26. 妹はやっぱり主人公

 初級者向けダンジョンであるものの、全くスキルが育っていない初心者には少しハードルが高い地下遺跡ダンジョン。

 チアはその戦闘センスで低いステータスをカバーして格上のホブゴブリンを相手にできているが、さすがに2体同時には対応できない。

 そして俺は奇術スキルと隠密スキルぐらいしか育てておらず、戦闘スキルはほぼ育っていない。

 まさに絶体絶命な状況だが、そんな状況でも打開できるかもしれない切り札が俺にはある。そう、バーチャさんとミシャさんによって用意された切り札が。

 そしてそんな切り札を持つ俺は……全力でホブゴブリンから逃げ出した。


「怖ぇええええ! チアさん。じっくり着実に、そしてなる早でお願いしやす!」


 切り札を持つ俺が何故こうも盛大に逃げているかと言うと、切り札を切ったからと言って1撃で確実に倒せるか分からないからだ。

 そもそも使った事がない切り札のため、それにどれだけの威力があるのか分からないし、確実に相手に直撃させる事が出来るような代物でもない。

 なので俺は、失敗した際のチアという保険を得るために、最大限時間稼ぎをしなければならないのだ。


 タンバリンを鳴らしながら全力で逃げる俺。そして、そんな俺を全力で追いかけてくるホブゴブリン。

 正直、こんな鬼ごっこはしたくなかった。追いかけられるなら綺麗なお姉さんか、可愛い幼馴染と浜辺で追いかけっこがしたい。……そんな知り合いは残念ながらいないけど。


「足速ぇな、くそっ! これでも食らえ!」

「グギャアッ!」


 タンバリンを鳴らしていても平然と距離を詰めてくるホブゴブリンに嫌気が差し、苦し紛れに癇癪玉を投げた。

 不意打ちで投げられ、顔にぶつかった瞬間破裂する癇癪玉に驚き、ほんの少しだがホブゴブリンを立ち止まらせる事が出来た。そしてその隙に少しでも距離を稼ぐ俺。

 そんな攻防を繰り返しながら鬼ごっこを続けていたが、ここで痺れを切らしたホブゴブリンが今までにない行動に出る。


「グギャッ!」

「はいっ!? それ投げれるの!」


 ホブゴブリンは、その手に持つ棍棒を俺に向かって投げてきたのだ。

 まさか唯一の武器を投げてくるとは全く予想しておらず、俺はそんな遠距離攻撃に対応出来ず直撃してしまう。そしてそのダメージ量に相応したノックバックにより体勢を崩し、その場に倒れ込んでしまった。

 

 ――マズい! どうする! ……こうなりゃ、自棄だ!


 俺は癇癪玉の入っている小袋に手を突っ込み、大量の癇癪玉を掴んでホブゴブリンへと投げつけた。

 これまでの攻防で癇癪玉の効果が薄れていたホブゴブリンだったが、大量に投げつけられる癇癪玉は流石に堪えた様でその動きを止める事が出来た。

 そしてその隙に立ち上がって逃げ出し、インベントリからポーションを取り出して走りながら飲み干す。


 そこからはまた先ほどまでと同じように、鬼ごっこの再開だ。

 けれど先ほどまでとは明らかに違うことがある。ホブゴブリンが癇癪玉に動じなくなってきているのだ。

 どちらにしても先ほど盛大に撒いた所為で残りの癇癪玉も少なく、これはもう仕方がないと諦めて、俺が唯一使える攻撃魔法であるホーリーアローも駆使しながら何とか逃げ続けた。

 その間、何度かダメージも食らい、残り2本のポーションも使い切ってしまった。


「マジカル、ミラクル、マハールン! リリースオブ【ヒール】!」


 そして遂にマジカルスターロッドにセットされている回復魔法も使ってしまった。

 

 ――あと使えるのは、マジカルスターロッドに残っている回復魔法が1つと足止め魔法が1つだけか。……笑えるぐらいピンチだなっ!


 実際には1ミリも笑えない状況で無理やり気持ちを引き上げ、必死に逃げる。

 そんな余裕のない俺に止めを刺さんばかりにホブゴブリンが迫り、その手に持つ棍棒を振り上げ殴り掛かって来た。

 俺はその場に倒れ込むように棍棒を回避するが、完全には躱しきることが出来ず、左肩に直撃したダメージでHPを削られてしまった。


「くっ! マジカル、ミラクル、マハールン! リリースオブ【ローズバインド】!」


 杖に設定されている魔法を使用すると、ホブゴブリンの足元から茨がにょきりと生えてきて、その足へと絡みつく。そして、絡みつかれたホブゴブリンは体勢を崩し、その場に倒れ込んだ。


「マジカル、ミラクル、マハールン! リリースオブ【ヒール】!」


 その間に俺はすぐに立ち上がり、自身に最後の回復魔法を掛ける。これでこの杖に設定されている魔法は全て使い果たした。


「これ以上は俺もネタ切れだ。もう、逃げられないな。チアもまだ倒し切れて無いみたいだし……仕方がない、やるか!」


 俺は、今も必死に足に絡みつく茨を引きちぎろうと奮闘するホブゴブリンへとマジカルスターロッドを投げ捨てる。……そして。


「マジカル、ミラクル、マハールン! リリース・オブ・ザ・ラストエクスプロージョン!」


 それはマジカルスターロッドに隠された機能の1つ。

 事前に設定されている全ての魔法を使い果たした時にだけ使える切り札で、その効果は『マジカルスターロッドを犠牲にした大爆発』。

 その力を解放したマジカルスターロッドは、その高額なアイテムを自壊させるに相応しい威力の爆発を起こし、ホブゴブリンを飲み込んだ。


「あの人、絶対にこうなる事を予想してこの機能を取り付けただろ。……俺に借金背負わせて何をする気なんだ」


 マジカルスターロッドとタンバリン・オブ・ハラスメントはもらい物ではなく借り物だ。壊せば勿論負債になる。

 こうなることを予想して俺にこれを託したであろう性悪のミシャさんが、あとで何を要求してくるのか考えるだけで怖い。

 俺がこれからの事を考えて溜め息をついていると、事態が急変した。……ホブゴブリンがギリギリ生き残っていたのだ。


「マジか!? あれで生き残るのかよ!」


 マズいと焦った俺は、一目散にその場から逃げようとした……が、それは不要となった。


「マナバースト! ウッキー!!」


 いつの間にか自身が受け持つホブゴブリンを倒し終えたチアが駆け付け、何やら新技を引っさげて兄のピンチに参上する。

 光る拳から生み出されるダメージは殊の外大きく、瀕死状態だったとはいえダンジョンボスであるはずのホブゴブリンが一撃で倒され、光の粒子となって消えていった。

 

「仲間のピンチに駆けつけるって、お前はやっぱ完全に主人公だよ」


 俺はそう言って仰向けに倒れ込んだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る