紅のドラグゥン・Ⅰ/白寒(びゃくかん)の異星に清幽なる安らぎを

サザン 初人(ういど)

Prologue リサ・テスタロッサ

 燃えるように紅い、艶めく赤髪しゃくはつが印象的だった。

 促されて扉の陰から入って来たのは、地球人テランの娘だった。

 途端、花が咲いたように、無機質な室内が明るくなった。

 菖蒲あやめ色の瞳に桜色の若々しい肌、歳の頃なら16、7。しなやかな曲線を描く体躯から、一目で活動的な娘だと解る。前髪バングスが逆巻くような癖毛で、横髪サイドの一部をねじり編みにして、高い位置でポニーテールに結び、豊かでエアリーな髪が背の中程まである。

「改めて紹介しとくわね」

 赤髪しゃくはつ地球人テランを招き入れた、胡桃くるみ色の肌をしたキュラソ人の女性おんなが、機艦アモンの一室である情報策戦所ブリーフィング・コートに居る、傭われ宇宙艦乗りドラグゥン・エトランジェの3人を見渡した。

「リサ・ファセリア・テスタロッサよ」

 編団頭領レギオ・デュークのキュラソ人は、左下に白母斑ほくろのあるぷっくらした紅唇を真一文字に結び、至極真面目な顔付きを装っているが、終始両肩が小刻みに震えているので、笑いを必死に噛み殺しているのは明らかだった。胡桃くるみ色の肌にぷっくら唇の口元、その左下の白母斑ほくろも蠱惑的で、ふんわり白橡しろつるばみ色の髪に柿色の瞳。尖った耳に下顎に生える産毛は、キュラソ系の身体的特徴だ。

 編団頭領デュークのキュラソ人が、室内にてんでバラバラにいる3人の傭われ宇宙艦乗りドラグゥンを見渡した。

「え・・・ッ?」

 入って来るリサの姿を見ると同時に、いの一番に素っ頓狂な声を上げたのが、ミーティング・テーブルに行儀悪く尻を乗せていた地球人テランだった。

「──さあリサ、言う事は?」

 キュラソ人編団頭領デュークに背を押され、半歩前に出たリサが上目がちに、その地球人テランをじっと見た。

「アディ、あの・・・」

 リサより2つほど年上だろうか、黒鳶くろとび色した強い癖毛の髪のせいで、やんちゃな少年のような面影のその地球人テランは、狐にでも摘まれたような顔をしていた。

「──あたし来ちゃった」

 含羞はにかみながらも嬉しそうに口を開くリサは、悪戯いたずらを見つかった子供のようだった。どこかおっかなびっくりな表情に、少しばかり緊張が混じる複雑な表情を浮かべ、婉然えんぜんと背筋を伸ばしたリサが、それでもてらいもなく肩をすぼめて見せる。

「──ようこそビアンヴェニュ傭われ宇宙艦乗りドラグゥン・グリフィンウッドマックへ。赤毛のお転婆お嬢さんグリフィン・ワイルド・マドモワゼル

 少し間が空いて、妙な静寂を破ったのが、同じ情報策戦所ブリーフィング・コートに居た傭われ宇宙艦乗りドラグゥンの1人、体躯のおおきな薄鈍うすにび色の肌をしたジャミラ人だった。

 白目がない深緑色の目をした眼窩は深く、明瞭な鼻梁がない。肩から下顎にかけての頚椎部も独特で、頚鎖側椎けいさそくつい線維軟骨があるため首の可動域が狭く、なだらかな曲線を描いているので首が無いように見える。ジャミラ人は両性同得態コンプレックス・バイナリで、概して偉丈夫いじょうふだがユーマも上背が213センチあり、髪のない頭頂部が角質化した堅い皮膚なので、とても厳つく見える。

 壁際の制御卓コンソールに寄り掛かって腕組みしているそのジャミラ人は、たわいない悪戯いたずらっ子に苦笑いするような表情で、リサを見詰めていた。

「ええ、本当に来たわ、ユーマ、あたし・・・!」

 話し掛けられたリサが、少しばかりほっとした表情に小さな笑窪を浮かべた。

「は・・・ァ?」

 そんな会話に、アディが萌葱もえぎ色の瞳を面白いように真ん丸にする。

「──待ってたぞ、看板娘フィーチャリング・ビューティ

 さらに声を上げたのが、紺青こんじょう色の長い髪をしたペロリンガ人だった。アディと同じテーブルの反対側で背を向けあって腰を落とし、椅子に乗せた足を組んで林檎を齧っている。

