Act.2 救難の宇宙・3

 スクリーン・ビジョンには、ゴーダムの前後軸自転ロール速度に合わせながら、その船橋楼ブリッジと思しき構造物外鈑に徐々に接近するバルンガの姿が映っていた。

「──着舷したわ。今からアディとジィクが繋留アレストに出るわ」

 ユーマの声が不意に、アモンの艦橋ブリッジ内に降って来た。



 ゴンッ、とぶつかるような擦ったような音が、バルンガ機内に響き渡る。立った音は思いのほか大きかったが、突き上げるような衝撃は殆どなかった。

「着舷したわ。今からアディとジィクが繋留アレストに出るわ」

 そのユーマの言葉と同時に、バルンガ胴部の左右にある開け放ったスライド・ドアから、アディとジィクが飛び出した。

 ロンパスと呼ばれる空間作業用気密与圧服ハビタブル・オーバーオール宙空間作業用推進器マニューバ・ユニットを装着した傭われ宇宙艦乗りドラグゥン2人は、バルンガの降着脚スキッド基部にあるアレスターから鋼索ブライダルを引っ張り出し、手近にあるアレスト・バーに機材固縛タイダウンフックを掛けて回る。アレスト・バーは宇宙船舶の外鈑各所に設置されている、船外活動時の人員や機材の繋留に用いられる鋼柵だ。

 船橋楼に一番近い、個別式貨物庫フレート・コンテナ列の間から顔を覘かせる構造梁プラットフォーム・ビームに、バルンガは鳥が木枝に止まるように着舷していた。本来なら船橋楼後部に設けられた備載艇甲板ランチ・デッキに着船するべきなのだが、船橋楼自体がひしゃげて捻折もげ掛かっているので、安全に駐機して置けるとはとても思えない。

「いいぞユーマ、鋼索ブライダルをリールしてくれ」

 アディの呼び掛けに、ユーマが操縦室コックピットから巻取り器リールを操作する。

 バルンガは着舷したとは言え、噴射で押し付けていないと遠心力で飛ばされてしまう状態なので、機体を噴射なして着舷したまま留め置くためには、どうしても固縛タイイングが必要になる。鋼索ブライダルの余剰を巻き取られ、トルク負荷が最大になったところで、巻取り器リールが自動停止する。

 良いぞ、一杯一杯だ、とのアディ声に、ユーマがバルンガの噴射を停止させると、遠心力で機体が僅かに流されて、降着脚スキッドが微かに浮き上がる。自転している対象物への着舷は、意外と厄介なのだ。

「──そっちでも見えるか? かなり酷い状態だ。生存者がいるか怪しいもんだ」

 首が折れたような船橋楼を見上げながら、ジィクが船尾方向を見やる。

 空間作業服ロンパス頭部、スポット照明横にヘッドマウント・カメラが備わっているので、アモンやバルンガで2人からの画像をモニターできる。

乗居区画アコモディションは、足下方向船橋楼ブリッジの下層区画デッキにある筈だけど」

 ネルガレーテからの通信に、ジィクが背負ったマニューバ・ユニットのスラスターを噴かせて、断崖みたいにすっぱり失せているゴーダムの船尾側へと泳ぎ出た。

「跡形もないな。いや跡形だけはあるか・・・」

 空間作業服ロンパス頭部に付属する作業用スポット照明と、肩上から横方向を照らす補助灯が、ひしゃげ潰れて目茶苦茶になった箇所を浮かび上がらせる。灯火が点光源なので遠近感が掴みにくく、陰影が強くて細部まで現況確認し辛い。

 船尾にある筈のフェルミオン対消滅アナイアレート推進システムとそのノズル部は完全に損失していて、モノコック構造の乗居区画アコモディション・デッキらしき残骸が船殻芯柱センター・ビームにへばりついている。なぜそこが乗居区画アコモディションだと見当付けられたかと言うと、ねじくれた外鈑に船内着と思しき布きれが絡まっていたからだ。

 残念ながら人影は──恐らくは遺体の筈だが、確認は出来ない。

「ヘッドマウント・カメラじゃ見難いかもしれないが、系外縁氷体デタッチの類いじゃないぞ、これ」充分に間合いを取りながら、ジィクがゆっくりと近づく。「構造体を根刮ぎここまで持って行ける慣性運動体となると、衝突したのが浮遊岩塊塵アステロイドだとしても、相当な大きさと速度が要る」

