Act.1 初めてのスティック(操艦桿)・5
その後を、
男の
この連中が本当に、
「遠路はるばるよくお越しを。アールスフェボリット・コスモス社の者です」
そんな5人が、ターミナル・ウィングへ出ると、きちんとしたスーツ姿の若いワイアール人の男が1人、
5人の
「こちらへ」
迎えのワイアール人が、慇懃無礼に小さく頭を下げる。
プラッター・リフトは、
床面がステーション側になるので、感覚的には下に落ちて行っている感じになる。なぜ床部分があるかと言うと、ステーションの
「重力が発生します」
案内の男が無愛想にぼそっと言うと同時に、重力発生への注意喚起アナウンスが流れる。正確に言えば、“重量”が発生する。
小さな揺り戻しがあって、
アールスフェボリットの社員は後ろも振り向きもせず、すたすたと歩を進める。愛想の欠片も見せず、さっさと行ってしまったワイアール人社員に、
迎えの社員の靴音が、クッション性のある床に妙にねちっこく響く。環状の乗降デッキをほぼ半周して、内部への通路へ入った。
50メートルほど歩いて、賑やかで大きな分岐に出た。賑やかと言っても旅客ターミナルではないので、飲食やショッピングのモールがある訳ではない。他の埠頭とのジャンクションになっているようで、ステーション移動用の
その一角、少し奥まった場所へ折れると、社章と思しき小さなデザインだけが張り付いた、素っ気無い扉の前に立つ。ワイアール人社員の
「どうぞ、こちらでお待ちください」
5人の
案内された部屋は意外と広く、ソファやバー・カウンターが設えられたラウンジとビジネス・センターを兼ねたような設備だった。このステーション自体はあくまでも、アールスフェボリット・コスモス社の天秤座宙域における貿易活動を統括しているトレモイユ支社なので、供されたこの一室も商用相手の送迎と接遇に用いられる迎賓スペースだと思われるが、生憎とサービス・スタッフは1人も手配されていなかった。
「ま、客が
がらんとした室内を見渡すと、ジィクが自嘲気味に鼻で笑った。
緩やかな曲面を描いて嵌め込まれた分厚いガラスから、広大な宙空間が伸し掛かるように見下ろしていた。
「セルフ・サービスの飲み放題、って事でしょ」
ネルガレーテがそそくさとバー・カウンターの方へ足を向ける。それに続いてユーマがカウンターの中に入り込むのを見て、リサがアディを振り返り、それにアディが小さく頷くと、リサは小走りに2人の後を追った。
「──あの船か? 今回曳航するって
ジィクが大きな革張りソファへ勢いよく尻からダイブし、欠伸をしながら天井を見上げる。
「随分と
アディもカウンターのスツールに腰掛けながら上を見た。
天窓越しに800メートル級の
12連架装の楕円断面型
荷役は済んでいるらしく、4隻の
「
ネルガレーテがカウンター下の冷蔵庫を開け、よく冷えてはいるが如何にも安物の
「ひょっとしたら、急遽仕立てのチャーター船じゃないの?」
ユーマは手狭なカウンターを一通り見渡してから、ふんと鼻を鳴らして口をヘの字に曲げた。
そのユーマの鼻先にネルガレーテが、同じく冷蔵庫から取り出した紅茶の
「アールスフェボリット社にしてみれば、もう2隻も失ってるものね」
ネルガレーテはキャップホイルを剥き取ると、斜めに持ったボトルの首を左手で包み込むようにして親指でワインボトルのコルクヘッドを押さえ、右手でゆっくりとボトルの底を回す。大きな音を立てず、すーっとスマートにガスを抜くと、泡立つ琥珀の酒を手慣れた手付きで、リサが用意したグラスの4つに注いでいく。
その横ではユーマが、これまたリサが出してくれたグラスに、クラッシュアイスをたっぷりぶち込んで、ボトルの中のアイスティーをとくとくと注ぎ込む。ジャミラ人は酒類をあまり好まないが、ユーマは殊に
「連続して補給が滞っているんで、結構逼迫してるんだろ? 現地の開発基地って」
アディが、ネルガレーテが注いでくれた分のグラス2脚を手にすると、ソファの方へ歩み寄り、足を投げ出すジィクに1脚を差し出した。
「あー、そんな事を言ってたわね──」アディの言葉に応じながら、ユーマがリサに向かって杯を掲げ、
それに嬉しそうに頷いたリサが、自分のフルートグラスを持ってカウンターを抜け出すと、ジィクの横に突っ立って天を見上げるアディに傍らへ、楚々と足を運ぶ。
「何にしても、超対称性場推進航行じゃあ間に合わないんだから、一般船舶じゃあ実質お手上げ状態だよな」
ジィクが近寄って来るリサ向かって、手にしたグラスを改めてちょこっと掲げ、それからゆっくりと口を付けた。
