Act.1 初めてのスティック(操艦桿)・7
「救難
納得ずくのヌヴゥの口調に頷くと、ネルガレーテがさらりと言い切った。
「履行報酬は5億ガイアの
「5億・・・!」
ネルガレーテの言葉が終わる前に、思わずカノが声を被せて目を見張る。
そして後ろのドラグゥン3人が、おお言ったぞ、とばかりに首を
「それはさすがに、度を越してはいませんか・・・? セニョーラ・シュペールサンク」
さすがにヌヴゥは感情を抑えているものの、明らかに語尾に怒気を含んでいる。
「私どもが、
木で鼻を括ったようなネルガレーテの口調だった。
「問題はそこではありませんよ、シュペールサンク・・・!」
「そこの
ソファ越しに身を乗り出し、少し憤慨気味に声を荒げるカノに、ネルガレーテが
「権限もない上に、
これは“通貨”と言う価値交換媒体を、根本においては信用していない、
それでも対価に現金を指定する場合、銀河合衆機構の
「これでも緊急性と人道とやらを考慮して、提案していますの」
独り色をなすカノを歯牙にも掛けず、ネルガレーテは不敵な笑みでヌヴゥを見遣った。
「
「そのための、専権事項指定ですか・・・」渋面を作ったヌヴゥが、流し目がちに若い部下を見る。「ですが、私が、このカノに一任すると言ったら?」
「ヌヴゥ役員ともあろうお方が、私の出方など探らなくても・・・」まったく動じないネルガレーテが、冷淡な愛想笑いを浮かべた。「まあ、当方は一向に差し支えありませんが、委任されるに当たって、上司として一言添えていただければ、なお幸いですわ。目の前の
「──
後ろから、むっとしたカノが何かを言おうとした気配を感じたのか、それを制止するように軽く手を上げたヌヴゥだったが、当の本人は不快感を
「プライド、ですか?」ネルガレーテが、ご自由に、と言いたげに、
「・・・・・・」
最後の選択肢を先に、しかもあっさりと口にされて、ヌヴゥが思わず口を
「終わり良ければすべて良し、1人でも救助されれば、迅速な決断をされた聡明なるヌヴゥ役員の評価は、ぐんと上がりましょうに。さらに補給も滞りなく完了したとなれば、ガキーンとゴーレム、2回の補給失敗など責任を問う声を
ニコリともせず、
「それとも原因不明で、経営役員会で事故調査チームなどを立ち上げられたら、開発プロジェクト自体が中断、もしくは廃棄の憂き目に遭うのは確実。けどそんな事、誰も願っていない。消息不明の原因を推測でも出来れば、今後も安心して補給計画を立てられ、開発計画も滞りない継続が可能でしょうし、先日送り出したと言うダイアポロでしたっけ? その航行中のお船だって失くさずに済むかも知れませんよ?」
「これは思いの外、深読みの利くお人のようだ、グリフィンウッドマックの
アールスフェボリット社の役員は、溜め息を吐き出すとソファに腰を沈め直した。
そのヌヴゥの姿を、ネルガレーテの背中越しに見ていたグリフィンウッドマックの3人は一様に、勝負あった、と悟った。ヌヴゥはもう、条件を呑まざるを得ないところまで追い込まれている──ネルガレーテの表情を直接窺い知ることは無理だが、隣に座るリサの、ネルガレーテを見詰める唖然とした横顔からも察せられた。
「この天秤座宙域における一連の開発プロジェクト、天秤座宙域での交易覇権を狙うトレモイユの手前、アールスフェボリット社としては簡単に放棄できる立場にはないでしょう」
ネルガレーテは足を組むと、腰の横で手を組み、
「払う価値のある5億、ですわ」
「まったく凄い自信だ」
ヌヴゥが苦笑いにも似た笑みを浮かべた。
「アールスフェボリット社にあって、重要なトレモイユとの戦略的関係構築、それこそ全てヌヴゥ役員自身の手腕と功績。そんな輝かしい業績を積み上げられる有能な出世頭、将来の最高執行役員、我々だとて将来に
「セニョーラ・シュペールサンク、実に抜け目ない」それでもヌヴゥは、なお食い下がろうとした。「──しかし肝心の、あなた方の完遂能力は誰が保証・・・」
と、ヌヴゥが口に仕掛けた言葉を、ネルガレーテが首を振って遮った。
「そんなもの、疑問の余地はない筈ですわ。依頼相手を阿弥陀くじで決めた訳ではないでしょう?」実力のほどは調べが付いている筈──ネルガレーテが、面白くもない、と言った風情で肩を
「失礼ながら私とした事が、
