幕間 無法者と治安維持機構
12年前に世界各地で起こったダンジョン大量発生により、日本もまた甚大な被害を負った。
しかし、平安の世より影から日本を支えてきた
無法者である。
当時、改正暴対法によって弱体化していた複数の広域指定暴力団は、ダンジョン災害の混乱に乗じ、その情勢を生き抜くために統合。ダンジョンからの魔力漏出により覚醒した魔術士たちをあの手この手で引き込み、組織力を増していった。
その組織を指す名が正式に付けられることはついぞ無かった。しかし、指揮を取る最高幹部が9名いたことから、いつしかこう呼ばれた。
9名の最高幹部は、賭博、薬物、売買春、用心棒代、あらゆる違法ビジネスを資金源に、勢力を強めていた。しかし、裏社会というのはまさしく肥溜めのようなもので、何度浄化したところで蛆が湧き蝿が飛び回る。改正暴対法にも縛られぬ新興勢力──所謂『半グレ』の魔術士たちが、九人會にとっては目の上の瘤だった。今はまだ水面下の牽制合戦で済んでいるが、年々増加する半グレへの対策費のせいで、やがては赤字経営になる。苦しい状況だった。
そんな折に、
9名の最高幹部は狂喜した。もしも彼らが後何十歳か若ければ、狂喜乱舞していただろう。数合理人を殺せば、日本中の半グレも、統合に従わなかったヤクザ共も、一網打尽にできる。彼らはすぐさま全国に持ちうる限りの兵力を配備し、また、自らの周囲も強力な術士で固めた。
万全の体制だった。
9名の最高幹部は、遺体となって発見された。
◆
警察庁内の専用会議室には、警察庁長官である
会議室の空気は張り詰め、重苦しい沈黙が場を支配していた。金木長官は、
「このような場所にまでお呼び立てして申し訳ありません。お力をお借りすることになるかもしれませんので、何卒ご理解いただければと思います」
加賀美防衛政策局長は礼を返し、落ち着いた口調で応じる。
「いえ、そうおっしゃらず。犯人は間違いなくスキルホルダーです。このスキルの規模感ならば、おそらく、我々防衛省も動かざるを得ないでしょう」
金木長官が小さく頷いてから、資料を手に取り、険しい表情を浮かべながら話し始めた。
「おっしゃるとおり、九人會の幹部全員が殺害されたというのは、予想外の出来事です。しかも彼らはこの十余年、日本における組織犯罪の大半を牛耳ってきた。その根絶は警察としても望ましい。……しかし、だからといって、私刑は看過できない。犯人の数も性質も、目的も能力もわかりませんが、これは国家への冒涜と取るべきです」
正義感から滲み出る憤りが、金木長官の声に微かに宿っていた。警察が九人會の壊滅を望んでいたとはいえ、法の枠外で勝手に裁きを下す者は紛れもない悪なのだ
「とはいえ」
桐田公安部長が口を開いた。
「現時点では犯人の正体も目的もつかめていない以上、軽々しく動くわけにはいきません。下手に手を出せば、さらなる混乱を招く可能性がある。警察としては、まず内部での捜査を進めつつ、事態を慎重に見極めるべきです」
蛯川警視総監が重々しく頷いた。
「確かに、手がかりは何一つつかめていません。ですが、これほどの大々的に暗殺を行った組織が、今後も同様の手口で犯罪を繰り返す可能性を考えれば、断じて放置できない」
その様子を見ていた北澤内閣情報官が、苦虫を噛み潰したような顔で口を挟む。
「しかし、国益を考えるなら、九人會の壊滅が我々にとって有利に働くことは間違いありません。現時点で犯人の活動が国家に大きな害を及ぼしていない以上、犯人がさらに行動を起こすまで待つのが賢明でしょう」
金木長官は周囲の意見を聞き終え、慎重に言葉を選びながら結論を下した。
「では、今回の件は当面、内部調査と監視に留め、介入は避ける方向で進めます。もし状況が変われば、防衛省との連携も視野に入れて、柔軟に対応しましょう」
それぞれが互いの視線を確認し、最終的な合意に至った。
会議が終わると、次々に出席者たちは席を立ち、専用会議室を後にした。静まり返った部屋には、金木警察庁長官と内閣情報官の二人だけが残っていた。長官は机に残された書類を見下ろし、重い息を長々と吐き出した。
「我々は常に後手に回っていますね。……数日前の、
と、長官は低く呟くように言った。
内閣情報官は椅子に深くもたれかかりながら、無感情に見える表情で天井を眺めた。
「そうですね。治安維持というのはいつだってそうです。危険を予測して未然に防ぐことができれば、それに越したことはありません。でも、現実はそうもいかない。予防してしまえば越権行為です。我々の管轄はあくまでも対症療法ですね」
諦念の色濃い声は静かな会議室に響き、しばし沈黙が続いた。金木長官は目の前の書類から視線を外し、重い声で続ける。
「彼もそうですが、今回の九人會にしても……事が起こってから動くしかない。国家の枠を守る者としては、何とも無力さを感じるばかりです」
「無力、か……」
内閣情報官は苦笑しながら繰り返した。
「そんなことはないでしょう。我々の動きが早すぎれば、権力の乱用だ。国民は常に我々に警戒心を持っている。一億の目が常に我々を監視している。大災と動乱を経験した我が国は、権力への厳しい視線を持っています。逸りは禁物でしょう。……まあ、動きが遅れれば、今度は無能と呼ばれるわけですが。それでも、一度動き出したら、全力で事に当たるんです」
金木長官はその言葉に無言で頷き、手元の資料を閉じた。
「我々が手を出せるのは、既に問題が起こってから……それがどんなに手遅れであっても」
北澤内閣情報官は黙って立ち上がり、窓の外を眺める。春の空は淡く、静かに暮れつつあった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます