19. 妹は止められないし、止まらない

 目一杯叱られて萎れてしまっているチアにダメ押しの確認作業を行う。


「じゃあチア、おさらいだ。道に迷った時は?」

「連絡手段がある時は連絡。無い時は動かないで、周りの大人の人に助けを求める」

「今回みたいに少しでも危なそうな事をする時は?」

「その前にちゃんと相談する」

「そう、何でも1人で突っ走ると危ないからな。ちゃんと守るんだぞ?」

「ん」

「……ちゃんと守るんだぞ?」

「はい!」


 ――よし、これで2,3日は大丈夫だろう。

 

 チアの兄をする上で大事な事は、叱ったぐらいで完全に安心しない事だ。

 チアは突発的に感情をフルスロットルにして思考を飛ばしてしまう暴走幼女。叱ったぐらいで大人しくなるなら苦労はしない。

 それでも危ないと思った時はしっかり叱り、その上で目を離さず見守る。それがチアの保護者がやるべき最低限の行動なのだ。


「チアちゃんのお兄ちゃんは中々骨が折れそうね」

「そうですね。溜め息を吐かない日が無い程度には大変です」


 店をNPC店員に任せてここまで護衛をしてくれたルビィさんが苦笑交じりに慰めてくれた。

 傍から見ても相当大変そうに思えたのだろう。


「それでチアちゃん。当初の目的だった靴はどうだった? しっくり来る物はあったかな?」

「えっとね、このふわふわが付いてるのが一番動きやすかった!」


 それはファー付きの黒いブーツだった。

 どうやらゴブリンとの戦闘でもその靴で戦っていたようだ。


「靴一足決めるのにもチアだと大騒動だな。あぁ、そうだ。今チアが受注してるクエストなんだが……」


 それから俺はチアにこれからの選択肢について簡単に説明した。

 1つ、俺たちがもっと強くなってからクエストを進める。2つ、助っ人を要請してクエストを進める。3つ、今の俺たちだけで挑戦してみる。

 ちなみに俺の希望としては断然1だ。面倒事は後回しに限る。


「ん~。チアはにーちゃんと続きやってみたい」

「やるってすぐにか? それとももっとスキル上げしてからでも良い感じか?」

「今すぐ!」

「……まぁ、こうなるだろうなとは思ってたけどね」


 チアは『待て』が出来ない犬の様な妹なのだ。目の前に餌が用意されているのに止まる訳がない。


「それじゃあ、サクッと難易度を経験してみるとするか。何度か挑戦して無理そうだったら、その時は諦めてもらうからな?」

「うん、分かった!」

「……ホントお前、返事だけは良いよな。まぁ、じゃあまずそのブローチを元の持ち主の所に持って行くか。マップを開けば、その持ち主の居場所が分かるよな?」


 プログレス・オンラインのクエストにはプレイヤーがクエスト進行に迷わないようにガイド機能が一部存在する。

 道に迷っていたチアが森に入ってゴブリンの居る場所まで来れたのもこのガイド機能のお陰で、ブローチを取り返してイベントが進行した事によって、次の目的地である持ち主の場所がマップで確認出来るようになっているのだ。


「あった! 取り返したブローチ、お姉ちゃんに返してくるね!」

「え、いや、ちょっと待てっ! ……1人で突っ走るなって今さっき注意したばかりなのに、待てが出来ないにも程があるだろう」


 2,3日は大丈夫だろうと思われた俺の注意の効力は5分と持たなかった。

 その事に頭を抱えて頭痛に耐えていると、隣りに居るルビィさんから声が掛かる。


「マハール君、今はとにかくチアちゃんを追い掛けましょう。イベントNPCの居場所は分かるのよね?」

「はい、俺もマップを確認したんで場所は分かります。……すみませんが、帰りも護衛よろしくお願いします」

「了解。じゃあ、行きましょうか」


 と言う事で、うちの馬鹿犬ことチアをとっ捕まえに出発だ。


 ……


 …………


 ………………


「チ~ア~さ~ん」

「え? にーちゃん、どうしたの?」

「どうしたの、じゃねぇ! 俺はついさっき1人で突っ走るなって注意したよなっ!」

「……あ。ご、ごめん、にーちゃん! 待って、待って、ちょっとたんま! ぎゃー!!」


 チアに追いついた俺は、胸の前でバッテンを作って身を守るチアを無視してその小さな頭を鷲掴みにし、ぐわんぐわんとシェイクした。

 これが度が過ぎた行動をした時の何時もの制裁方法だ。……まぁ、と言っても。


「あははははは!」


 チアはこの制裁を途中から楽しみだすのであまり効果はない。

 俺はそんなチアを見下ろしながら、このお馬鹿な暴走幼女をどう制御したものかと今日何度目かの溜め息を吐き、頭を抱えた。

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