観念したように、ヌヴゥは少しだけ背を曲げて嘆息した。
「それは恐れ入りますが、抜け目がないのは、ヌヴゥ役員の方ではありません?」
一転、ネルガレーテは無邪気そうな笑みを向けた。
「──本契約である
「セニョーラ・シュペールサンク、まさか、こうなる事を見込んでいた・・・?」
「それこそ、まさか、ですわ」
「・・・・・・」
軽く往なすようなネルガレーテの言い草に、ヌヴゥは怪訝そうな表情を変えなかった。
「誤解が無いように申しておきますが、私ども、アールスフェボリット・コスモス社を、決して小さな企業とは見ていませんわ。そんな企業の重役が、直接に発注して来られるとは、単なる
「それは、少々買い被りと言うもの」
ヌヴゥが気取ったふうに首を振る。取り繕ってはいるが、
「噂に聞くセニョーラ・シュペールサンクに直接お会いできるのなら、これくらいの足労など容易いこと」
「あら、さすがはシニョーレ・ヌヴゥ、お口の弁も卒の無い」さらにネルガレーテが此処ぞとばかりに、ソフトな言葉責めに近い辛辣な言葉を、高慢ちき風に浴びせる。「ならば私の鑑賞料と、先程来の若いペロリンガ殿方の、うちの
「非礼があったのなら謝ります、セニョーラ」
ヌヴゥは素直に、軽く頭を下げた。
そのヌヴゥの反応に、背後の
“ほれ、やっぱり嬲り者にしてるぜ”と、ジィクが目配せし。
“鑑賞料に視姦料。よく思い付くわね”と、半ば呆れているのはユーマ。
“やっぱり
「どうやら、依頼する相手を間違っていたようだ」
ヌヴゥの言葉は、相手を
「あら、間違ってなどいませんわ」
「参りましたよ、セニョーラ・シュペールサンク。相手になっていないのは、どうやら私のようだ」少し照れ臭そうに、アールスフェボリット社の役員は小さく首を振った。「
勿論、ヌヴゥの方から先には手を差し出さない。
「結構ですわ、シニョーレ・ヌヴゥ」
ネルガレーテはにこりとすると、すっとその場に立ち上がる。それに釣られて腰を上げたヌヴゥに対して、
「好い知古を得られて感謝します」
この瞬間、ネルガレーテの脇でリサが惚れ惚れとしていた。
何て
ケツの毛まで
ネルガレーテは
大企業の支社長とも呼ぶべき人物が態々、此処まで出迎えに下りて来た意味を。
アールスフェボリット社は、少なくともこの役員どもは追い詰められている、もう他に頼みとする相手がない、と言う事を。それを見透かして、計算高くも弱みに付け込む。傾国の美女とは、正しくネルガレーテの事だ──リサは心底から、憧れに近い思いが湧き出すのを感じていた。
「──お美しいそちらのセニョーラも、どうぞ挨拶を受けていただけますか?」
顔を上げたヌヴゥが、当然のようにリサに声を掛ける。
ネルガレーテに促され、リサがふわりと席を立つ。皇室女御官だったリサにとって、この手の挨拶は日常の社交辞令だったので臆する気配が全くない。リサが慣れた仕草ですっと右手を差し出すと、ヌヴゥが掬うように手を取って、恭順のキスを甲に落とした。
それでは契約書にサインを、とカノが声を掛けた。
「本契約の輸送に関する書式です」
ネルガレーテとリサが、ソファに腰を沈め直すと、カノはブリーフ鞄からハードカバーのバインダーを2つ取り出し、
「上にあるペーパー書式が、そちらの控えです。当方の署名は既にしてあります」
手渡されたバインダーの一方を、ネルガレーテが開く。数枚に亙る紙製の契約書式で、社用透かしの入った公式ペーパーに印字してあり、左端2箇所がステープラーによる紙針留めした上から封蝋されている。ネルガレーテは最後のページに、ヴァリモ・ヌヴゥの署名が記されているのを確認すると、もう片方のバインダーを開いた。
「──サインは、そちらの
カノの言葉にネルガレーテが頷く。
付属のタッチペンを握り、さらさらと署名したネルガレーテが、認証ボタンをタッチして掌を押し付ける。掌紋コードを用いた暗号化で、署名データのハッキングを防ぐのだ。
署名にロックを掛けると、後ろのアディに手渡した。アディがペンを走らせ、次にユーマとジィクが署名すると、最後にリサの手元に契約書が回って来た。
★Act.1 初めての
written by サザン
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