Act.1 初めてのスティック(操艦桿)・4

軌道会合ランデブーシークエンスに入ります」

 リサがそう言った矢先、ベアトリーチェから報告が入る。

「──ステーションから通信が入りました。アールスフェボリット・コスモス・トレモイユ支社、天秤座宙域総括上級役員、ヴァリモ・ヌヴゥ名義です」

「いいわ、繋いで頂戴」

 ネルガレーテが、ふん、とあしらうように鼻を鳴らす。一同が、艦橋ブリッジ前方のスクリーン・ビジョンに顔を上げると同時に、ゴース人のバストショットが映り込む。

 角質化して垂れ下がる大きな耳朶、首筋から耳の付け根までの皮膚と眉骨部も角質化しているのがゴース人の身体的特徴で、頭髪の生え際が、額中央、眉間の際まである。

「──これはこれは、役員自ら連絡頂けるとは・・・!」

 ネルガレーテの、これ見よがしの大仰な、愛想3倍増しされた他所行きの声だった。

「何の、傭われ宇宙艦乗りドラグゥン随一の才媛と噂のセニョーラ・シュペールサンクと、ようやくお会いできる機会ですからね。首を長くしていました」

 流暢な狼座域標準語ルパス・ガラクトだった。若いゴース人はニコニコと気持ち悪い位の笑顔を見せ、馴れ馴れしい態度を隠そうともしない。これ見よがしに胸元が大きく開襟し、前身頃に派手な3連バックル留めのジャケットを着て、首元にはペイズリーをあしらった深紅のクラバット・タイを巻いていた。一目で相当な自信家だと推察できる。しかも意外にハンサムだ。

 あらシニョーレ・ヌヴゥも、アールスフェボリット・コスモス社随一の切れ者と伺っています。これを機に、ぜひとも知古を得たいものですわ──などと、白々しい外交辞令を並び立てるネルガレーテに、アディがぼそりと皮肉な言葉を被せる。

傭われ宇宙艦乗りドラグゥン随一の、“呑んだくれデッド・ドランカー”の間違いだろ」

 それを聞いたネルガレーテの眉が、ぴくっと跳ねた。

「本性を知ったら腰抜かすんじゃないか?」

 続くジィクの辛辣な一言に、今度はネルガレーテの尖った耳がぴくぴくっと痙攣した。

「知らぬが仏、毒気に迷って露骨に言い寄ってるわよ、彼、ネルガレーテに」

 嫌味たっぷりのユーマの言い草に、ネルガレーテの頬がぴくぴくぴくとひきつる。

 確かにアモンの艦橋ブリッジのスピーカからは、この仕事アグリーメントが終わったら、食事などで慰労をさせて頂きたいものです、などとネルガレーテに向けられた、アールスフェボリット社の若き遣り手役員の言葉が降り注いでいた。

 アールスフェボリット社のヌヴゥの方からは、アモンの艦橋ブリッジ全景が広角画像で見えている筈だが、音声はネルガレーテのヘッドセット分しか繋がっていないので、アディたち3人がけちょんけちょんに言ってるとは想像もしていないだろう。外回線には聞こえていない3人の会話だが、艦橋ブリッジ内ではインカムが通じているので、罵倒の言葉は艦橋ブリッジの全員に──勿論ネルガレーテの耳にも、届いている。

 3人皆に当て擦られているネルガレーテしてみれば、このゴース人の若造が思わせ振りに気を引こうとしている、とは百も承知で、内心イラついるものの、既に仕事アンダーテイキングを請け負ってしまっている以上、受注先クライアントを邪険に扱う訳にもいかない。

「また気を持たせる毒で、散々煽り立てたんじゃないのか」

 と、底意地悪い声音で、ジィクがしらっと言って退ける。

「けど今度の受注先クライアントの担当だって、負けず劣らずじゃない?」

 それにユーマが、絡むように嘲罵する。

「絵に描いたような自己陶酔男だろ、ありゃ」

 そしてアディが、木で鼻を括ったように言い捨てる。

「口の巧いおだて上手の、立場を笠に着る自信家の典型じゃない?」

「ネルガレーテに色目を使うなんて、本当に馬鹿なのか?」

「だから馬鹿なんだろ。安っぽい誘い文句で、口説き落とせると思っているから」

 ユーマが鼻であしらい、アディが呆れた声を上げ、ジィクが露骨に扱き下ろす。3人の悪態は言いたい放題、留まるところを知らない。

「ちょっと小股の切れ上がった女ジガー・ブーブと見たら、声を掛けて手を出すタイプよね」

「それじゃあ、まるでジィクじゃないか」

「おいおい。毒婦カティ・サークに引っ掛かるほど、俺は間抜けナックルヘッドじゃないぞ」

 ドラグゥン3人の、歯に衣着せぬ罰当たりな言葉の応酬に、さすがにリサも口を挟めない。受注先クライアントを目の前にして、いくら声が届かないからと言って、漫言放語に悪口雑言と言いたい放題の有り様に恐れ入ると同時に、良い歳をした3人が真面目腐った顔で堂々と悪態をいている姿を目の当たりにして、何だかとても可笑しく思えて来る。

「ネルガレーテも判ってて猫撫で声を出してるんだから、まあ結構な性悪よね」さらにユーマが、しれっと言って退ける。「けど、意外とネルガレーテの好みよ、彼」

「気障な若い伊達面イケメンには、すぐちょっかい出すからな」

「それは、別の意味での“好み”じゃないのか?」

 ユーマの言葉に、ジィクとアディがますます舌鋒を尖らせる。

 リサが半ば引きるような困り笑いを浮かべ、恐る恐る横目で操艦副担当プロキシーユニットを垣間見る。アディはと言えば、雛壇飾りの人形のように正面を向いたまま、表情も変えず口だけ動かしている。おそらく他の2人も同様の筈だが、リサには露骨に後ろを向く勇気がない。

「そこがネルガレーテの趣味悪いところなんだよな」ジィクが突き放すように言った。「その癖、おケツの毛までむしる、えげつないところがあるし」

「ドラグゥン随一の蠎蛇うわばみは伊達じゃない、ってか」

 勿論アディは、茶化しの合いの手を忘れない。

「リサはネルガレーテみたいな女にはならないでしょうけど、かと言って、あんな男に引っ掛かっちゃあ駄目よ」

「え・・・? あ・・・! あはは・・・」

 一瞬まごついたリサは、まさか矛先を向けられるとは思ってもいなかったので、咄嗟に乾いた笑いで誤魔化した。

「馬鹿野郎。リサは腐っても、皇女付女御官だったんだぞ。男性おとこを見る目はある」

「あ、あの、アディ、腐っても・・・って・・・」

 アディの言葉に、リサが思わずあたふたする。いくら何でも、そんな言い方しなくても、とリサが言い掛けた矢先に、今度はジィクが突っ込んで来る。

「そうだ、そうだ、言い返してやれ。大体腐り切ってるのは、男を手玉にとってたぶらかすネルガレーテの根性の方だ、ってな」

 容赦なく巻き込んで来るグリフィンウッドマックの連中に、半ばたじたじのリサはそれでも、飛び交う毒舌と減らず口の嵐に、無意識にも耳をそばだて始めていた。

「待って。じゃあ何、この編団レギオって、半分以上が阿婆擦れと女誑おんなたらしと鉄砲玉なの?」

女誑おんなたらし、って言うな・・・!」

「誰が鉄砲玉だよ! それじゃあ脳みそ少ない猪みたいじゃないか!」

「おお、アディ、お前にしては言い得て妙なたとえをするじゃないか」

 取って返す言葉の刀で、ジィクが今度はアディに斬り掛かる。リサもぷっと噴き出し、傭われ宇宙艦乗りドラグゥン3人の言葉の応酬は、もう誰が誰をおとしめて揶揄をしているのか判らない。

「するじゃないか、じゃないだろ! お前が引っ掛けたオンナを、今まで俺が何人あしらったと思っているんだ!」

「俺は頼んだ覚えはないが」

「頼まれても引き受けるか! 後先考えず、軽くナンパばっかりしやがって! 押し掛けて来るんだよ、お前を出せって!」

「え? ジィクって本当に、女誑おんなたらしなの・・・?」

 聞いていたリサが、思わずぽろりと口を滑らせた。

 アルケラオスでのジィクの素行は、ジィクに同道していた主君メルツェーデス姫から、それとなくは聞かされていた。冗談半分にしろ、面と向かって一国の姫君に粉を掛けたのだから、そのハンサムな面の、皮の厚さと怖い物知らずには恐れ入る。

「リサ、唐変木の口車に乗って、本気にしちゃあ駄目だぞ」

 一向に悪びれる様子もないジィクは、酷く真面目な声音だった。

「本当よ、リサ・・・! あたしが相手したキュラソ人なんか・・・」

 と、ユーマが追い討ちを掛けようとした、その矢先。

「──ええい、うるさいわね!」

 ヘッドセットを着けている全員の耳朶を、ネルガレーテの一喝が打った。

「いい加減その減らず口を閉じなさい! 命知らずの与太者ギャングども!」

「あ、ネルガレーテ」

 一斉に一瞬にして口をつぐ傭われ宇宙艦乗りドラグゥンの中で、リサの可愛らしい声だけが上がった。

「あ、じゃないわよ・・・!」ネルガレーテが呆れて気色ばむ。「何でリサまで加わってるのよ! しかも私をダシにして!」

「えへへ、つい・・・」

 素直なリサの照れ隠しだった。

「えへへじゃないの!」ネルガレーテが尖り声を上げる。「──大体、あんたたちもあんたたちよ! リサを下品な話に引き込まないの!」

「引き込んではいないだろ。自分から突っ込んで来た」

 ジィクが実に無責任な言い草で、ぼそっと呟く。

「年頃の可愛い娘相手に、突っ込む、って言うな! エロ・ペロリンガ! リサはまだ処女なんだから!」

「ひッ・・・! ネ、ネルガレーテ・・・!」

 さらりと言って退けるネルガレーテに、リサが顔を真っ赤にして悲鳴を上げる。

「ネルガレーテ、良い女を気取るなら、もう少し慎み深さを持った方が身のためよ」

「ユーマ、あなたもよくそんな口が利けるわね」

 たしなめるような口調のユーマに、今度はネルガレーテの口撃が向く。

「大体、あのパッパラパー男に、私が反吐が出るほど嫌悪感を感じているのを分かってた癖に助け船も出さず、しかも相手に聞こえないと踏んでの言いたい放題!」

「まあ、一種の放置プレイだ」

「ジィク、あなたの変態セックス・プレイを持ち込まないで! リサを奇矯おかしい耳年増にするつもり?」

 ジィクの茶化しの合いの手に、ぐりっと釘を刺すネルガレーテだが、それが逆にジィクの減らず口の誘い水になる。

「唐変木にセックス・アピールを感じてる時点で、リサも充分変態奇矯ビザールだと思うが」

変態奇矯ビザールって言わないで・・・!」

 しれっと揶揄するジィクに、リサが泣き言のような抗弁を上げる。

「──リサ、お前って、顔に似合わず変態奇矯ビザールだったのか・・・?」

 その声にリサが、反射的に右を振り向く。まさかアディまで茶化してくるとは、思ってもみなかった。

「──!」

 真面目に驚いた風で、操艦副担当プロキシーユニットからリサを見詰めて来ている、アディと目が合った。途端アディが、にやっと口角を上げて破顔一笑する。

「アディ・・・! お願いだから、頭ごなしに信じないでェ・・・!」

 たわいなく翻弄されるリサは、恥ずかしすぎて半ばパニックになりつつある。

「──それに、私が若い伊達面イケメンに、すぐちょっかい出す?」

 一方のネルガレーテと言えば、リサを庇ったものの、自身への悪態にも柳眉を逆立てる。

「趣味が悪い? ケツの毛までむしる、ですって?」

「あら、気に入った若い男を、もてあそぶだけもてあそんでおいて、でしょ? だから根性曲がりの性悪女って言われるんじゃあないの?」

「人聞きの悪いこと言わないで! この中で根性が一番曲がってるって言えば、ジィクでしょうに」

「──ネルガレーテ」

 雰囲気をまるで読まないベアトリーチェは、見事に揶揄合戦に水を差す。

「何よ、ベアトリーチェ」余程に腹に据えかねているのか、ネルガレーテの声が刺々しい。「何か言いたい事があるなら、まずそのチッパイをあと10センチは大きくしてからにして!」

「チッパイはこれ以上大きくなりませんが、言いたい事はあります」悪態をかれても、システム・アバターたるベアトリーチェは一向に介しない。「先程より、ステーションの誘導員パドルズから、アプローチへの通信が入っています」

「何でそれを先に言わないの!」あちゃー、とばかりに手で顔を覆って天を仰いだネルガレーテが、八つ当たりするように大声を上げる。「回線開いて! リサ、とっとと着埠ウォーフシークエンスに入るのよ!」

「は・・・はぃぃぃぃ・・・ッ!」

 慌てふためくリサが、悲鳴のような返事をして、齧り付くように操艦作業に入った。



 雇い主クライアントであるアールスフェボリット・コスモス社は、乙女座宙域にある太陽系国家ダラムに籍を置く、惑星探査・資源開発の中堅企業だ。ダラム太陽系はロスチャイルズ・コンジュケーションと呼ばれる国家連携陣営だが、アールスフェボリット社は、天秤座宙域にあるトレモイユ太陽系の、同宙域内での貿易活動を資源開発の面から支えている。

