23. 兄と妹、地下遺跡の洗礼を受ける

 ミシャさんの悪辣な罠にハマり、今度会ったら絶対に文句を言ってやると心に決めつつ、そのためにはさっさとこのクエストを終わらせると気持ちを新たにした。


「よし、じゃあ行くか。チア、悪いが前衛は任せたぞ」

「任せて! にーちゃんはチアが守るよ!」

「……いや、確かにそうなんだけどね」


 兄心に深い傷を負いながら、俺達は地下遺跡へと足を踏み入れた。

 そして少し歩くと最初のモンスターに出会う。全身緑色で、背が小さく、装備は粗末な腰布と棍棒。……まごう事無きゴブリンだ。


「チア、焦る必要はないから安全第一で戦ってくれ。時間はかかっていいから被弾は極力少なくだ」

「了解!」


 そう言うや否や、チアは自己強化バフ技能であるバーサークを掛け、ゴブリンへと襲い掛かった。

 

 このクエストを攻略するにあたっての基本戦略は【いのちだいじに】。

 その理由の1つは、今の俺達には回復手段が乏しい事だ。初心者で金欠状態の俺達には回復ポーションを何本も買う余裕は無く、考え無しに敵へと突っ込めば、たちまちリソース不足で立ち行かなくなる。

 俺が回復魔法を覚えていれば良かったのだが、イベントに向けて奇術スキルと隠密スキル上げに専念していたために、回復魔法を覚える余裕がなかったのだ。……厳密に言えば、今の俺であれば回復魔法を使える手段があるのだが、極力それは使いたくなかった。

 もう1つの理由としては、傷を負うチアを俺が見たくないというのも大きい。


 戦闘開始後、ゴブリンに何度かダメージを与えた所で俺は指輪を発動しタンバリンを呼び出した。


「チア、今からタンバリンを使うぞ。敵の動きが変わるから気を付けろよ」

「わかった!」


 チアの返事を聞いてから、俺はミシャさんから受け取った秘密兵器のうちの1つ【タンバリン・オブ・ハラスメント】を振る。

 このタンバリンは相手の動きを遅くすると同時に、相手からのヘイトを少しずつ蓄積してしまう。なので、最初はチア1人に戦ってもらって、敵のヘイトをチアに向けておいてもらわなければならない。でなければ、タンバリンを鳴らした瞬間、たちまち俺が襲われる事になるからだ。

 俺自身が強ければ問題ないのだが、貧弱な俺に敵の注意を引き付けるタンクの役割は無理だ。


 タンバリンの力によってゴブリンの動きは遅くなり、攻撃出来る隙が増えた事でゴブリンは成す統べなく倒された。


「1体倒すのに大体4,5分って所か。……チア、ブローチを取り返す時はゴブリンが複数体居たんだよな?」

「うん、3人だったよ」

「それをよく1人で倒せたな。しかもルビィさんの店を出てからブローチを取り返すまでに掛かった時間は30分程度だっただろ?」


 どれだけ躊躇のない行動を繰り返したら、それだけの短時間にイベントNPCに出会ってゴブリンを3体倒せるんだと半ば呆れる俺。


「前のはもっと弱かった。動きも遅かったし、みんな素手だったもん」

「あぁ、クエストの始まりは弱い個体だったのか。……てことは、この先はもっと強いゴブリンが出て来たり、それが複数体同時に出てきそうだな」


 撤退の判断は迅速にしようと心に決め、俺達は更に奥へと進む。

 途中何度かゴブリンと出会ったが、慎重に戦う事でチアは1度の被弾もなく順調に敵を倒していった。


「それにしても、よく敵の攻撃をそんな楽々と避けられるよな」

「相手がワッって来たら、当たらないようにするだけだよ? 後は、動き方とか覚えれば全然当たらない」

「……お前は根っからの戦闘民族なんだな」


 至ってごく普通の家庭から、なんでこんな戦闘民族が生まれたのか。兄の威厳をこの先も保つため、その術を本格的に検討した方が良いかもしれない。

 そんな事を割と本気で考えつつ先へと進み、出会うゴブリンも危なげなく倒していって順調に地下遺跡を攻略していく。……が、1つだけ懸念事項もあった。


「ゴブリンの出現頻度が高くなって来たな。……そろそろ複数体同時に出て来るか?」


 その懸念は大当たりだった。地下遺跡を進んで行くと2体のゴブリンを発見したのだ。そしてその2体のゴブリンの先には、更に地下へと進む階段があった。


「チア、今まで戦ってみた感じ、あのゴブリン2体を同時に相手出来そうか?」

「多分、大丈夫」

「多分か……。まぁ、実際にやってみないと分からないからな。よし、じゃあまずは2体それぞれに攻撃を当ててヘイトを稼いでくれ。それで俺がタンバリンを鳴らし始めたら、1体ずつ着実に倒していこう」


 戦いが次のステージへと上がったと気合を入れなおし、2体のゴブリンへと挑む。

 まずは2体それぞれにダメージを与えてもらい、タンバリンを使う前準備を整えたもらう。その後は俺がタンバリンを鳴らし、1体ずつ集中的に倒していく。


「チア、もう1体の方への攻撃を頼む。ヘイトがこっちに向きそうだ!」

「わかった!」


 タンバリンを鳴らし続けると、範囲内の全てのモンスターからヘイトを稼ぐ事になる。なので、1体に集中し過ぎると、もう1体から俺が襲われる事になっていまう。

 俺はもう1体のゴブリンに注意しながら、ヘイトがこちらに向きそうになるとチアに指示を出して、ヘイトを稼ぎ直してもらっていた。

 そうしていつもより少し忙しない戦闘の末、遂に1体目を倒す。


「よし、あと1体。チア、あともうひと踏ん張りだ!」

「がんばる! あちょー!」


 1対1であればここまで来るまでに何度もやってきた。今更負ける事もない。

 チアは今まで通り丁寧に戦い、順調にダメージを積み重ねる。……が、ここでトラブルが発生する。


「はぁ!? もうリポップした!? 早過ぎだろ!!」


 順調に戦闘が進んで行くなか、突然チアの背後からゴブリンが湧き出した。体感で言うと大体3分でリポップした事になる。


「あイタッ!」

「チア!!」


 突然リポップしたゴブリンに対応する事が出来ず、遂にチアはその頭を棍棒で殴られてしまった。

 それを見た俺は一瞬で怒髪天を衝き、インベントリから杖を取り出してタンバリンと持ち替え、ゴブリンへと殴り掛かった。


「このクソったれが!」


 俺の渾身の一撃は見事ゴブリンの頭へと命中した……のだが、ゴブリンはまったく微動だにしない。

 

「にーちゃん、魔法、魔法!」

「あ、しまった! 俺、魔法使いだった!!」


 殴られたゴブリンは、今ので完全に俺を標的に定めたようで、棍棒を振り上げ襲って来た。

 俺は指輪を使って再度タンバリンを取り出して全力で鳴らし、恥も外聞も捨てて必死に逃げる。幸いな事に、タンバリンで動きが遅くなったゴブリンより俺の方が足は速かった。


「チア、少しずつ後退しながら戦うぞ! ここで戦ってたらリポップ速度に間に合わなくて延々と戦うハメになる!」

「わかった!」


 そこからはてんやわんやの撤退戦だ。

 俺がタンバリンを鳴らしながらチアと距離が離れすぎないように逃げ回り、その間にチアが1体を倒す。その後、俺を追いかけ続けていたゴブリンをチアが背後から奇襲し、戦いの場を変えつつなんとか倒した。


「はぁ~、やばかったな。……ずっと魔法使ってなかったから、俺が魔法使いだったことをすっかり忘れてたわ」

「にーちゃん、ずっと手品してたもんね」

「まぁな。と言っても、どうせ俺の攻撃魔法なんてゴブリンに通用しないだろうから、さっきのが最適解だった気もするな」


 何だかんだで、曲がりなりにも俺は避けタンクとしての役割を熟していた事になる。俺の貧弱具合で考えると、かなりリスクが高いやり方だったが、あの場を切り抜ける為にはあれで正解だっただろう。


「にーちゃん、これからどうする?」

「……どうすっかなぁ~」


 前途多難な地下遺跡攻略は、まだまだ続く。

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