15. 兄、筋肉への憧れとプライドは捨てない所存

 大規模イベントに向けて行動を開始して早一週間、イベント準備は着々と進行していた。

 二つ名持ちで有名であるミシャさんが表立って宣伝していってくれたお陰かイベントの話題はかなり広がっているようで、特設サイトのアクセス数もかなり増えてきているそうだ。

 ちなみにイベント詳細は少しずつ小出しにしていくスタイルにしているようで、現在特設サイトの方ではサプライズボックス監修という事とイベント主催者である組織構成員の情報だけが乗っている。

 尚、リンスさんはあまり表だって名前は出したくないとの事だったので、仮面を付けて『謎の女怪人』として紹介されている。


 そんな感じで掲示板から集まった協力者とミシャさんによってイベントの準備は進められているのだが、イベント主催者であるはずの俺とチアは今日も今日とて森でスキル上げに勤しんでいる。

 俺はここ数日で奇術スキルをどんどん上げ、【クイックハンド】という技能を使えるようになった。これは事前に設定していたアイテムをインベントリ操作無しに取り出すという技能で、大きさや重さに制限はあるが奇術スキル値依存で最大3種類までアイテムを設定する事が出来る。

 俺はチアが戦っている様子をぼーっと眺めながら、クイックハンドでバラをポンっと取り出してはインベントリに仕舞うという動作を延々と続けていた。……もう単純作業が虚無過ぎて深淵を覗いてしまいそうだ。


 そんな感じでスキル上げに邁進していた所、俺の所にフレンドコールが鳴り響いた。

 送信者を見てみると生産者のルビィさんだったので、「衣装の事かな?」と予想しつつすぐ電話に出た。


「もしもし、マハールです」

「あ、マハール君今大丈夫? 実は先日頼まれた2人の衣装が出来上がったから、時間がある時に取りに来て欲しいんだけど」

「分かりました。えっと、今は特に急ぎの用事とかも無いんで、今から取りに行っても大丈夫ですか?」

「了解。じゃあ準備して待ってるわね」


 手早く電話を終えると、今もイノシシと戦い続けているチアに声を掛ける。


「チア、今ルビィさんから連絡があって、俺たちの衣装が出来上がったらしいから今から取りに行くぞ」

「ほんと!? じゃあ、ビーザスの服も出来たの!?」

「まぁ、そうだろうな。だからさっさとそいつ倒してルビィさんの店に向かうぞ」

「やったー♪ すぐに倒すから、にーちゃん待ってて!」


 それからチアは野生児の様な動きを見せ、目の前のモンスターを凄まじい速度で倒して見せた。

 ……ちなみに俺は、そのイノシシのモンスターに逆立ちしても勝てない。


 ◆


「いらっしゃい、マハール君、チアちゃん。衣装の準備は出来てるから早速試着してみて!」


 今回は最初からフルスロットルなテンションでいるルビィさんに若干腰が引けながら、恐る恐る店内へと足を進めた。

 第一印象ではクール系お姉さんだったのだが、既にそのイメージは俺の中で粉微塵となっている。


「じゃあマハール君はこれにサクッと着替えちゃって」

「へいへい、前座はサクっと終えますよっと」

「何言ってるのマハール君。どっちの衣装も全力投球で作ったんだから、前座な訳ないでしょ!」

「あ、はい。すみません」


 ルビィさんの中で俺はチアの前座って訳ではないと知れて嬉しい反面、その押しの強さがかなり怖い。

 俺はルビィさんから衣装を受け取り、システムメニュー画面を操作して手早く着替えた。


「にーちゃんカッコイイ! 本当にマハール様みたい!」

「だな。マハールに寄せてアバターを作ったから、ヴァンパイア風の衣装に違和感がない。……ただ、本物と比べると身長と筋肉の厚みが足りなくて、威厳も何も無いけどな」


 マハールの衣装は黒を基調とした少し軍服っぽい感じの物で、その上から裏地が赤い黒のマントを羽織っている。言ってしまえば割とオーソドックスなヴァンパイア衣装だ。

 俺はキャラメイク時に、本物のマハールに寄せて色白で白髪のヴァンパイア然とした見た目にしていたので、同じくヴァンパイア然としたこの衣装は普通に着こなせていた。

 ……着こなせてはいたのだが。本物のマハールは身長180cm以上で筋肉でガッシリした体格の持ち主だったりする。

 それに引き換え俺は身長172cmで筋肉も標準高校生レベルだ。両者を比較してしまうと、どうしても劣化版感が半端ではない。


 ――くッ! キャラメイク時に筋肉量を増やしておくべきだったか。……けど何かそれはそれで、男として負けた気がする。


 このゲームのキャラメイクには幾つかの制限がある。

 その代表的な物が声を変える事が出来ない事と、身長などリアルとゲームで体を動かす感覚が大きくズレてしまいそうな部分は調整する事が出来ない事だ。

 なので俺がキャラメイクで身長を本物のマハールの様にする事は出来ない。けれど、筋肉量などの見栄えは調整可能なので、やろうと思えば出来たのだ。しかし俺はそれをしなかった。

 男子高校生として筋肉には当然憧れがある。だが、だからと言ってゲーム内でだけ見せかけの筋肉を付けても空しいだけ。それならリアルで筋トレを頑張って、将来キャラメイクをし直した方が良い。……もしかしたら、その頃にはもう少しぐらい身長が伸びてくれているかもだし。


 そんな憧れと願望増し増しの思いを胸に、俺の新衣装試着は終えた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る