第29話 魔人のプロポーズ

 九人會を滅ぼした犯罪者は、便宜上、「エックス」と名付けられた。それが個人なのか組織なのか、人間なのか魔人なのか、誰にも何もわからない。だが、警察内部ではただちに「エックス対策本部」が立ち上げられれ、ひとまず事態を静観する運びとなった。


 今、エックスはどこで何をしているのか。


 奥多摩町山間部でハイキングをしていた。


「ねえ、シュカもう疲れたんですけど。こんなトコにリヒトいないっしょ」


 不平を垂れたのは、自分のことを「シュカ」と呼ぶ若い女だった。露出度が高く派手な服、装飾過多の爪と耳、典型的なギャルだった。厚底のブーツとマイクロミニのスカートは、山歩きに全く適していない。


「いないだろうな」


 手前を歩く白スーツの男が振り返らず言った。


「が、手がかりはここにあるはずだ。……3月21日の午前9時頃、この辺りで高濃度の魔力漏出があった。タイミング的にリヒトが噛んでてもおかしくない」


「それってただのカンじゃん。ってか思うんだけど、トオルくんみたいなマジメくんって魔力に敏感がちだよね」


「殴るぞ」


 トオル、と呼ばれた白スーツの男が振り返った。刈り上げられた側頭部に青筋が浮き立っていた。


「でもホントじゃん! シュカみたいなギャルにはわかんないもん!」


 トオルは舌打ちをして、再び歩き出す。その背中をシュカが追う。


「なんかー、やくざ? の人たちも調べたじゃん。それで手がかり取れなかったの?」


「九人會な。わざわざスキル使って調べたのに、あいつら何も知らなかった。これじゃ殺し損だ」


「だね。ってかトオルくんのスキルってなんだったっけ? シュカいまだにわかってないわ」


朱華シュカオマエ、マジでバカだな……。俺のスキルは記録・記憶の知覚と操作。毎回言ってんだろが」


「わかりづらいよぉ。シュカの『ワープゲート』みたいにキャッチーなネーミングが必要だよ」


「要らねーよ。マジでバカだな」


「あ! もー怒ったから。もし今から敵が来てもシュカは助けてあげないからね」


「いーよ別に。つかもうし」


「はー?」


 首を傾げたシュカのもとへ超音速の矢が突っ込んできた。遅れて、轟音。射手はその光景を見てほくそ笑んだ。


 簡単な的当てだった。


「あぶなーっ! 先言ってよトオルくん!!」


「言ったじゃねえかよ」


 背後の声に反応し、射手は振り向く。と同時に刀剣を手に取り薙ぎ払った。


 その刀剣が、腕ごと消滅した。


「うぇーい、勝ったわ。てか何こいつ。ツノの巨人? トオルくん名前わかる?」


「オーガだろうな。単体での戦闘力は準A級、ドラゴン等には及ばない。だが奴らは道具を扱い、群れで動く。規模によってはA級以上だ」


「聞いてないことまで早口でありがとう」


「マジで泣かすぞオマエ!」


「メンゴー。あれ、でも魔物ってダンジョンにしかいないんじゃなかったっけ?」


「ここがダンジョンなんだろ。隠蔽結界で魔力を抑えてあるから、協会や日本政府には気付かれなかったんだ。……相当な手練れだ。とりあえず結界の設置者を見つけりゃデカい手がかりになるだろうな。……クク、リヒトに近付いてるぜ」


「トオルくん強い奴の気配つかむと何かニチャるよね」


「よーしわかった今殴ってやる!!」


「いやーっ暴力反対!」


 掛け合うふたりを凝視しつつ、オーガの射手が歯笛を鳴らす。甲高い音によって、武装したオーガの群れが呼び寄せられる。


 トオルがまたもや舌打ちを響かせた。


「朱華、オマエが呼んだんだからオマエがやれ」


「はー!? リフジンすぎん!!?」


「や・れ・よ」


 有無を言わせぬトオルの様子に、シュカは大きくため息をつく。そして、オーガの一群に掌を向けた。瞬間、シュカの眼前の空間にあなが開く。空孔からは闇が覗いていた。


解放リリース


 闇から弾雨が放たれる。オーガの群れはことごとく蜂の巣となり、倒れ臥した。


「あーあーあーあ……。もったいないねーなー。奥の手を雑に使いやがって」


「うるさ! トオルくんがやんないから使ったんじゃん!」


「俺のスキルは直接戦闘に向かねーし」


「そのウソ雑すぎ!」


 やいのやいの言い合うふたりの声に、拍手の音が混ざった。


 つい先程までは無かった気配。異質な魔力の気配。新手だ。オーガなど遠く及ばぬほどの、強者の気配。


「と、トオルくん……」


 不安げに呼びかけたシュカに、


「離れるな」


 トオルが寄り添い、かばうように立った。


 左右に視線を走らせる。

 

 居た。

 額から生える一本の角、七つの目が描かれた面布、純白の拘束衣。横溢し空間を侵す、膨大にして濃密な魔力。


 魔人だ。間違いない。


 判断と同時、トオルは指から魔力弾を放った。魔力弾は吸い込まれるように魔人へ迫り、透り抜けた。


 トオルが舌打ちした。


「……幻影か」


「いえーす」


 魔人はしなやかな手指でピースサインを示した。


「ボクはハスラウ。魔人だよ。今はスキルを使って幻影を投影してる。ここそういう設備があるんだよね。最近までここに住んでたんだ。で、キミらは……オスの方がトオルで、メスの方がシュカだよね?」


 トオルとシュカは応じない。シュカはもう半歩、トオルへと身を寄せた。


「あ! ニンゲンはオス・メスじゃなくてオトコ・オンナだったね。いや、ダンセイ・ジョセイ? まあいいや。トオル、さっき魔力を固めて撃ち出してたよね。アレなんかのスキル? 当たったらどうなるの? シュカのスキルはわかりやすいね。ワープゲート。空間に穴を空けて、任意のタイミングで閉じられる。敵の腕とかを挟めば、簡単に切断できる。でもさっきの銃弾はよくわかんなかったな……。後で教えてよ!」


 トオルとシュカは応じない。初めて見る魔人について、その一挙手一投足を観察していた。


(ハスラウ、とか言ったか。コロコロ話題を変える。何でも聞く。何でも言う。思ったことを全て口に出すタイプだ。魔人ってのは全員こうなのか? 初めて見るからわからんな。ともかく、色々聞き出してみるか)


(これが……魔人。ドンカンなシュカでもわかるくらい強い魔力……。でも、実際にここにいたら、シュカのスキルで真っ二つにできるのかな)


 ハスラウが手を叩く音で、ふたりの意識は現実に引き戻された。


「いいね! ふたりとも目つきがいいよ。ボクに全然ビビってないね。そんなキミたちに提案があります!」


 ハスラウは両掌を上に向け、直立の姿勢を取る。両掌に埋め込まれた眼球が、それぞれシュカとトオルに目を合わせた。


「ボクらといっしょに、世界を滅ぼさない?」













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