」
「ほんと、何もかも
「ええ、機関・・・荷とも異常は・・・せん」
「結構。フェードインまで、約40秒ってところ」
「少し・・・キドキしますな・・・しろ虚時空航行・・・初め・・・経験ですから」
船長の声がただでさえ嗄れて聞き取り辛いのに、こうノイズが混じっては、まともに耳を傾ける気にならない。
「何にでも初めては付き物よ。私に任せれば、
「ネルガレーテ・・・!」
「──
聞いていたリサが、横のアディを向いて真顔で訊ねた。それにアディがぶっと吹き出して、ジィクとユーマがくくくと笑いを噛み殺す。リサだけが意味が解らず、きょとんとしていた。
「ステーションからの安全距離と想定した50キロを超えます。周囲テンソル空間における真空期待値の
「
ベアトリーチェの報告に続いてユーマが応じる。
「バラタックと
「それじゃあ、フェードインへのシークエンスを開始して」
リサからの報告に頷いたネルガレーテがベアトリーチェに指示をしてから、
「バラタック、今から虚時空ドライブへ移行するからね。フェードアウトしたら慣性航行してるけど、下手に針路変更しないで。座標確認とベクトル再計算はこっちでするから、それに従って。イッたからって、勝手に抜いちゃ駄目よ」
「ネルガレーテ・・・!」
いい加減にしなさい、と言わんばかりに、再びユーマが呵責》かしゃく》の声を上げる。ネルガレーテは、誰も見ていないと思ったのか、小さくぺろっと舌を出して首を
「リサ、
「フェードイン・・・!」
リサがパワー・ノブを押し込むと同時に、虚時空突入に伴う何処かへ吸い込まれるような雰囲気に包まれる。と思ったら出し抜けに、通常空間に戻る際の耳鳴りがした。
「フェードアウトしました」
ベアトリーチェの声が、虚時空ドライブ・シークエンスを終えたことを知らせる。
生じるタキオン現象は、当該システムの周囲にタキオン場空間を作り出す事で、当該システムを含めた空間ごと虚時空で移動させる。タキオン現象の影響を受ける空間内にある形而下物質物体は、タキオン現象に引き摺られ時空転移が生じる。この効果を利用すれば、虚時空ドライブを搭載している宇宙艦が1隻あれば、複数艦船を同時に同空間へフェードアウトさせる事が可能になる。アモンは
タキオン場の被覆空間の大きさは、補機である
ただ問題になるのが、補機である
アールスフェポリット社のステーションは、首星ホフラン公転軌道に対して150万キロ外側をホフラン公転軌道面と直交する独自の公転軌道を描いているため、周辺でフェードインを行っても要求される真空期待値に問題はないのだが、発生するタキオン場にステーションを巻き込んでしまう可能性があるので、距離をとったのだ。
「
ベアトリーチェの乾いた声がヘッドセットの
「バラタック、聞こえる?」ネルガレーテが声を掛けた。「そっちに異常はない?」
「もう飛び終わったんですか?」
画面の中で一瞬呆けたような顔をしていた髭の船長が、慌てて周囲を見回した。
「ええ、セザンヌ太陽系外縁。すぐに位置情報とベクトル情報を送るから、姿勢制御シークエンスを組み立てて転針してちょうだい」
ネルガレーテが突き放すように言った。ネルガレーテを始め、グリフィンウッドマックの面々は、既に次のシークエンスの方へ意識が行っている。すなわち輸送船ゴーダムの救難だ。
「主星セザンヌに対するフェードアウト座標算出、運動ベクトル計算中」
「
ジィクが
「アディ、ジィクから
「
アディが事務的な口調で答えた。
「ネルガレーテ」ベアトリーチェの抑揚のない声が
「捕まえた? ゴーダムね?」
「発信船名をゴーダムと確認しましたが、途切れました。一定間隔による自動発信と推測します」
「座標は付帯してた? 飛航ベクトルを検算できる?」
「算出していた予測数値と差がありますが、
ベアトリーチェの返事があって、
救難対象のゴーダムの移動ベクトルは、アールスフェボリット社側で受信した
「対象との距離は約90宇宙カイリ、速度は約28宇宙ノット、ってところだな」
ゴーダムへの
「想定したベクトルとちょっと違うわね。速度も上がってる?」
「セザンヌ太陽系のデータが完全ではないため憶測の域を出ませんが、第11惑星の近くをスイングバイした際にベクトルが変わった可能性があります」
ネルガレーテの問い掛けに、ベアトリーチェが答えた。
「意外と距離が詰まり過ぎているみたいね」溜め息を一つ吐き出すと、ネルガレーテは少しばかり早口で言った。「──急ぎましょ、リサ、アモン転針よ」
「
短く応答したリサが
1宇宙カイリは12万キロ、1宇宙ノットとは1宇宙カイリを1時間で行く慣性速度の事で、光速の0.0001パーセントほどだ。90宇宙カイリで1080万キロ、28宇宙ノットは超対称性場推進航法後の内洋航行としては標準範囲内の巡航速度だ。
予定ではゴーダムの予測針路上に、120宇宙カイリの
事前の計算では、ゴーダムの慣性移動速度を22宇宙ノットと算出していた上に、想定飛航コースとはズレているため、結果的に
「アディ、バラタックに繋いで」
「
アディの言葉に頷くと、ネルガレーテはスクリーンに映る船長を見やった。
「──バラタック、聞こえる? 今そっちに航路指示を送ったわ」
「え・・・届きま・・・た」髭面の船長が、届いたデータを手元のモニターで確認しながら言った。「ゴー・・・ムで・・・か・・・
相変わらずの雑音交じりの通信に、ネルガレーテが一瞬顔を
「良い子だから、余所見しないで、ちゃんと言い付け通りに先に行くのよ。迷子になって発見が遅れたら、カスカスのミイラになっちゃうからね」
「皆さん・・・ゴーダ・・・へ?」
むさ苦しい髭面が、再び起き上がる。同じ
「聞いているでしょ? 今から当艦は最大で30時間、救難シークエンスに入るから」
「──明日の昼ご飯には、間に合うように追い付くわ」
それだけ言うとネルガレーテは、手元のモニターにも割り込んで映っていた船長の小さな画像を、さっさと指で軽く弾き出した。と同時に、
「アクシオン
ユーマの声と同時に、リサがじわりとブースト・ペダルを踏み込む。ぐん、と一瞬シートに
「修正したゴーダムの
再び
アクシオン
アクシオン正反粒子を対消滅反応させ、発生したプラズマを電磁気的加速噴射することで推進力を捻出する。対粒子による反応自体は完全な対消滅ではなく、わざと不完全な反応にしてプラズマを作り出しており、正反のアクシオン粒子自体は
「リサ、加速度を14ガルまで上げるんだ。このままだとベクトルが合致する前に、ゴーダムに追い抜かれる」
「加速14ガル、
ジィクの修正指示にリサが小気味よく答えると、アモンの主機が
相対距離を詰めながら相対速度を上げるために、対象であるゴーダムの慣性ベクトルに対して大きく蛇行する航跡を取るのだ。アモンが艤装するアクシオン
勿論、そこまでの加速が可能なのは、アモンに主機の噴射エネルギーに対する重力質量増加緩衝システムが組み込まれているからだ。ただ緩衝相殺が可能なのは20ガル程度なので、それ以上の加速には
「ゴーダムの船影を捕捉、光学視認しました。最大望遠で映像を入れます」
ベアトリーチェの声と同時に、ゴーダムを捉えた画像に切り替わる。
実際はアモンの遥か後方を慣性飛航しており、恒星セザンヌの陽を受けて浮かび上がるゴーダムの長細いシルエットの上を、時折りキラリと
「この光学画像だけじゃ、よく解らないわね」ネルガレーテが唸るように言った。「船体の損傷度合いを確認できる?」
「まだ距離がある上、複雑な3軸方向の傾転慣性運動起こしていると推測されるため、現在の光学画像情報からでは、解析できません」
「あらま、意外と厄介な」ネルガレーテが嘆息混じりに声を上げる。「望み薄そうだけど、一応
ネルガレーテの指示に呼応したアディが、アールスフェポリット社から渡されていた指定通信帯域でゴーダムを呼び出す。間を置いて3度試みたが、反応は無かった。
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written by サザン
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