Act.1 初めてのスティック(操艦桿)・4
「
リサがそう言った矢先、ベアトリーチェから報告が入る。
「──ステーションから通信が入りました。アールスフェボリット・コスモス・トレモイユ支社、天秤座宙域総括上級役員、ヴァリモ・ヌヴゥ名義です」
「いいわ、繋いで頂戴」
ネルガレーテが、ふん、とあしらうように鼻を鳴らす。一同が、
角質化して垂れ下がる大きな耳朶、首筋から耳の付け根までの皮膚と眉骨部も角質化しているのがゴース人の身体的特徴で、頭髪の生え際が、額中央、眉間の際まである。
「──これはこれは、役員自ら連絡頂けるとは・・・!」
ネルガレーテの、これ見よがしの大仰な、愛想3倍増しされた他所行きの声だった。
「何の、
流暢な
あらシニョーレ・ヌヴゥも、アールスフェボリット・コスモス社随一の切れ者と伺っています。これを機に、ぜひとも知古を得たいものですわ──などと、白々しい外交辞令を並び立てるネルガレーテに、アディがぼそりと皮肉な言葉を被せる。
「
それを聞いたネルガレーテの眉が、ぴくっと跳ねた。
「本性を知ったら腰抜かすんじゃないか?」
続くジィクの辛辣な一言に、今度はネルガレーテの尖った耳がぴくぴくっと痙攣した。
「知らぬが仏、毒気に迷って露骨に言い寄ってるわよ、彼、ネルガレーテに」
嫌味たっぷりのユーマの言い草に、ネルガレーテの頬がぴくぴくぴくと
確かにアモンの
アールスフェボリット社のヌヴゥの方からは、アモンの
3人皆に当て擦られているネルガレーテしてみれば、このゴース人の若造が思わせ振りに気を引こうとしている、とは百も承知で、内心イラついるものの、既に
「また気を持たせる毒で、散々煽り立てたんじゃないのか」
と、底意地悪い声音で、ジィクがしらっと言って退ける。
「けど今度の
それにユーマが、絡むように嘲罵する。
「絵に描いたような自己陶酔男だろ、ありゃ」
そしてアディが、木で鼻を括ったように言い捨てる。
「口の巧い
「ネルガレーテに色目を使うなんて、本当に馬鹿なのか?」
「だから馬鹿なんだろ。安っぽい誘い文句で、口説き落とせると思っているから」
ユーマが鼻であしらい、アディが呆れた声を上げ、ジィクが露骨に扱き下ろす。3人の悪態は言いたい放題、留まるところを知らない。
「ちょっと
「それじゃあ、まるでジィクじゃないか」
「おいおい。
ドラグゥン3人の、歯に衣着せぬ罰当たりな言葉の応酬に、さすがにリサも口を挟めない。
「ネルガレーテも判ってて猫撫で声を出してるんだから、まあ結構な性悪よね」さらにユーマが、しれっと言って
「気障な若い
「それは、別の意味での“好み”じゃないのか?」
ユーマの言葉に、ジィクとアディがますます舌鋒を尖らせる。
リサが半ば引き
「そこがネルガレーテの趣味悪いところなんだよな」ジィクが突き放すように言った。「その癖、おケツの毛まで
「ドラグゥン随一の
勿論アディは、茶化しの合いの手を忘れない。
「リサはネルガレーテみたいな女にはならないでしょうけど、かと言って、あんな男に引っ掛かっちゃあ駄目よ」
「え・・・? あ・・・! あはは・・・」
一瞬まごついたリサは、まさか矛先を向けられるとは思ってもいなかったので、咄嗟に乾いた笑いで誤魔化した。
「馬鹿野郎。リサは腐っても、皇女付女御官だったんだぞ。
「あ、あの、アディ、腐っても・・・って・・・」
アディの言葉に、リサが思わずあたふたする。いくら何でも、そんな言い方しなくても、とリサが言い掛けた矢先に、今度はジィクが突っ込んで来る。
「そうだ、そうだ、言い返してやれ。大体腐り切ってるのは、男を手玉にとって
容赦なく巻き込んで来るグリフィンウッドマックの連中に、半ばたじたじのリサはそれでも、飛び交う毒舌と減らず口の嵐に、無意識にも耳を
「待って。じゃあ何、この
「
「誰が鉄砲玉だよ! それじゃあ脳みそ少ない猪みたいじゃないか!」
「おお、アディ、お前にしては言い得て妙な
取って返す言葉の刀で、ジィクが今度はアディに斬り掛かる。リサもぷっと噴き出し、
「するじゃないか、じゃないだろ! お前が引っ掛けたオンナを、今まで俺が何人あしらったと思っているんだ!」
「俺は頼んだ覚えはないが」
「頼まれても引き受けるか! 後先考えず、軽くナンパばっかりしやがって! 押し掛けて来るんだよ、お前を出せって!」
「え? ジィクって本当に、
聞いていたリサが、思わずぽろりと口を滑らせた。
アルケラオスでのジィクの素行は、ジィクに同道していた主君メルツェーデス姫から、それとなくは聞かされていた。冗談半分にしろ、面と向かって一国の姫君に粉を掛けたのだから、そのハンサムな面の、皮の厚さと怖い物知らずには恐れ入る。
「リサ、唐変木の口車に乗って、本気にしちゃあ駄目だぞ」
一向に悪びれる様子もないジィクは、酷く真面目な声音だった。
「本当よ、リサ・・・! あたしが相手したキュラソ人なんか・・・」
と、ユーマが追い討ちを掛けようとした、その矢先。
「──ええい、
ヘッドセットを着けている全員の耳朶を、ネルガレーテの一喝が打った。
「いい加減その減らず口を閉じなさい! 命知らずの
「あ、ネルガレーテ」
一斉に一瞬にして口を
「あ、じゃないわよ・・・!」ネルガレーテが呆れて気色ばむ。「何でリサまで加わってるのよ! しかも私をダシにして!」
「えへへ、つい・・・」
素直なリサの照れ隠しだった。
「えへへじゃないの!」ネルガレーテが尖り声を上げる。「──大体、あんたたちもあんたたちよ! リサを下品な話に引き込まないの!」
「引き込んではいないだろ。自分から突っ込んで来た」
ジィクが実に無責任な言い草で、ぼそっと呟く。
「年頃の可愛い娘相手に、突っ込む、って言うな! エロ・ペロリンガ! リサはまだ処女なんだから!」
「ひッ・・・! ネ、ネルガレーテ・・・!」
さらりと言って退けるネルガレーテに、リサが顔を真っ赤にして悲鳴を上げる。
「ネルガレーテ、良い女を気取るなら、もう少し慎み深さを持った方が身のためよ」
「ユーマ、あなたもよくそんな口が利けるわね」
「大体、あのパッパラパー男に、私が反吐が出るほど嫌悪感を感じているのを分かってた癖に助け船も出さず、しかも相手に聞こえないと踏んでの言いたい放題!」
「まあ、一種の放置プレイだ」
「ジィク、あなたの変態セックス・プレイを持ち込まないで! リサを
ジィクの茶化しの合いの手に、ぐりっと釘を刺すネルガレーテだが、それが逆にジィクの減らず口の誘い水になる。
「唐変木にセックス・アピールを感じてる時点で、リサも充分
「
しれっと揶揄するジィクに、リサが泣き言のような抗弁を上げる。
「──リサ、お前って、顔に似合わず
その声にリサが、反射的に右を振り向く。まさかアディまで茶化してくるとは、思ってもみなかった。
「──!」
真面目に驚いた風で、
「アディ・・・! お願いだから、頭ごなしに信じないでェ・・・!」
たわいなく翻弄されるリサは、恥ずかしすぎて半ばパニックになりつつある。
「──それに、私が若い
一方のネルガレーテと言えば、リサを庇ったものの、自身への悪態にも柳眉を逆立てる。
「趣味が悪い? ケツの毛まで
「あら、気に入った若い男を、
「人聞きの悪いこと言わないで! この中で根性が一番曲がってるって言えば、ジィクでしょうに」
「──ネルガレーテ」
雰囲気をまるで読まないベアトリーチェは、見事に揶揄合戦に水を差す。
「何よ、ベアトリーチェ」余程に腹に据えかねているのか、ネルガレーテの声が刺々しい。「何か言いたい事があるなら、まずそのチッパイをあと10センチは大きくしてからにして!」
「チッパイはこれ以上大きくなりませんが、言いたい事はあります」悪態を
「何でそれを先に言わないの!」あちゃー、とばかりに手で顔を覆って天を仰いだネルガレーテが、八つ当たりするように大声を上げる。「回線開いて! リサ、とっとと
「は・・・はぃぃぃぃ・・・ッ!」
慌てふためくリサが、悲鳴のような返事をして、齧り付くように操艦作業に入った。
ベオウォルフ条約批准加盟国であるトレモイユは、中継貿易でその勢力版図を急速に拡大している国家で、同じ天秤座宙域にあって相反目する
このトレモイユにあるアールスフェボリット社のステーション支社は、天秤座宙域での同社の開発活動を全面的に支えている。その同社が新たに開発を始めたのが、1100光年隔てた辺境にあるセザンヌ太陽系、その第7惑星ピュシス・プルシャだ。グリフィンウッドマックが請け負った
決して、難度の高い
と言うのは、ピュシス・プルシャへ30日毎に定期的に送っていた
補給不達は単なる事故なのか、それとも未知の自然の脅威が発生したのか。今まで何度も定期的に補給してきた
そして、これで追い詰められたのが、開発基地に従事する総勢150名のスタッフたちだった。
補給物資のうち、特に逼迫が推測されるのが食料だった。ピュシスの特殊な惑星環境下では食料調達はほぼ不可能で、2便目不達の連絡時に添えてあった備蓄量から推定して、摂取量を切り詰めても今現在既に底を突いているか、尽き始めているに違いない。
送り出した第3便ダイアポロの到着予定は2日後だが、ダイアポロが先の2便同様に未着だった場合の報告通信を、支社が受けられるのは基地側が報告通信を発信して25日後、すなわち今より27日後だ。
そこから第4便を仕立てて送り出しても、到着はそこから更に15日後、今より42日以上後になり、今でさえ尽きかけていると予測される基地側の食糧備蓄は、とてもではないが持ち堪えられない。2度あることは3度ある、
基地スタッフの命運は、補給にのみ掛かっている。
既に出発してしまった第3便が不達に終わる可能性が少しでもあるなら、絶対確実に届けられる第4便を至急に仕立てて、改めて送り出すしかない──アールスフェボリット社は、万が一にも失敗が許されない第4便バラタックによる輸送を、
アモン側のハッチが開いた瞬間、
が、この
★Act.1 初めての
written by サザン
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