4. 妹、初心者クエストに邁進する

 多くのゲームにはそのゲームシステムに慣れる為のチュートリアルが用意されており、多くのユーザーに支持を得ているこのプログレス・オンラインでも、冒険者組合で初心者用チュートリアルクエストが用意されていた。

 このクエストでは『アイテムの配達などのお使い』『素材収集』『戦闘訓練』などを行うのだが、初心者用なだけあって決して難易度は高くない。……高くないはずなのだが。


「つ、疲れた~」

「あ、あはは。チアちゃん、元気いっぱいでお兄ちゃんは大変だね」


 そう、我が妹にして小さな怪獣であるチアのお陰で、低難易度のはずのクエストは俺にとって高難易度クエストへと変貌しているのだ。

 少し目を離せば居なくなり、お使い先の商業組合のど真ん中で施設乗っ取りを宣言したり、知らぬ間に見知らぬお姉さん達と意気投合して一緒に狩りに行こうとしたり。


「……いっそのこと、チアに麻痺毒を付与してクエストを消化するべきだったか」

「こらこら、お兄ちゃんがそんな危ない発言しちゃ駄目でしょ。モカさん、マハール君を癒して上げて」

「くまぁ」


 極度の疲労に闇落ちしそうな俺を見かねたリンスさんが、癒し要因としてモカさんを派遣してくれた。

 疲れてへたり込んでいる俺の頭を撫でてくれるモカさんの優しさに涙が出そうだ。


「あー! にーちゃん、ズルい! モカさん、チアも!」

「俺はお前が原因でこんなに疲れてるんだから、ここは譲れ」

「にーちゃん、何で疲れてるの? チアは疲れてないよ?」

「……でしょうね」


 チアがもう少し大きくなって分別を覚えてきたら、俺がどんなに妹の世話に奮闘していたか懇々と説明してやろう。

 俺はこの時、そう心に決めた。


「まぁまぁ、クエストは次のモンスター素材収集で終わりだから、もうひと踏ん張りよ!」


 本当にリンスさんに出会えて良かった。

 道案内は勿論、買い物の仕方やお勧めスキルを教えてくれたり、チアの引き起こす騒動の対応も手伝ってもらえたりして、この短い時間の間に沢山世話になってしまった。

 リンスさんが居なかったら初心者クエストは1日で消化出来なかっただろう。


「そうですね。次でやっと終わりですもんね。……チア、頼むから騒動を起こしてくれるなよ?」

「大丈夫!」

「その元気いっぱいの返事に不安しかねぇ……」


 そう溜め息を吐きつつ、俺たち一行は街を出てすぐの森へと向かった。狙うはその森に生息しているネズミとウサギから取れる素材だ。

 案内役のリンスさんが居るので特に迷う事なく森に到着する事が出来、ターゲットとなるモンスターがポップする場所もリンスさんが分かっていたのですぐに見つける事が出来た。


「見つけた。あれが1つ目のターゲット、レッサーラットよ」

「小型犬ぐらいの大きさですけど、あのサイズのネズミだと思うとちょっと怖いですね」

「そうねぇ。リアルであのサイズのネズミを見た日には、余裕で気絶出来る自信があるわね」


 最初の相手はネズミだった。攻撃力は低く、初心者装備の俺やチアでも早々負ける事は無いモンスターらしい。

 最初の戦闘は俺がやると事前に話し合っていた為、初心者クエストを熟して手に入れたお金で買っておいた杖を構えて戦闘態勢をとった。


「……よし、やるぞ。マジックアロー!」

「チュー!」

「やっぱ、一発じゃダメか! っ!? この、噛みつくな!!」


 光の矢を放つ黒魔法【マジックアロー】を放ち、それは吸い込まれるようにレッサーラットへと命中した。

 だが、スキル値が低く魔法自体も初期魔法で火力が無い事もあって一発で倒す事が出来ず、反撃してきたレッサーラットに噛みつかれて軽くテンパってしまう。

 俺は慌てて再度マジックアローを打とうとしたが、クールタイムにより魔法を発動する事が出来ず、仕方なく握っている杖でポコポコと殴り倒した。


「にーちゃん、かっこわるい」

「仕方ないだろ! 俺たちはまだ初心者でステータスだって低いんだから!」

「まぁまぁ、初戦闘にしては上出来だったと思うわよ? 私の時なんて、事前知識無しにモカさんとこの森に突撃して、何匹ものネズミやウサギに追いかけ回されたんだから。……まぁ、そのお陰で良い出会いもあったんだけどね」


 どうやらリンスさんはこの森でピンチに陥った際、偶然その場に居合わせた古参プレイヤーから助けられ、その後もそのプレイヤーとこのゲームをプレイしていたそうだ。

 そういった出会いがあるのもMMORPGの良い所なのだろう。


 俺の初戦が終わった後、チアの初戦の相手を求めて森の中を彷徨った。

 そして俺たちは遭遇する……とても可愛いウサギのモンスターに。


「カワイイ♪」

「本当にな。あのウサギを倒さなきゃいけないのか……」

「ちょっと抵抗があるわよね。私も最初はあの可愛さに負けて碌に攻撃出来なかったもの」


 それは薄ピンクのふわふわした毛に覆われたウサギ、レッサーラビットだった。

 ここがゲームであり、あれが敵モンスターである事は分かっていても、攻撃する事に少し躊躇していまう。


「そう言えば、チアの適性は何だったんだ?」

「ん? えっと、バーカ」

「……俺は今、何で妹に罵られたんだ?」


 チアは首を捻りながら俺を見つめるが、そんな目で見られても俺にも全く意味が分からない。


「あ、もしかしてバーサーカーじゃない?」

「バーサーカー?」

「そうそう。HPを代償にしたりデバフを受けたりする代わりに、身体能力を上げたり強力な攻撃技を出せる職業よ」


 それは何とも妹向きの職業だ。正に天職と言っても過言では無いだろう。

 

「チア、お前あのウサギと戦えるか? 何ならここは俺が戦って、ネズミを見つけた時にチアが戦うでも良いんだぞ?」

「大丈夫! チア、行って来るね!」


 チアは何の躊躇もなく返事をして、レッサーラビットの前に躍り出る。


「バーサーク! あちょー!」

「キュッ!?」


 我が妹はまごう事無きモンスターだった様だ。

 HPにスリップダメージを受けながら身体能力を上げるバーサークを使い、何の躊躇も無くウサギを攻撃する幼女。

 俺は将来、妹に命令されてパンを買いに行く事になるのかもしれない。

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