25. 妹は猿となり、兄は魔法少女となる
「……ついに辿り着いたな、妹よ」
「ついに辿り着いたね、にーちゃん」
時に隠れ、時に身を隠し、時に潜伏し、幾多の試練を乗り越え、ついにボス部屋の前へと辿り着いた俺たち。
もう大丈夫だなと判断した俺は、合体を解除してチアを地面へと降ろした。
「にーちゃん。もう思いっきり喋っても大丈夫?」
「おう、いいぞ。よく我慢できた……とは言えない感じだったけど、頑張ったな」
普段大騒ぎしてばっかりのチアを静かにさせることは困難だ。今回はかくれんぼの緊張感が助けとなり、普段の7割減まで大人しくさせることができた。
……だが、その代償は大きかった。
「ウキャーーーーッ!!」
「どうしたっ!? お前、ついに人間を辞めたのか!」
もう喋っていいという許しが出た途端、猿のような奇声を上げだしたチアに困惑する俺。
そんな俺を無視してチアは奇声を上げ続ける。
「ウッキッ! ウッキッ! ウッキャーー!」
「えっと、何々。……いっぱい静かにしてたから、その分溜まってたエネルギーを思いっきり発散していると」
「よく分かったね、にーちゃん」
「まぁ、7年お前の兄をやってるからな」
どうやらチアは、大人しくしていることへのストレスと、久々に肩車をしてもらったことでの歓喜によって、かなりの興奮状態になっているらしい。
……興奮状態になったからと言って、何で猿になるのかは不明だ。
「この先はボス戦なんだ、そこで思いっきり発散してこい。それと、自己強化アイテムのクッキーも渡しとくから、チアの好きなタイミングで食べて良いぞ」
「やったー♪」
ボス戦までなんとか温存する事が出来たクッキー。戦闘中に一枚ずつ手渡しするのは流石に厳しいだろうと判断した俺は、ここでクッキーを小袋ごと渡しておく事にした。
「ただし、クッキーの自己強化効果は3分間継続だから、次のクッキーを食べるのは前の強化効果が切れるか切れる直前にしろよ」
「ウッキ!」
「ああ、それ続けるんだな」
どうやら猿状態が思いのほか気に入った様子のチアと共に、ボスの待つであろうフロアの扉を開ける。
そして扉を開けた先で待っていたのは、通常の個体より倍ほど背の高いゴブリンだった。……と言っても、俺より頭1つ分ほど小さいのだが。
「ホブゴブリンって奴か。よし、チア。俺も温存なしで行くから、お前はあのホブゴブリンとの戦いに集中するんだ。……いいな? ホブゴブリンとの戦いに集中して、俺のことは絶対に気にするなよ?」
「ウッキ!」
「よし行け、チア! キミにきめた!」
「バーサーク! ウキャーーーッ!」
俺は猿と化したチアをホブゴブリンへとけしかけた。
そして俺は、自分の中にある何か大切なものを生贄に、チアを助ける力を手にする。
「おっしゃ、覚悟完了。来い! マジカルスターロッド!」
指輪を発動し、マジカルスターロッドをその手に呼び出す。そして覚悟を決めて呪文を唱えた。
「マジカル、ミラクル、マハールン! リリースオブ【アクセラレーション】!」
杖に装飾された星の飾りの1つが輝き、アクセラレーションの魔法が発動する。すると、チアの体が薄く光り、機動力が上昇した。
だが、これで終わりではない。……否ッ! 高校生男子が多大な犠牲を払って踏み出した一歩は、ここでは終われない!
「マジカル、ミラクル、マハールン! リリースオブ【ネガティブリバース・アクセラレーション】! そんでもって来い。タンバリン・オブ・ハラスメント!」
杖に封じ込められていたもう1つの魔法を発動し、ホブゴブリンの機動力を下げる。そして指輪を発動して、マジカルスターロッドとタンバリン・オブハラスメントを入れ替えた。
つまり、魔法によってチアの機動力を上げ、ホブゴブリンの機動力を下げ、更にタンバリンの効果でホブゴブリンの機動力をもう1段階下げたのだ。
更に言えば、いつの間にか戦いながらクッキーを1枚食べていたチアは、筋力と機動力を底上げされていている。これによって、本来であればかなり格上であるはずのホブゴブリンとの戦いは、その様子を大きく変えていた。
「遅いッキー!」
「……あいつはもう完全にテンションお化けだな」
いつも以上に動く体にテンションを上げたチアは、それはもう訳の分からない動きをしていた。
敵の攻撃を軽々と避けては攻撃を加え、敵の体を駆け上っては敵の顔を両手で引っ掻き、よく分からない所ででんぐり返しや後ろでんぐり返しをする。
今のチアは兄の俺でも制御不能だろう。
そのまま戦いは有利な状態で進んでいき、魔法の効果が切れても十分なアドバンテージを保った状態を維持できそうな感じだ。
もしかすると魔法の効果が切れる前に勝負がついてしまう可能性すらあるように見えた。……だが、初めてのボス戦はそんな生易しいものではなかった。
「グギャーー!」
「なっ!? おいおい、ボス戦で複数体は卑怯だろ!」
チアが1体のホブゴブリンを圧倒している最中、何処に隠れていたのかもう1体のホブゴブリンが姿を現した。
――どうする! 流石にチア1人でホブゴブリン2体は無理だ。……なら、仕方がないよな!
「チア! こっちは俺が何とかする。だからそっちは任せた! あと、悪いけどポーションと回復魔法は全部俺が使わせてもらうかもだから、チアは一発ももらわず完勝してくれ!」
「ウッキー!」
俺の覚悟のセリフに対して猿語で返すチア。こんな時ぐらいは「にーちゃん、頑張って!」ぐらいの言葉が欲しい。
そんなことを心の中でぼやきつつ、俺はこの難局を乗り越えるために更なる犠牲を払う覚悟を決める。
「ほら来いよ、ホブゴブリン。……借金を背負う覚悟を決めた、俺の力を見せてやる」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます