紅のドラグゥン +/白寒(びゃくかん)の異星に清幽なる安らぎを
サザン 初人(ういど)
Prologue リサ・テスタロッサ
燃えるように紅い、艶めく
促されて扉の陰から入って来たのは、
途端、花が咲いたように、無機質な室内が明るくなった。
「改めて紹介しとくわね」
「リサ・ファセリア・テスタロッサよ」
「え・・・ッ?」
入って来るリサの姿を見ると同時に、いの一番に素っ頓狂な声を上げたのが、ミーティング・テーブルに行儀悪く尻を乗せていた
「──さあリサ、言う事は?」
キュラソ人
「アディ、あの・・・」
リサより2つほど年上だろうか、
「──あたし来ちゃった」
「──
少し間が空いて、妙な静寂を破ったのが、同じ
白目がない深緑色の目をした眼窩は深く、明瞭な鼻梁がない。肩から下顎にかけての頚椎部も独特で、
壁際の
「ええ、本当に来たわ、ユーマ、あたし・・・!」
話し掛けられたリサが、少しばかりほっとした表情に小さな笑窪を浮かべた。
「は・・・ァ?」
そんな会話に、アディが
「──待ってたぞ、
さらに声を上げたのが、
ペロリンガ人は骨格が
「嬉しいわ、ジィク、また会えて」
2人からの言葉に、緊張が解れた風のリサが柔和に相好を崩す。対照的に唖然と口を半開きにしているアディが、
「──
「はい・・・?」
振り向いたアディは、鳩が豆鉄砲を食らったような顔をしていた。
「ちょっと驚いた?」
してやったり、と言わんばかりに顔を綻ばせるキュラソ人が、リサの背を押して一歩前に出させた。
「アディ、あんたがリサの面倒を見てやってね」
「いや、待て、待て、ネルガレーテ! それに何だよ
アディは瞳を真ん丸にしたまま、リサを見ては
「良いわねェ、紅の
「でしょでしょ、あのイェレの一人娘だもの、
ユーマの言葉にネルガレーテが、
「──しかも、これだけの愛想良しで器量良し、にっこりするだけで
ネルガレーテが、つんと突き出したリサの小さなヒップを叩いた。
「そうは言っても、銃器なんて扱った事がないだろ、リサは・・・!」
「間抜けな
少しいじけたように言い返すアディを、一言の元に切り捨てたネルガレーテがリサを見た。ネルガレーテと目が合ったリサが小さく頷く。
「──ん・・・銃器の扱いなら、カラシニコフ・ピース・アンド・パワー社の火器研究所で、座学と
「いや、そもそもリサは、アルケラオス皇女──今は女皇だが、メルツェーデスの側付重職なんだろうが・・・?」
それを放り投げてまで、と抗弁し掛かったアディを、再びネルガレーテが
「ああ、それね」ネルガレーテの柿色の瞳が、底意地悪そうにアディを見た。「メルツェーデス“女皇陛下”からのリサの推薦状、ちゃんとあるわよ。無粋な兄貴に向けた、可愛い妹からの心からのメッセージ・
「・・・・・・!」
アディにとって、これは予想外だった。まさかメルツェーデスからの口利きまで添えられているとは、考えもしなかった。と言うことは、メルツェーデスも納得ずくと言う事だ。
絶句したアディは、すっかり反駁の余地を失くしていた。
「良し、まだ納得し切れない奴が居るみたいだから、こうしよう」ジィクが
ジィクは齧りかけの林檎を手にテーブルから腰を上げると、リサに向かって指図した。
「それでリサは、そっちの壁際へ
テーブルを回り込んだジィクが、今度はアディの腕を掴むとコンソール(制御卓)デスク端まで
「そしてアディ、お前は此処だ」
きょとんとするアディの頭の上に林檎を
「ユーマ、すまんが銃を1挺持って来てくれよ」
「何するの?」
何となく察しが付いている風のユーマだが、肩を
「そこからリサが、この林檎を撃つ」
ジィクの一言に、思わずネルガレーテがぷっと噴き出し、ユーマが大仰に頷いて、当のリサは合わせた両の手を口先に当て、まあ、とばかりに驚いて見せた。
「見事林檎を射貫けたら、技量ばっちりって事で、
「だから、何でそうなる・・・!」
「銀河屈指の
「それって、上手く行かなかったら、頭がすっ飛んじゃうわよね」
ユーマにしては珍しくニヤニヤした顔付きで、またもや態とらしく突っ込む。
「心配しないで良いわよ、アディ」ネルガレーテも追い討ちを掛けるように言い放つ。「飛んで落ちた頭は、ちゃんと拾ってあげるから」
「おいおいおい・・・!」
容赦なく半畳を入れて来るネルガレーテに、アディが憮然とした。
「──いい加減、諦めろよ」向き直ったジィクが、真正面からアディを見据えた。「此処にいる誰もが、
「けどな・・・!」
反射的に口を尖らせたアディだが、充分に分かっていた。振り上げた拳を下ろす切っ掛けを失しているアディに、ジィクが気を利かせた事を。
「死ぬまで
そしてユーマはと言えば、直接アディの首根っこを押さえに掛かった。
「え? 確か、あの世まで、じゃなかったの?」
ユーマの突っ込みに、今度はネルガレーテがしれっと言い返し、ユーマが、そうだったかしら、と
この2人の遣り取りに、当のアディとリサは顔を真っ赤に染めた。
アルケラオスのルイス・モントーヤ大聖堂で、ウェーデン卿と
緊迫した場面であれ、確かにあの時は、そう言った。
それをまさか聞かれていたとは、思いもしなかった。アルケラオスを離れるまで、ジィクやユーマに
「──アディ」
黙りこくったアディに、ユーマが静かに、だが毅然とした口調で口を開いた。
「リサが一時の感傷で突っ走る浅慮な
「しかし、いくらイェレの血を引いてるから、と言ってもだな・・・」
「アディ!」往生際の悪いアディに、ネルガレーテは本気で目を吊り上げた。「リサの事を足手纏いだ、なんて言ったら、その石頭をクロアーゼ・レオニー・コント300で叩き割ってあげるからね・・・!」
口をヘの字に曲げたままアディはネルガレーテを見返し、それから2度3度と口を歪めて、
「いくらネルガレーテだって、可愛いだけじゃ
「何か引っ掛かるわね、その言い草」
「ユーマもそう思うだろ?」
ネルガレーテの不満げな呟きを聞き流し、ジィクはユーマに言葉を振った。
「そうね。今日のネルガレーテは
勿論ユーマも、それに対して見事に応える。ネルガレーテの横にいたリサが、思わず小さく噴き出した。
「こらこら、オカマ・ジャミラ! 人聞きの悪い言い方しないで・・・!」
「ちょっと違うぞ、ユーマ。深酒でべろんべろんになった方が、ネルガレーテの勘は鋭くなるんだぜ、理性が失せるから」
「また言うの・・・! 減らず口の
ぷっくらした紅唇を突き出して、ネルガレーテが渋面を作った。
「──それにアディ」
ユーマはネルガレーテに苦笑を返すと、真剣な表情でアディに向き直った。
「あなたはリサの事を心配してるんでしょうけど、ネルガレーテの言った通りよ。これ以上何か言ったら、それはリサに対する
「とにかく、これで決まりにしようぜ、アディ」
ジィクがアディの肩を、ぽんと軽く
「後は2人の間で上手くやってくれ」
「そうそう! 唐変木も言葉を失くしたみたいだから、この話はこれで決まり・・・!」
ぱんぱんと二度ほど手を
「
ネルガレーテはそれだけ言うと、踵を返してさっさと
「
「そうだとさ。お前のキャビン(個室)の真向かいだよ」
怪訝な顔付きを見せるアディに、ジィクは林檎を一齧りした。
「いつの間に・・・」
呆れた顔で首を巡らせて来るアディに、リサが照れ臭そうに無言で頷く。
2人して出ていこうとするジィクとユーマの背中に、アディが声を投げた。
「お前ら2人ともリサの
そもそもリサは既に、アディたちと同じグリフィンウッドマックの
ガーメントは、
アディとジィクのガーメントは、黒のアッパートルソと
ネルガレーテは鬱金色のアクセント・カラーを配した上下白磁のガーメント、ユーマは
リサはと言えば、アディやジィクと同じ黒のアッパーに
フィジカル・ガーメントは、昨日注文して今日に出来上がる代物ではない上に、機能は同質だが個人のアクセント・カラーを配してあるワンオフ・オーダーだ。なのにリサはちゃんと、専用の
「だからお前は朴念仁だって言われるんだよ、滅法
ジィクが指で作った銃をアディに向け、その額を撃ち抜くと部屋を後にした。
「アルケラオスでの別れ際に、今日の日を予見できないなんて、アディあなたって本当に
「ジィクじゃあるまいし、そんな事するかよ」
ユーマの
「あの、アディ・・・」リサはちょっぴり遠慮がちに声を上げた。「ごめんなさい、アディって呼んじゃって」
素直に頭を下げたリサが、宝玉のような
「ネルガレーテから念押しされたの、アディの事はアディって呼びなさいって。アルケラオスでの呼び名や呼称は、持ち込まない事、忘れなさい、って」
「アディで良いよ、それ以上に何も足さなくて。リサはもう
その言葉を聞いたリサの顔が、一瞬にして晴れ上がった。
“ああ、やっぱり、アディと呼ぶ、アディと呼べる事が、こんなに嬉しいなんて・・・!”
