第25話 目覚めたらダンジョン
「この方法しか無いんだよ、リヒト」
勇者にそう言われたときのことを、リヒトはよく覚えている。
透き通る声も、潮風に揺れる黄金色の長髪も、海より深い蒼の瞳も。
すべて鮮明に思い出せる。
「先代魔王はどうやったって殺せない。封印するしかない。僕ひとりの犠牲でそれができるなら、安いものだと思わない?」
やわらかく笑う勇者の言葉を、リヒトは否定する。
「……俺はそうは思わない。まず成功の保証が無い。それに、ここでアンタが死ねば士気は大きく低下する。仮に成功して先代を封印できても、まだ当代が残っている。魔王アニマが残ってる」
「君ひとりでなんとかなるでしょ。彼女は理由なく人を殺すタイプじゃないし、何より君を気に入ってるようだし。案外良い結果になるんじゃないかな」
「どんなときでも冗談を言うのはアンタの悪い癖だ」
「希望的観測を嫌うのは君の悪い癖だよ」
勇者が振り向いてリヒトを見つめる。子どものように大きな瞳。しばしリヒトを眺め、やがて観念したように閉じた。
「わかったよ、リヒト。君の望む通りにする。別の方法を考えよう。……まったく、素直に『寂しいから行かないで』とか言えばいいのにさぁ」
「いや、そんなことは──!」
違和感。
既視感と未視感。
この会話の流れは、こうではなかったはずだ。
「……そうか。これは夢か。本当は、俺はアンタを引き止められなかった。俺は強く引き止めるのがヘタクソだったし、アンタは何が何でも行こうとしていた。改めて思うが、度を超えた英雄願望だな」
「ただのフツーのお人好しだよ。たまたまそれを成し遂げる力があっただけさ」
肩をすくめる勇者の姿が、光に包まれていく。否、勇者だけでなく、視界が光で満たされていく。
目覚めのときが近いのだ。
「じゃあね、リヒト。せっかくの転生なんだ、今回こそは楽しくやりなよ」
返事をする間もなく、リヒトは目を覚ました。
◆
リヒトの眼前、数メートル上方には剥き出しの岩肌があった。体を少し起こし、辺りを軽く見回す。
ここは既にダンジョンの中。リヒトは柔らかな苔の上に寝かされていた。
リヒトは寝転がる。そして岩肌を見上げ、言った。
「知らない天井だ」
「やっぱ言いたくなるよね、それ」
かたわらの凪が応えた。
「
「8時間48分。ちなみに各種バイタルは異状なし。今の君はビックリするほど健康体だよ。……待って、今レア一人称を聞いた気がする!」
興味津々の凪に、リヒトは苦笑した。
「昔は『俺』って言ってたんです。行儀が悪いんで『僕』に矯正したんですが、気を抜くとポロッと出ちゃいますね。恥ずかしいんでオフレコにしといてください」
「信じられんほど萌えだねチミは……今さらだけどチェキ撮っていい?」
「いいすよ」
「ならぬ!」
凪からリヒトをかばうように、突如アニマが現われた。
「おお、おはよう。世話かけたね、アニマ」
「良い。従者として当然のことをしたまでじゃ。しかし、チェキはならぬぞ。ぽっと出の小娘が
「僕はそれでかまわないけど……」
「あたしとしては願ったり叶ったりだよ!! ポーズ依頼していい!!?」
「か、かまわぬが……」
アニマはまた凪に押されていた。
「そう言や、エレナが見当たりませんね」
「ああ、修行中だよ」
「修行?」
問い返すリヒト。凪は、どう説明したものかと首をひねる。
「魔物を探しては駆除してを繰り返してる。あの子ムシャクシャするとすぐそれやるんだよね」
「エレナもたいがい変わってますね……」
「それはそう。ただあたしとしては、今回ばかりはちょっと共感しちゃうかな。ハスラウにビビった自分が許せなくて、居ても立ってもいられないんでしょ」