 ベオウォルフ条約批准加盟国であるトレモイユは、中継貿易でその勢力版図を急速に拡大している国家で、同じ天秤座宙域にあって相反目する銀河合衆機構ユナイテッド・ギャラクシー・オーガナイゼーションに属するミレー太陽系と、同宙域内での交易覇権を競っている。

 このトレモイユにあるアールスフェボリット社のステーション支社は、天秤座宙域での同社の開発活動を全面的に支えている。その同社が新たに開発を始めたのが、1100光年隔てた辺境にあるセザンヌ太陽系、その第7惑星ピュシス・プルシャだ。グリフィンウッドマックが請け負った仕事アンダーテイキングは、そのピュシスにある開発基地まで、補給物資を輸送する事だ。

 決して、難度の高い仕事ミッションではない。だからこそネルガレーテは、リサを迎えての初仕事にこれを請け負った。単なる輸送なので、契約報酬ギャランティーは大きくない。ただ緊急性が高く、絶対に失敗が許されない。

 と言うのは、ピュシス・プルシャへ30日毎に定期的に送っていた輜重ロジスティクスが、直近70日余りの間に2度、立て続けに不達に終わっていたのだ。1隻目のガキーンが予定日に未着だ、との連絡が届いたのが35日前、そしてつい3日前、最初に消息不明になったガキーンから数えて3便目のダイアポロが出港した10日後、2便目のゴーダムも未着だと、ピュシス開発基地からの連絡を受信した。

 補給不達は単なる事故なのか、それとも未知の自然の脅威が発生したのか。今まで何度も定期的に補給してきた輜重ロジスティクスなのに、だ。

 そして、これで追い詰められたのが、開発基地に従事する総勢150名のスタッフたちだった。

 補給物資のうち、特に逼迫が推測されるのが食料だった。ピュシスの特殊な惑星環境下では食料調達はほぼ不可能で、2便目不達の連絡時に添えてあった備蓄量から推定して、摂取量を切り詰めても今現在既に底を突いているか、尽き始めているに違いない。

 送り出した第3便ダイアポロの到着予定は2日後だが、ダイアポロが先の2便同様に未着だった場合の報告通信を、支社が受けられるのは基地側が報告通信を発信して25日後、すなわち今より27日後だ。

 そこから第4便を仕立てて送り出しても、到着はそこから更に15日後、今より42日以上後になり、今でさえ尽きかけていると予測される基地側の食糧備蓄は、とてもではないが持ち堪えられない。2度あることは3度ある、輜重ロジスティクスが2度も続けて失敗した原因が不明な状況では、第3便も同じように消息を絶ってしまう可能性が更に高くなった。

 基地スタッフの命運は、補給にのみ掛かっている。

 既に出発してしまった第3便が不達に終わる可能性が少しでもあるなら、絶対確実に届けられる第4便を至急に仕立てて、改めて送り出すしかない──アールスフェボリット社は、万が一にも失敗が許されない第4便バラタックによる輸送を、傭われ宇宙艦乗りドラグゥン・エトランジェに依頼して来たのだ。



 傭われ宇宙艦乗りドラグゥン・グリフィンウッドマックは、指定された突埠頭へ繋錨アンカリングすると、艦橋ブリッジにベアトリーチェを1人残し、着埠ドッキング気密隔室エアロックから直接下船した。突埠頭ごとに加圧式密接乗船廊橋メイティング・ブリッジが併設されているので、気密与圧服ハビタブル・オーバーオールに着替える必要はない。アモンの着埠ドッキング気密隔室エアロックは、移層区画ステア・デッキから航宙機材積載庫フライト・ペイロードへ直通している梯子階段ラッタルを上がり切った、気密区画エアプルーフ・ボックス左舷ポート・サイドにある。

 アモン側のハッチが開いた瞬間、傭われ宇宙艦乗りドラグゥン5人は、地球人テラン繋留員ボラードしかめっ面に出迎えられた。その露骨な表情から察するに、着埠ウォーフするのが傭われ宇宙艦乗りドラグゥンと聞いていたらしい。出迎えると言っても、埠頭の密接乗船廊橋メイティング・ブリッジを操作して着埠ドッキングさせる単なる作業担当員であり、ステーションの突埠頭は標準大気環境だが無重量環境ウェイトレスネスなので、下船者が通り抜ける際に慣性運動を体で上手く操れず、宙空で“溺れた”場合に、身に付けた圧縮空気スラスターで介添えする係にすぎない。

 が、この繋留員ボラードは、先頭を切って悠然と漂い出て来たキュラソ人を目にした瞬間、面白いように口をあんぐりとさせた。



★Act.1 初めての操艦桿スティック・4/次Act.1 初めての操艦桿スティック・5


 written by サザン 初人ういど plot featuring アキ・ミッドフォレスト

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