思い返してみれば、確かにそうだった。
本当の最初はその声だけを耳にして、そして2度目はアディを目の前に知り合えた。その時からリサにとってアディはアディであり、それ以外の何者でもなかった。端(はな)からアルケラオスの皇子たるアディではなかったのだ。
だからこそリサにとって、アディを“アディ”と呼ぶ事が、本当に自分は
“──違うわ。単なる
同時にリサは自らの本心に気付き、目の前にいるアディへの想いを確信した。
アディと一緒の景色を見て音を聞いて、一緒に笑って一緒に泣きたいと思った。傍で一緒に歩いていきたいと強く願ったのは、確かに
アディの顔を見てその名を呼ぶ事で、一緒に生きているんだ、と実感できる。
だからのだろう、“アディ”と呼びたくはあっても、心の
「けどなあ、リサ」
そんなリサの胸中を知ってか知らずか、アディは
「過去を聞くは不作法、語るは野暮とは言うものの、本当はどうなんだ?
「うーん・・・難しい質問ね」
リサは人差し指を顎に当てながら、天井を向いて考え込んだ。いや、振りをした。
アディが問いたい事は、直ぐに判った。
勿体振った訳ではなかったが、巧く言葉で説明できないもどかしさがあった。
父親が
そしてアディを目の前にして、改めて感じている。
“何故だろう。アディの前だと、何も取り繕わなくても良い、と思えてしまうのは・・・”
それが大きな安心を与えてくれる。ほっとする。何にもまして心地よい。
“こんなに安心を感じさせてくれる人が、他に居るだろうか──。”
あなたの腕の中で死ねるのなら──アディに抱えられて、そうも言った。
確かにあの時は、刹那にそう思った。だが今では、それは揺るぎない強い思いになっている。今ではリサ自身を支える総て、と言っても良いくらいに。
「性格的にも向いていると思うし、どうしてもアディの後を追って行きたかった、て言うのじゃあ、理由にならない? それに死に際なんて、アディさえ居てくれれば、それで良いの」
リサは愛らしくも
「それじゃあ、駄目?」
そしてアディの方はと言えば、今更にリサの不思議な魅力にどぎまぎしていた。
アルケラオスで改めて顔を合わせた時もそうだった。
少女の可愛らしさの中に貴婦人の気高さを重ねもつ不思議な雰囲気を纏いながら、どこか人を惹きつける、そんな魅力に輝いていた。
「ま・・・良っか・・・」アディは少しばかり照れ臭げに頬を掻き、付いておいでとばかりに首を横に倒して踵を返した。「艦内を案内するって言っても、このアモンはそんなに大きな
「その前にあたしも1つ聞きたい事が」
リサの言葉にアディが振り向く。
「──朴念仁は解ったけど、唐変木って何? どういう意味?」
「お前、それを俺に聞くか?」
「良いじゃない。唐変木で朴念仁でも、あたしは好きよ。アディが」
そう言い終わるが早いか、リサは伸ばした両手をアディの両肩に回し、思い切り爪先立ちに背伸びして、アディの頬にキスをした。
★Prologue リサ・テスタロッサ/次Act.1 初めての
written by サザン
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