 ペロリンガ人は骨格が地球人テランとほぼ同じで、関節部を除く五指の甲側表皮と、背中の脊椎棘突起せきついきょくとっき上の皮膚が、爪のように角質化している。

「嬉しいわ、ジィク、また会えて」

 2人からの言葉に、緊張が解れた風のリサが柔和に相好を崩す。対照的に唖然と口を半開きにしているアディが、やおらジィクに首を巡らせた。そのペロリンガ人は頬張った林檎にシャリシャリ言わせ、アディに山吹色の横目を向け、無言で口角を上げて見せた。

「──ついでに言っておくけど、アモンの操艦担当メイン・パイロットだからね」

 とどめとばかりに、編団頭領レギオ・デュークのキュラソ人が畳み掛ける。

「はい・・・?」

振り向いたアディは、鳩が豆鉄砲を食らったような顔をしていた。

「ちょっと驚いた?」

 してやったり、と言わんばかりに顔を綻ばせるキュラソ人が、リサの背を押して一歩前に出させた。

「アディ、あんたがリサの面倒を見てやってね」

「いや、待て、待て、ネルガレーテ! それに何だよみんな、そのさくさく進む予定調和な会話は?」

 アディは瞳を真ん丸にしたまま、リサを見ては頭領デュークのネルガレーテを見て、それを2度ほど繰り返してから振り返って、情報策戦所ブリーフィング・コートにいる他の2人を見渡した。

「良いわねェ、紅の傭われ宇宙艦乗りドラグゥン──」ジャミラ人のユーマが、瞳のない深緑色の目を細めて、ふむふむと頷く。「さすがネルガレーテ、完璧な人選ドラフトよ。見る目はあるわね」

「でしょでしょ、あのイェレの一人娘だもの、傭われ宇宙艦乗りドラグゥンの素養充分」

 ユーマの言葉にネルガレーテが、白橡しろつるばみ色のセミロング・ハイレイヤー・ヘアを、自慢気にふんわりと越肩しに掻き上げた。

「──しかも、これだけの愛想良しで器量良し、にっこりするだけで木戸銭チップもの、受注先クライアントからの契約報酬ギャランティーも、1.5倍増し確実!」

 ネルガレーテが、つんと突き出したリサの小さなヒップを叩いた。

「そうは言っても、銃器なんて扱った事がないだろ、リサは・・・!」

「間抜けな未通女おぼこのまま、此処に来る訳ないでしょ」

 少しいじけたように言い返すアディを、一言の元に切り捨てたネルガレーテがリサを見た。ネルガレーテと目が合ったリサが小さく頷く。

「──ん・・・銃器の扱いなら、カラシニコフ・ピース・アンド・パワー社の火器研究所で、座学と実習プラクティスを100時間、重火器は30時間ほど」

「いや、そもそもリサは、アルケラオス皇女──今は女皇だが、メルツェーデスの側付重職なんだろうが・・・?」

 それを放り投げてまで、と抗弁し掛かったアディを、再びネルガレーテがいともあっさりと往なす。

「ああ、それね」ネルガレーテの柿色の瞳が、底意地悪そうにアディを見た。「メルツェーデス“女皇陛下”からのリサの推薦状、ちゃんとあるわよ。無粋な兄貴に向けた、可愛い妹からの心からのメッセージ・録画ビデオが」

「・・・・・・!」

 アディにとって、これは予想外だった。まさかメルツェーデスからの口利きまで添えられているとは、考えもしなかった。と言うことは、メルツェーデスも納得ずくと言う事だ。

 絶句したアディは、すっかり反駁の余地を失くしていた。

「良し、まだ納得し切れない奴が居るみたいだから、こうしよう」ジィクがも愉快そうに、笑いを噛み殺して言った。「幸いな事に、此処に林檎が1つある」

 ジィクは齧りかけの林檎を手にテーブルから腰を上げると、リサに向かって指図した。

「それでリサは、そっちの壁際へ後退さがって」

 テーブルを回り込んだジィクが、今度はアディの腕を掴むとコンソール(制御卓)デスク端まで後退さがらせた。

「そしてアディ、お前は此処だ」

 きょとんとするアディの頭の上に林檎を宛行あてがい、ジィクはユーマを振り返った。

「ユーマ、すまんが銃を1挺持って来てくれよ」

「何するの?」

 何となく察しが付いている風のユーマだが、肩をそびやかし態とらしく尋ねて見せた。

「そこからリサが、この林檎を撃つ」

 ジィクの一言に、思わずネルガレーテがぷっと噴き出し、ユーマが大仰に頷いて、当のリサは合わせた両の手を口先に当て、まあ、とばかりに驚いて見せた。

「見事林檎を射貫けたら、技量ばっちりって事で、人選ドラフト成立」

「だから、何でそうなる・・・!」

「銀河屈指の地球人テランの名門、メンドー家に代々伝わる、古式ゆかしい物事の決着法だ」付くアディに、ジィクは軽く往なすように肩をすぼめる。「本来なら火縄大筒を使って、お互い相手の頭の上の林檎を打ち抜くらしいが」