「単なる衝突事故じゃない?」

「何となく、爆雷なんかの直撃を受けた感じに近いな・・・」ジィクが唸るように言った。「本当に大きな質量物の直撃なら、船体自体も弾かれて明後日あさっての方向に吹っ飛ばされて、もっと複雑な傾転を起こしている筈だと思わないか・・・?」

 爆雷、という言葉に、ネルガレーテが一瞬押し黙った。

「俺の方の映像が見えるか? ネルガレーテ──」

 ジィクとネルガレーテとの会話に、アディが割り込む。

 アディはねじくれてひしゃげ折れた船橋楼の基部に立っていた。操船室に設けられた窓からは漏れ出る光はなく、目の前の船橋楼らしき構造物は完全に沈黙していた。

「そこが船橋ブリッジね」

「根元から折れてて、船橋ブリッジに上がる船内通路もひしゃげ潰れてる。位置から考えると、フェルミオン主機がぶっ飛んだ際に、煽りを食らったな」

 マニューバ・ユニットを一吹かしして飛び上がったアディが、周囲を見渡しながら船橋楼の側面に取り付いた。

「──補機の核融合電磁励起エンジンが乗居区画アコモディションの下部にある筈だが、それも見当たらない」ジィクの溜め息にもした通信が入る。「こりゃ生存者は望み薄だな」

「なら、救難事態宣言メーデーの通信は?」

 リサが素朴な疑問を投げ入れる。

「矢張りシステムの自動発信だろな、大概は別バッテリーを備えてるからな。けど送信途中で途切れるところを見ると、そのバッテリーも干からびる寸前だろう」

乗居区画アコモディション・デッキが失せてるなら、捜索の仕様がないわね」

 ジィクたちの報告に、画像を見ているであろうネルガレーテの、諦めたような口調だった。

「事故が起きてから600時間以上経過しているし、そんなに長い間息を止めていられる人間は、まあ居ないわね」

 同じ画像をバルンガ機内でモニターしているユーマも、皮肉交じりに声を上げた。

 その遣り取りを耳にしながら、アディが船橋ブリッジの窓から船内なかを覗こうと、船橋楼の側面に沿ってゆっくり移動する。ざっと見渡しても、船橋楼自体には直撃の痕はない、と声を上げようとした矢先だった。外鈑が広範囲にわたって黒く焦げ、表面が全体に溶解していて、その中央部近くにずぼりと溶け落ちたような、直径50センチほどの大穴が空いていた。

「ネルガレーテ──」アディが、いつになく慎重そうな声で言った。「ちょっとこれを見てくれ」

「何? 此処はどの箇所?」

船橋楼ブリッジ左舷ポート・サイドだ」

「これ・・・船内なかからの爆発穿孔じゃない・・・わよね・・・?」

穿通せんつうは外から内に向かって、だ」

 アディが穴から中を覗こうとしたが、頭部のスポット照明の光では、中まで上手く照らし通せない上に、固定されたヘッドギアのバイザー越しでは、実眼で覗くように簡単にはいかなかった。

「エネルギー弾の弾痕だ。多分プラズマ・ブラスターじゃないかな?」

 貨物船の外鈑など、プラズマ・ブラスター艦砲の前では紙切れ同然だ。

 いとも容易く貫徹され、何千度というプラズマの高熱ガスが、船橋ブリッジ内に一気に吹き込んだ筈だ。恐らく中は黒焦げで、乗組員クルーも遺骸がまともに残っているか怪しい。

「それって、攻撃されたって事? ゴーダムが?」

宙賊ジョリーロジャー?」

 ネルガレーテに続いて、リサがふっと言葉を漏らす。

「いや、賊なら、満載の積荷フレートをそのままにはしないだろ」

「じゃあ、撃沈が目的で襲った、って事になるわよ」

 アディの返事にユーマが声を上げた。

「そう考えたほうが適切だな、この有り様じゃ」

 ジィクの声が割り込む。ジィクが何時いつの間にか、アディの背後に漂い来ていた。

「うーん・・・」明白あからさまな、困惑したネルガレーテの声だった。「ひょっとして欲を掻きすぎて、厄介事に首を突っ込んじゃったかしら・・・?」

「最初から、リサの未開封レベルに合わせりゃ良かったな」ジィクがアディを小突いて、向こうへ移動しよう、と手振りした。「初体験が強烈だと、病み付きの体になっちまうぜ」