超対称性場航法──恒星間超光速航法と言えば通常はこの超対称性場推進の事を指し、一般的にも恒星間超光速航法とほぼ同義語と言える。
超光速航法にはそれ以外に、グリフィンウッドマックの機艦アモンが備える、
この超対称性場推進航法システムは、主機とするラグランジアン・ポテンシャル・エンジンに因ってシステム周囲空間に超対称性励起誘導場を形成することで、内包した対象物体を虚数質量に位相する。推進力は、虚数化した質量物すなわち宇宙船舶に対する巨大引力で、具体的には太陽系の主星などが保持している引力に対する斥力を応力にして加速する。これをリアクダンス加速と呼び、10時間から50時間で外洋航行の巡航超光速に到達する。
制御工学的にはスカラー次元の
この
アールスフェボリット社が仕立てた
最初に不達になった便が到着していない、と基地側が連絡を入れて来た時点で、糧食在庫は75日分だと報告されていた。そこから既に86日が経過しているので、食料を切り詰めても備蓄が既に底を突いているか、その寸前なのは間違いない。
「駄目だったら、撤退すりゃあ良いんじゃないのか?」
関心無さ気な口調のアディの脇へ、天窓を仰ぎ見ながらリサが添うように立った。
乾杯、と言うアディの声に、リサが振り返る。
その刹那、リサが小さな悲鳴を上げる。
アディが、手にしていたグラスのボウルを、桜色したリサの柔らかい頬に軽く押し当てたのだ。不意の冷たいグラスの感触に、首を
「ところが、そう簡単には引き下がれないみたいね、アールスフェボリット社としては」
ネルガレーテはグラスの残りを一気に煽ると、2杯目を注いだ。
「まあ何とか、首の皮一枚で繋がるだろ」ジィクが半分ほどを一息に軽く煽る。「そのために、今から俺たちが、虚時空ドライブで飛ぶんだ」
「太陽系セザンヌの第7惑星だっけ?」グラスを飲み干したアディが、リサを見遣る。「──1100光年なら1回のフェードインで行けるだろ、言葉通り直行便だ」
そうなの?、といった顔付きで、リサがネルガレーテに視線を送った矢先。
「アディ、さっきの話、聞いてた?」
ネルガレーテが少しばかり口を尖らせた。
「何を?」
アディが素で聞き返す。
「さっきの
念押しするような、険を含んだネルガレーテの言い草に、あ、やっぱり
「いや、全く」
そしてアディが、悪びれる様子も見せず、首を
「此処にいる全員が、きっと、いや全く、だぞ」
「あんたの阿婆擦れ具合を、
「アディ、あんたって・・・!」さすがのネルガレーテも、半ば癇癪気味に声を荒げた。「いい加減にしないと、リサの処女を何処かの
「──ネルガレーテ」
抗弁の口を開こうとしたアディの横から、ジィクが、ふふんと鼻を鳴らすように声を上げた。
「大体あんたの言う
「待って、待って・・・!」思わず顔を赤らめたリサが、右見て左見て慌てふためく。「あたしの処女、処女言わないで・・・ッ! さすがに恥ずかしいから・・・!」
「本当の事でしょ?」
肩を
「ユーマ! ここで突き放さないで・・・!」
「あれでジィク、まだ気を遣って言葉を選んだ方よ」甘んじなさい、と言わんばかりの、ユーマの口調だった。「──いつもなら、股を開く、とか、腰を振る、
「あたしは股なんか開かないの!」
「あら、開かないと出来ないわよ」
咄嗟に言い返したリサに、ユーマが電光石火のごとく突っ込む。
「もう・・・! それに腰だって振らないの!」
一層むきになったリサが、身を捩って声を上げる。
「ちゃんと振らないと、彼氏も気持ち良くならないのに」
「あーん、あたしは阿婆擦れじゃないもの・・・!」
「そうだぞ、リサ」火を点けた本人のジィクが、今度はしれっと火に油を注ぐ。「今ならまだ間に合う。間違ってもネルガレーテのような、捻じ曲がった恋愛観を持つんじゃないぞ」
捻じ曲がる、って何よ、捻じ曲がってるのはあんたの下半身でしょうに、とネルガレーテが声を上げる先で、頬を膨らませたリサが、両手でアディの左腕を絡め取り、ぐいっとばかりに身を寄せると、若々しいバストがアディの腕に押し付けられる。
「もう、2人とも、好きに言って・・・! あたしには、アディがいるもの」
咄嗟に口を
アディは耳まで真っ赤にして
それは開き直りに近かった。いや開き直りそのものだった。
リサの
★Act.1 初めての
written by サザン
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