「それって、上手く行かなかったら、頭がすっ飛んじゃうわよね」

 ユーマにしては珍しくニヤニヤした顔付きで、またもや態とらしく突っ込む。

「心配しないで良いわよ、アディ」ネルガレーテも追い討ちを掛けるように言い放つ。「飛んで落ちた頭は、ちゃんと拾ってあげるから」

「おいおいおい・・・!」

 容赦なく半畳を入れて来るネルガレーテに、アディが憮然とした。

「──いい加減、諦めろよ」向き直ったジィクが、真正面からアディを見据えた。「此処にいる誰もが、諸手もろてを挙げて歓迎しているのは解っているだろう。アディ、お前だって反対じゃない筈だ」

「けどな・・・!」

 反射的に口を尖らせたアディだが、充分に分かっていた。振り上げた拳を下ろす切っ掛けを失しているアディに、ジィクが気を利かせた事を。

「死ぬまで獅噛しがみ付いていろ、って言ったんじゃないの? リサに」

 そしてユーマはと言えば、直接アディの首根っこを押さえに掛かった。

「え? 確か、あの世まで、じゃなかったの?」

 ユーマの突っ込みに、今度はネルガレーテがしれっと言い返し、ユーマが、そうだったかしら、と明白あからさまに笑いを噛み殺す。

 この2人の遣り取りに、当のアディとリサは顔を真っ赤に染めた。

 アルケラオスのルイス・モントーヤ大聖堂で、ウェーデン卿とやいばを交えていた最中に、着ていた筋力支援兜鎧パワード・アーマーの腕の中にリサをいだきながら、アディが思わず口にした言葉だ。それに答えたリサも、躊躇ためらう事なく、ええ、貴方あなたに首っ丈、とまで言い切っていた。

 緊迫した場面であれ、確かにあの時は、そう言った。

 それをまさか聞かれていたとは、思いもしなかった。アルケラオスを離れるまで、ジィクやユーマに散々揶からかわれ続けたアディは、穴があったら入りたいほどの羞恥だった。

「──アディ」

 黙りこくったアディに、ユーマが静かに、だが毅然とした口調で口を開いた。

「リサが一時の感傷で突っ走る浅慮なじゃないって事くらい、あんたなら解っている筈でしょ。そのリサが心を決めて、此処まで来たのよ」

「しかし、いくらイェレの血を引いてるから、と言ってもだな・・・」

「アディ!」往生際の悪いアディに、ネルガレーテは本気で目を吊り上げた。「リサの事を足手纏いだ、なんて言ったら、その石頭をクロアーゼ・レオニー・コント300で叩き割ってあげるからね・・・!」

 口をヘの字に曲げたままアディはネルガレーテを見返し、それから2度3度と口を歪めて、やおら茜髪のリサを見遣る。アディと目が合ったリサは、視線を逸らさずちゃんと真っ直ぐにアディを見詰め返した。

「いくらネルガレーテだって、可愛いだけじゃ人選ドラフトしない」ジィクが諭すような口調で言った。「リサの力量なら大丈夫、って納得ずくで連れて来たんだろうし」

「何か引っ掛かるわね、その言い草」

「ユーマもそう思うだろ?」

 ネルガレーテの不満げな呟きを聞き流し、ジィクはユーマに言葉を振った。

「そうね。今日のネルガレーテは素面しらふでまともそうだから、きっと判断は正しいわ」

 勿論ユーマも、それに対して見事に応える。ネルガレーテの横にいたリサが、思わず小さく噴き出した。

「こらこら、オカマ・ジャミラ! 人聞きの悪い言い方しないで・・・!」

「ちょっと違うぞ、ユーマ。深酒でべろんべろんになった方が、ネルガレーテの勘は鋭くなるんだぜ、理性が失せるから」

「また言うの・・・! 減らず口の女誑しピンプ・ペロリンガ!」

 ぷっくらした紅唇を突き出して、ネルガレーテが渋面を作った。

「──それにアディ」

 ユーマはネルガレーテに苦笑を返すと、真剣な表情でアディに向き直った。

「あなたはリサの事を心配してるんでしょうけど、ネルガレーテの言った通りよ。これ以上何か言ったら、それはリサに対するあなどりよ」

「とにかく、これで決まりにしようぜ、アディ」

 ジィクがアディの肩を、ぽんと軽くたたく。アディがジィクを無言で見返した。

「後は2人の間で上手くやってくれ」

「そうそう! 唐変木も言葉を失くしたみたいだから、この話はこれで決まり・・・!」

 ぱんぱんと二度ほど手をたたいたネルガレーテが、リサの背中をアディの方へ押しやった。

個室キャビンは先に宛行あてがってあるから、後は艦内を一通り案内してあげてよ、アディ。それから1時間後には出発するから、それまでに艦橋ブリッジへ上がって来て頂戴」

ネルガレーテはそれだけ言うと、踵を返してさっさと情報策戦所ブリーフィング・コートを出て行った。

個室キャビン・・・?」

「そうだとさ。お前のキャビン(個室)の真向かいだよ」

 怪訝な顔付きを見せるアディに、ジィクは林檎を一齧りした。

「いつの間に・・・」

 呆れた顔で首を巡らせて来るアディに、リサが照れ臭そうに無言で頷く。

 2人して出ていこうとするジィクとユーマの背中に、アディが声を投げた。

「お前ら2人ともリサの人選ドラフト、事前に知ってたな・・・!」

 そもそもリサは既に、アディたちと同じグリフィンウッドマックの通常環境下被着装備レギュラー・ドレス・システムであるフィジカル・ガーメントを着ていた。

 ガーメントは、空間作業用気密与圧服ハビタブル・オーバーオールのような気密性はないが、気化奪熱による耐エネルギー弾用高分子被膜を表面に蒸着加工してあり、インナーには衝撃吸収機能を持った高圧縮多重織込繊維素材、保湿断熱素材と発汗換気機能繊維素材を重層内包している。

 アディとジィクのガーメントは、黒のアッパートルソと白銀アイスシルバーのボトムトルソは共通で、アディのアクセント・カラーは猩猩緋しょうじょうひ、ジィクは瑠璃色だ。

 ネルガレーテは鬱金色のアクセント・カラーを配した上下白磁のガーメント、ユーマは白銀アイスシルバーの上下に銅色のアクセントで、ジャミラ人独特の体形にアレンジしてある。

 リサはと言えば、アディやジィクと同じ黒のアッパーに白銀アイスシルバーのボトムだが、その燕婉えんえんさにぴったりの華やかな躑躅つつじ色のアクセントがデザインされていた。

 フィジカル・ガーメントは、昨日注文して今日に出来上がる代物ではない上に、機能は同質だが個人のアクセント・カラーを配してあるワンオフ・オーダーだ。なのにリサはちゃんと、専用の通常環境下被着装備ドレス・システムを纏っている。これは取りも直さず、かなり前からお膳立てされた証左で、今更に決まった事ではないのだ。

「だからお前は朴念仁だって言われるんだよ、滅法駻馬かんばの唐変木」

 ジィクが指で作った銃をアディに向け、その額を撃ち抜くと部屋を後にした。

「アルケラオスでの別れ際に、今日の日を予見できないなんて、アディあなたって本当に童蒙どうもうなのね、蛮勇も呆れるわ」続いてユーマも手を振りながら、そそくさと部屋を後にする。「人気のない所でこっそり盛り上がってイチャつき過ぎて、遅れたら駄目よ」

「ジィクじゃあるまいし、そんな事するかよ」

 ユーマのおおきな背中に声を投げつけ、閉まる扉に姿が見えなくなると、やおらアディがリサを振り返る。途端リサと目が合った。

「あの、アディ・・・」リサはちょっぴり遠慮がちに声を上げた。「ごめんなさい、アディって呼んじゃって」

 素直に頭を下げたリサが、宝玉のような菖蒲あやめ色の瞳で、アディを改めて見詰め上げた。身の丈171センチのリサからすると、188センチのアディは頭1つ分くらい背が高い。

「ネルガレーテから念押しされたの、アディの事はアディって呼びなさいって。アルケラオスでの呼び名や呼称は、持ち込まない事、忘れなさい、って」

「アディで良いよ、それ以上に何も足さなくて。リサはもう傭われ宇宙艦乗りドラグゥンで、グリフィンウッドマックの編団レギオの1人だ。これからも金輪際、気にする必要はない」

 その言葉を聞いたリサの顔が、一瞬にして晴れ上がった。

“ああ、やっぱり、アディと呼ぶ、アディと呼べる事が、こんなに嬉しいなんて・・・!”