「未開封、って何よ。清純とか、初々しい、って言えないの? ジィクの野暮天」

「まあ、今は詮索しても仕方ないわよ。とにかく残存してる船内を捜索しましょ」

 突っ慳貪なリサの声に、その膨れっ面を想像したのか、ユーマが含み笑いに言った。

「──アディ、本当に気をつけてね」

「何も起きないよ。残ってるのは船橋楼だけだし、3時間も掛からないさ」

 心配げに声を掛けるリサにそう返事しながら、アディはジィクの後を追って、備載艇甲板ランチ・デッキへマニューバ・ユニットの推進器スラスターを噴かせた。機材固縛タイダウンされている船外作業用の備載艇ランチが1艇そのまま残っていたが、離船に使われた形跡はなく、衝撃で機材固縛鋼索タイダウン・ブライダルが緩んだのか、船体が少し宙に浮いていた。

「救難外扉ハッチは大丈夫そうだ」

 外扉ハッチ脇に取り付いたジィクが、操作盤の蓋を開ける。

 特段の認証行為を必要としない、アクセスフリーの状態になっているのが一目で判る。

 救難外扉ハッチは、文字通り緊急事態に陥った際に救難活動利用される、気密隔室エアロックを備えた、船内と船外との出入り口だ。船体自体の安全性が著しく損なわれ、乗組員クルーの生命に危険があると、保安システムが判断した場合にロックが自動解除され、外側からでも外扉ハッチ自体を直接操作することが可能になる。

 気密隔室エアロックも含めて一般的な外扉ハッチよりも耐衝撃構造で残存性が高く、船内の電源供給が途絶えても独立した緊急用バッテリーで稼働し、気密隔室エアロック補填用バッファーエアを圧搾備蓄してある。外扉ハッチ自体は大概、備載艇甲板ランチ・デッキ近辺に設置されていて、貨物船などでは通常の搭乗口ボーディング・ハッチとして使われる場合も多い。

「──これから強行乗船アボルダージュする」

 気密隔室エアロック内が与圧されていないのを確認してから、ジィクが開扉ボタンを押す。

 電動アクチュエータが小さな唸りをあげ、外扉が滑らかに外に向かって開く。開いた隙間からアディがすっと通り抜け、それに後ろからジィクが続く。

 気密与圧服ハビタブル・オーバーオールを着た大人が余裕で8人ほど入れるスペースが確保された、僅かばかりの非常灯が灯る円柱内部のような気密隔室エアロックを向こう側へ軽く飛び抜けて、2人が船内への内扉脇壁にへばりつく。操作パネルに点滅している船内側の気圧値を見て、アディがぼそりと言った。

「あー、やっぱ駄目だな、これは・・・」

 内扉の向こう側、船内は全く与圧されていなかった。空気が散逸してしまい、生命維持環境が保たれていないのだ。

「これから船内なかを捜索するが、まあ望みはないな」

「ご苦労さま。念のため船橋ブリッジ下の階層デッキも見ておいてね」

了解チェック

 ネルガレーテからの通信に相槌を打つと、アディは内扉を開いた。

 今度はジィクが先に飛び込み、それにアディが続く。

 補機の電源を完全に喪失している上、漂流してから時間が経ちすぎているので、非常灯すら点いておらず、文字通り漆黒の闇の中に泳ぎだしたようなもので、ヘッドマウントの照らす照明だけが頼りで上下左右の感覚がつかめない。さすがのドラグゥンも慎重に進まないと、迷子になってしまう。

 アディとジィクが自然と背中合わせになって、お互いてんでの方向にヘッドマウントの照明を照らし上げ、周囲の様子を油断なく見渡す。右側が空間作業用気密与圧服ハビタブル・オーバーオールを収納するロッカー・チャンバーになっている。船橋楼自体がねじくれて擱坐しているため、下層にある船橋ブリッジへ通じる下降口が、潜り込むような形で見えていた。

 ジィクが、こっちだ、とアディを促す。

 補助梯子階段ラッタルを手で繰り、直行に下降しながら奥へ進む。宇宙船舶では特別な客船を除いて、船橋楼ブリッジ無重量環境ウェイトレスネスが基本なので、梯子階段ラッタルと言っても、手摺り程度の意味合いしかない。

 下った先は少し広い移層区画ステア・デッキで、一部が休憩所バンクになっているのか、飲料ベンダーや冷蔵庫が設置され、辺り一面には飲み物と思しき液体が玉になって宙を漂い、ストローの付いた使い捨てディスポーザパックが散乱していた。

「こっちが船橋ブリッジだな」

 アディが隔壁通口バルクヘッド・パスをライトで照らし上げ、脇の開閉パネルに手を伸ばす。電源を喪失しているので、スイッチを押しても全く反応しない。アディは溜め息をくと、反対側の横壁にへばりついていたジィクに、そっちだ、と指差した。

 ヘッドギアの被膜バイザーの向こうで頷いたジィクが、周囲の壁を見回す。非常用開扉装置エマージェンシー・オープナーと赤書きされた文字の両側、肩幅ほどの左右にあるボタンを両方同時に押し込み、飛び出してきた平面ハンドルを捻ると、T字型した蓋が開く。中に横向きに設置してあったT型ロータリー・ハンドルを引き起こし、ジィクが肩を入れて回し始めると、閉じていた船橋ブリッジへの隔壁扉バルクヘッドがゆっくりと開き出した。

 アディがそろりと、開き始めたドアの間から中を覗き込む。

 気密与圧服ロンパス頭部のスポット照明の光が、どんよりした闇を切り裂き、照らす箇所を強いコントラストで切り取る。ハレーションを起こした画像をみるように判別しづらいが、船橋ブリッジ全体が炙られたように黒くすすけている。燃えかすや焦げた塵のようなものが、室内一杯に漂っていた。室内の臭いを直接嗅げれば、きっと焦げ臭い異臭がするに違いない。

船橋ブリッジ全体が黒焦げだ」中に入ったアディが辺りを見渡す。「生存者がいるなら、そいつは幽霊か手天童子しゅてんどうじに違いない」

 そう言う尻から、黒焦げの遺体が1つ、アディの足元を漂って行く。弧を描くように並ぶ制御卓コンソールは、左に行くほど焼耗の度合いが激しく、一部融解しかかっている箇所もあった。続いて入って来たジィクが、壁を蹴飛ばしアディの頭越しを左舷ポート・サイド側へ遊弋ゆうよくする。

「こりゃ、間違いなくプラズマ・ブラスターだ。船橋ブリッジに直撃被弾するとは、運が悪かったな」

 溶け崩れるように穿孔した壁を、ジィクのスポット照明が照らし出す。ちょうど航法用天球型宙図システムのあった辺りで、壁自体は大して焦げていないのだが、室内にあったと思しきタブレット端末やパイプ椅子、消火器などの設備品、ポータブル音映器や使い古された船長帽、果ては筆記用具やメモ書きの挟まったバインダー、淫猥娯楽雑誌がゴミ山のように溜まりになっていた。開口してしまった事で、室内の空気が一気に漏れ出したせいだろう。

 そのジィクの頭上、天上近くに、上半身は酷い火傷を負っているが足元のブーツがまったく焦げていない遺体が1つ漂う。さらに右舷側の壁にし付けられるように、へばりついている遺体らしきものがあった。らしきもの、としか言えないのは、四肢が完全に焼失している上に、焼けただれた頭部が折れて顎が胸元に焦げ付いているらしく、どう見ても人間ヒューマノイピクスの体形をしていなかったからだ。

当直ワッチで上がっていた船員クルーだな、この3人は」

 ジィクからの報告に、ネルガレーテからの応答はない。

 勿論アモンのネルガレーテやバルンガの機中にいるユーマも、気密与圧服ロンパス付属のカメラからの映像をモニターしているので、捜索の状況は目視している。

アディとジィクが、決して広くないブリッジをてんでに移動しながら、嘗め回すように光を当てて目を走らせるたが、死んだように静まり返った船橋ブリッジには、ネズミ1匹生きてる気配がしなかった。

航宙情報記録装置ナビゲーション・ロガーを探して持ち出そうか?」

「契約には含まれていないし、探し出して外すのに手間が掛かりそう」ネルガレーテがあっさりと言って退けた。「必要なら、後日に受注先クライアントから調査隊を出させれば良いわ」

了解テンフォー。ならジィク、下の階層デッキに移動しよう」

アディは身を翻すとスラスターを一噴きさせ、船橋ブリッジを後にする。それに小さく嘆息で応じたジィクが、アディの後を追う。

 下層への接合通廊アイルは、移層区画ステア・デッキの右舷側にあった。

 だが接合通廊アイルに入った途端、アディが声を上げた

「駄目だな、ネルガレーテ」

 その言葉と共に、アディは5メートルと行かない間に宙空間へ出てしまった。



★Act.2 救難の宇宙・3/次Act.2 救難の宇宙・4


 written by サザン 初人ういど plot featuring アキ・ミッドフォレスト

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