3. 妹には暴走機関が内蔵されている
「って、本名なんかい!!」
プログレス・オンラインの世界に舞い降りた俺は、早速妹に連絡を入れて落ち合った。
妹は事前に話し合っていた通り特撮の女幹部に寄せた見た目をしており、髪型は赤のロングで、毛先を遊ばせたシャギーカットになっている。そして瞳は髪色と同じ真紅に染まっていた。
そんな千亜と合流した俺は、衝撃の事実に直面する。……妹のキャラ名が実名である『チア』である事に。
「チアの名前はチアだよ?」
「いや、そうだけど。……まぁ、事前に打ち合わせしてなかった俺も悪いか。それに見た目は完全に別人になってるし、早々問題も出ないわな」
そう自分に言い聞かせて、何の問題もないと自分を納得させる事にした。
問題があるとしたら、俺の方が特撮にドハマりし、妹を付き合わせている様に見えてしまう事ぐらいだろう。
「よし、問題は先送りに限る! まずは冒険者組合に行って、レクチャーを受けよう!」
「おー!」
ナビゲーターさんの言うには、この世界にログインしたらまず冒険者組合という所に行くと良いとの事。
冒険者組合の受付に質問すれば色々応えてくれるらしいし、そこで初心者用クエストを受注してこの世界での遊び方をチュートリアル形式で学べるそうだ。
という事で、俺たちは最初の目的地を冒険者組合に定めて出発した。
そして出発して5分、早速妹の暴走が始まる。
「見て、にーちゃん! クマさん!」
「ちょっ!? 待て、チア!」
女性と一緒に歩く小さなクマを見つけたチアは、俺に一言報告するやいなやそのクマに突撃していった。
妹の暴走機関はこの世界でも健在らしい。
「きゃっ!? え、何!?」
チアは背後からクマに突撃して躊躇なく抱き着いた。その一連の動作はまるで歴戦の暗殺者の様な……。
――って、冷静に見てる場合じゃない!
「すみません! こいつ、俺の妹なんです! 可愛いクマを見て興奮したみたいで」
俺はすぐさまチアに追いつき、抱き着くクマから引き剝がした。
そしてすぐさま、このクマのテイマーらしき女性に平謝りする。
「うん、大丈夫大丈夫。ちょっと驚いただけだから。……えっと、お名前教えて貰っても良いかな?」
「チアはチアって言うの!」
「そう、チアちゃんね。私はリンス、このモカさんのテイマーよ」
小さなクマのペット、モカさんの飼い主であるリンスさんは座り込んでチアと目線を合わせ、自己紹介をしてくれた。
「本当にすみませんでした。俺はマハールって言います」
「マハール君ね。全然気にしなくて大丈夫よ。何て言ったってモカさんの魅力に打ち抜かれるのは仕方のない事ですからね♪」
そう言ってウインクをするリンスさん。リンスさんが優しい人なようで本当に助かった。
これが怖い人だったらどうなっていたことか。
「でも、チアちゃん。知らない人に突然抱き着くのは止めようね。相手の人がビックリしちゃうし、チアちゃんが危ない目に遭うかもしれないからね」
「そうだぞ、チア。特にリアルではそういうの絶対に止めろよ? ……いや、マジで、本当にお願いします」
「ごめんなさい……」
俺とリンスさんに軽く注意されて、チアは謝りながらしょんぼりしてしまった。
チアは暴走機関を内蔵されたモンスターで、魔性で、これから悪の道を歩み始める予定の妹だが、注意されればしっかり反省出来る素晴らしい妹なのだ。
「さ、冒険者組合に行こうぜ。ゲームを進めて行けばモカさんみたいな可愛い動物に沢山会えるはずだ」
「うん!」
こうやってすぐに復活する所もチアの良い所だな。
「あ、もしかしてマハール君達って今日ログインしたばかりの初心者さんだったり?」
「あ、はい。今ログインしたばかりの初心者2人ですね」
「そっか。だったらこれも何かの縁だし、初心者クエストを熟しながら軽くこの世界の事をレクチャーしようか?」
「え、良いんですか?」
さっき知り合ったばかりの人がそんなに親切にしてくれるのは、この世界では普通の事なのだろうか。
リンスさんはとても優しそうに見える人だったけれど、荒んだ時代を生きる現代っ子として無償の善意に少し警戒をしてしまった。
「私もね、初心者だった頃に古参プレイヤーから色々助けて貰ったの。その人曰く『新人プレイヤーの世話をしたがるのは古参の性みたいなもの』らしいよ? チアちゃんやマハール君の事見てたら、その意味が分かっちゃった」
「えっと……それじゃあ、お言葉に甘えさせてもらいます。俺たちが古参になったら次の新人プレイヤーに繋げないとですね」
「それは素敵なバトンタッチね」
そうリンスさんと笑いあっていると、今一意味が分かっていないチアが首を傾げながら問い掛けて来た。
「にーちゃん、どうしたの? リンスおねーちゃんが何かくれるの?」
「何か貰えるんじゃなくて、このゲームの事についてアドバイスをくれるんだって。……う~ん、簡単に言うと、リンスさんやモカさんともう少し一緒に遊べるって事」
「ほんと!? やったー♪」
チアは両手を上げて喜び、そのままよく分からない踊りを踊り出した。
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