 思い返してみれば、確かにそうだった。

 本当の最初はその声だけを耳にして、そして2度目はアディを目の前に知り合えた。その時からリサにとってアディはアディであり、それ以外の何者でもなかった。端(はな)からアルケラオスの皇子たるアディではなかったのだ。

 だからこそリサにとって、アディを“アディ”と呼ぶ事が、本当に自分は傭われ宇宙艦乗りドラグゥン・エトランジェなのだ、と心の底から実感できる瞬間なのだ。

“──違うわ。単なる傭われ宇宙艦乗りドラグゥンじゃない。アディのいる編団レギオ“グリフィンウッドマック”を名乗りたかったんだわ・・・!”

 同時にリサは自らの本心に気付き、目の前にいるアディへの想いを確信した。

 アディと一緒の景色を見て音を聞いて、一緒に笑って一緒に泣きたいと思った。傍で一緒に歩いていきたいと強く願ったのは、確かに傭われ宇宙艦乗りドラグゥン・エトランジェのアディ・ソアラ、その人だけなのだ。

 アディの顔を見てその名を呼ぶ事で、一緒に生きているんだ、と実感できる。

 だからのだろう、“アディ”と呼びたくはあっても、心のうちで実は、“皇子”と呼ぶことに得体の知れない抵抗感があるのは。

「けどなあ、リサ」

 そんなリサの胸中を知ってか知らずか、アディは蟀谷こめかみを掻きながら言った。

「過去を聞くは不作法、語るは野暮とは言うものの、本当はどうなんだ? 傭われ宇宙艦乗りドラグゥンなんて、大体は奇麗な死に方が出来ないぞ・・・?」

「うーん・・・難しい質問ね」

 リサは人差し指を顎に当てながら、天井を向いて考え込んだ。いや、振りをした。

 アディが問いたい事は、直ぐに判った。

 勿体振った訳ではなかったが、巧く言葉で説明できないもどかしさがあった。

 父親が傭われ宇宙艦乗りドラグゥンだったのは事実だし、性格も母親譲りで意外と御侠おきゃんな事も自認している。けど一番大きな理由ははっきりしている──何より、アディが居るから。

 そしてアディを目の前にして、改めて感じている。

“何故だろう。アディの前だと、何も取り繕わなくても良い、と思えてしまうのは・・・”

 それが大きな安心を与えてくれる。ほっとする。何にもまして心地よい。

“こんなに安心を感じさせてくれる人が、他に居るだろうか──。”

 あなたの腕の中で死ねるのなら──アディに抱えられて、そうも言った。

 確かにあの時は、刹那にそう思った。だが今では、それは揺るぎない強い思いになっている。今ではリサ自身を支える総て、と言っても良いくらいに。

「性格的にも向いていると思うし、どうしてもアディの後を追って行きたかった、て言うのじゃあ、理由にならない? それに死に際なんて、アディさえ居てくれれば、それで良いの」

 リサは愛らしくもてらいなく、菖蒲あやめ色の瞳で真一直線にアディを見詰めた。

「それじゃあ、駄目?」

 そしてアディの方はと言えば、今更にリサの不思議な魅力にどぎまぎしていた。

 アルケラオスで改めて顔を合わせた時もそうだった。

 少女の可愛らしさの中に貴婦人の気高さを重ねもつ不思議な雰囲気を纏いながら、どこか人を惹きつける、そんな魅力に輝いていた。

「ま・・・良っか・・・」アディは少しばかり照れ臭げに頬を掻き、付いておいでとばかりに首を横に倒して踵を返した。「艦内を案内するって言っても、このアモンはそんなに大きなふねじゃないけどな」

「その前にあたしも1つ聞きたい事が」

 リサの言葉にアディが振り向く。かもめの翼にも似た端正な眉を、リサは少し吊り上げた。

「──朴念仁は解ったけど、唐変木って何? どういう意味?」

「お前、それを俺に聞くか?」

「良いじゃない。唐変木で朴念仁でも、あたしは好きよ。アディが」

 そう言い終わるが早いか、リサは伸ばした両手をアディの両肩に回し、思い切り爪先立ちに背伸びして、アディの頬にキスをした。



★Prologue リサ・テスタロッサ/次Act.1 初めての操艦桿スティック・1


 written by サザン 初人ういど plot featuring アキ・ミッドフォレスト

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