あたしだってそうだよ、と凪は笑った。力なく、虚しさの漂う笑い方だった。
凪もエレナも、探索者としての義務感を強く抱いている。魔物に膝を屈するのは命を失うその瞬間のみと決めている。
だと言うのに、ハスラウの幻影を前にして何も出来なかった。敗北を悟り、ただただへたり込むだけだった。
情けなさに涙が出てくる。擦れ枯らした凪はともかく、エレナは目を潤ませていた。魔物狩りにひた走るのも仕方ないだろう。
リヒトは静かに瞑目した。
「……理解しました。とは言え、オーバーワークは見過ごせませんね。怪我や体調不良があっては僕も困る」
目を開けたリヒトが、顔の向きを変える。エレナが居る方を向いていた。
「……なんでわかんの?」
「【変身】による身体強化は知覚面にも及びますから」
平然と言うリヒトに、凪はおののく。どの感覚でエレナを感知しているかはわからないが、知覚範囲が尋常じゃなく広い。これでは内緒話もできない。
戦慄をおくびにも出さず、凪は話を続ける。
「ならわかると思うけど、結構距離あるよ。君の足で急いでも5分は──」
「じゃ、行ってきます」
「ちょっ──!」
駆け出すリヒトの向かう先は、何も無い壁。
(熱の影響でまだ混乱してんのかな)
凪はそう解釈した。
しかし、誤解だった。
初速から超高速のリヒトは瞬く間に壁へ到達し、簡単に貫通した。轟音とともに通路へ飛び出し、またもや壁を貫き、エレナまで一直線に走っていく。
「ははは……マァ〜〜ジで規格外だな!」
凪の声に、
「ふん、当然じゃ!」
アニマが満足げに応じた。
一方、エレナは困惑していた。目の前に集うオーガの群れに、ではない。繰り返し轟く音に、畏怖を感じていた。
このダンジョンは既に最終階層まで調査済みである。エレナが遅れを取るような高ランクの魔物はいない。しかし、超高速で近づいてくるこの気配は何なのか?
エレナは気を引き締め直しつつ、音の方向へ構える。オーガたちもまた、各々の武器を握り直した。
通路の壁が砕け、エレナとオーガたちの間に土煙が巻き起こる。その靄の中から何者かが現れた。
「リヒト!」
エレナが声を上げる。
「おはよう」
振り向いたリヒトが呑気に挨拶する。
オーガたちは標的をリヒトに切り替え、武器を振り上げ踏み込んだ。
その瞬間。
リヒトがオーガたちへ向き直った。
オーガ達の動きが停止する。石化か凍結か、あるいは時間が止まってしまったかのような、奇妙なほどに完全な停止だった。
やがてオーガたちは互いの視線をうかがい、じりじりと後退る。リヒトとの間に一定の距離が開くと、一目散に逃げ出した。
「……なにをしたの?」
「あれ、わかんなかった?」
振り返ったリヒトはいつも通りだった。
【変身】や【電脳】でオーガたちを脅したわけではないらしい、とエレナは判断した。
「強さをアピールしただけだよ。重心とか視線とか呼吸とか、そういうちょっとした諸々で威嚇したんだ。幸いオーガは知能が高いから、うまく伝わったみたいだね」
「そんなので威嚇なんてできるの?」
「できたじゃん、今」
リヒトは薄く笑い、人差し指を立てた。
「君の弱点その①。魔力探知に頼りすぎ。賢い魔物は魔力の漏出を抑えるものだよ。特に魔人はね。フラルゴくんは垂れ流しだったけど、それは彼が赤ちゃん魔人だっただけだ」
自らの不足を指摘されたエレナが、ほんの少しだけうつむいた。リヒトはそれを目敏く見つめ、そして言った。
「ゆうべ仲間になってもらったときに言ってたことを今からやろう。このダンジョンで君を鍛え上げるよ」
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