Act.1 初めてのスティック(操艦桿)・1
「
「それじゃあリサ、離陸よ」
いつになく柔らかなネルガレーテの声が、ヘッドセットの
「──離陸シークエンス、開始します」
それに反して、リサの声は途轍も無く硬かった。
惑星宙港からの離陸に過ぎない通常シークエンスだと言うのに、機艦アモンの
席に着く
リサの左手が、
全長225メートル、
「アクシオン
「高度100メートルを通過、25番
グリフィンウッドマックの機艦アモンの
中央を上下に走る
最前列の左舷側が
「ベアトリーチェ、問題はないわね?」
「はい」ネルガレーテの問いに、可愛らしいが抑揚のない少し無機質な声が上がる。「
ベアトリーチェと呼ばれた
勿論ベアトリーチェ自体は非生命体で、解剖学的な心臓や胃などの内臓器官や生物的脳髄組織を有している訳ではないが、
「
リサは落ち着きなく手先を動かし、忙しなく計器に視線を走らせてはいるものの、操艦の手筈が後手に回っている。全てがおっかなびっくり、薄氷を踏むような感じなので、アモンの上昇率と上昇速度が、共に
機艦アモンは、重力大気圏内飛航に2種類のエンジンを同時に用いる。
1つは
但しこの
ただこの両エンジンの出力バランスが意外と難しい。
「リサ、そう焦らなくても──」
心配そうに横目でリサを垣間見るアディが、気遣うように声を上げた矢先。
「早く行けッてんだよ・・・!」
突然、噛み付くような宙港
「後ろが
その途端だった。極度に緊張していたリサが、強烈な怒鳴り声に脊髄反射的に反応した。ビクンとなったリサの右足が、咄嗟にブースト・ペダルを思い切り踏み込んでしまった。
グンッ、と一瞬潰されるような慣性モーメントが掛かり、艦首が上を向いて身体が後ろに
「リサ・・・ッ!」
大きな加速ガルではなかったが、不意を
「あ・・・ッ!」
しまったとばかり、顔を真っ青にしたリサが、震え上がるように驚愕した。
「警告! 11-10方向、距離1000メートル、上昇中の機影。
人形のようなベアトリーチェが、顔色も変えず感情も荒げず報告する。
「──衝突するぞ、
瞬間、加速モーメントが3ガルを超えた。突発的な慣性力に抗しきれなかったネルガレーテが、ビーム
1000メートルの距離など瞬く間だった。
アモンが
「無茶なッ! 他にも
「00-12方向、下降中の
がなり立てる宙港
このエドガール宙港は国内空港も兼ねている。
宙港離発着の
強烈な慣性モーメントが、右から左から交互に伸し掛かる。まるで一流フットボール選手が見せる、敵ディフェンスを次々と
リサにしてみれば、何とかリカバリーしようとしただけだった。極度の緊張のあまりすっかり余裕を失くしていたところに操作ミスをしでかしたものだから、今度はすっかり血の気が引いてしまい、平常心を全く失くしていた。
後のリサの反応は、もう闇雲の行き当たりばったり、勘所だけの
それでもアモンは、奇跡的と言っても良いくらいに、あっと言う間に成層圏を抜け出した。
「現在高度5万5000メートル、上昇率は毎秒44メートルです」
「──ネルガ・・・レーテ・・・!」
アディがふらつきながらも自ユニットから飛び降りると、床に転がって喘いでいるネルガレーテの傍に駆け寄った。
「ビーチェ・・・急いで・・・
大きな肩で息をするユーマが、
アモンには
それとは別に
しかも残念ながら、物体の位置エネルギーの、運動エネルギーへの変化を完全にキャンセルする
「
「大丈夫か・・・ネルガレーテ・・・?」
深呼吸一つ、アディがネルガレーテを抱え起こす。
「酷い目に・・・遭った・・・わ・・・」アディに支えられたネルガレーテが、辛そうに顔を歪ませて上半身を起こした。「ア・・・アモンは・・・?」
「今はビーチェが管轄している・・・ユーマの指示で・・・高度1000キロの衛星軌道に進入する」
アディの答えに、ネルガレーテは、そう、と一言呟くと疲れ切ったように肩を落とし、乾き切った咽喉で喘ぐ息を
「それで・・・艦へのダメージは・・・?」
「──ちょっと無茶をさせたみたいだが・・・損傷箇所も故障もない・・・機能損失やシステム・ダウンも・・・見当たらない」
ネルガレーテの問いに、ジィクの声が答えた。
いつの間にか
「そうだろ、ベアトリーチェ・・・?」ジィクは深呼吸ひとつ大きな息を吐き出すと、至極真面目な顔付きで言った。「──どこか不具合あるか? 腹が痛いとか、調子が悪いから彼氏に慰めて欲しいとか」
勿論ジィクの
「システムの
気の利いた応答を端から期待していないので、ジィクは、おう、と軽い相槌で受け流す。
「──そこの
ネルガレーテに釣られて、アディが
リサはシートの中で、崩れるようにして気を失っていた。
アディは徐々に体の重みが薄れていくのを感じながら、
「リサの具合はどう・・・?」
打ったと思われる脇腹を痛そうに押さえて、ネルガレーテは大きく息を吐き出した。
「大丈夫、気を失ってるだけだ」
アディがユニットに体を乗せ入れて手を伸ばし、リサのハーネスを外してやる。リサの体がふわりと浮いて、乱れた
「──モーメントで気絶したと言うより、緊張が一遍に解けたんでしょうね・・・」
アディに抱き抱えられて、ユニットからそっと抜け出されるリサの姿を見て、ネルガレーテが優しい笑みにちょっぴり呆れ顔を混ぜて言った。
「思ってた以上に、大した
ユーマが2度3度と首肯した。
「重力離脱速度に達しました、
相変わらずベアトリーチェは、動くどころか瑠璃色の瞳に表情一つ変えない。
アモン艦内は、偏向作用による標準有重量環境を備えている
「ホフランの
「もう一々面倒臭いわね」
ベアトリーチェの他人事のような口調に鼻白んだネルガレーテは、内懐から
★Act.1 初めての
written by サザン
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