第5話 神主
無事に目的地に着いた境介は、大きな障子を前にして息を整えた。
自分の親族は苦手だ。どいつもこいつも食えない奴ばかりだからだ。それに加え、母親の存在が自分をより一層疎外させる。
境介の母親は、祖父の家に金銭の無心を繰り返している。家族からすれば、それだけで不快なのに加え、その息子である境介への風当たりも冷たかった。
「失礼します。境介です。」
いつになくかしこまった態度で敬語を使う。これも親族に対する最低限の礼儀だった。
「入りなさい。」
中から声がかかる。ここから、境介にとって長い時間が始まる。実際にはほんの数十分だが、彼にとっては体感時間がとてつもなく長く感じる。
障子を開けると、豪華な衣服に身を包んだ親族たちがずらりと並んでいた。
中央には長机が置かれ、見るからに高価そうな料理が並んでいる。ちらりと目に入る焼き魚や天ぷら、鮮やかな刺身の盛り合わせ――どれも普段の境介には縁のないものばかりだった。
境介が部屋に入ると、親族たちは全員が一斉にこちらを見た。その視線は重く、どこか冷たい。
「遅かったじゃないか。」
一人の男性――親族の中でも発言力がありそうな中年の男が、腕を組みながら呟く。
「すみません、電車とバスを乗り継いで来たので、少し時間がかかりました。」
境介は平然と答える。彼の中ではこの程度の皮肉など何も響かない。
「まあいいさ。」
男性は肩をすくめると話を続けた。「それより、おじいさんが話があるそうだ。お前はそこに座って聞けばいい。」
そう言って、男性は席を促す。境介は指示通り、末席に腰を下ろした。
部屋の奥に座っていた祖父がゆっくりと口を開く。
「境介、わざわざ来てくれてありがとうな。」
「まあ、はい。」
祖父の声は静かだが、どこか芯があった。他の親族たちが無言で様子を伺う中、境介はただ黙って頷く。
「早速だが、本題に入ろう。境介、お前には我が家の神社の一つを任せたいと思っている。」
その言葉が放たれると、部屋の空気が一瞬止まったようだった。
「……は?」
境介は、思わず間抜けな声を漏らしてしまった。だが、祖父は動じない。
「我が家の神社の中でも長らく誰も守る者がおらんかったやつがあってな。このままでは、村の歴史そのものが途絶えてしまう。お前は若いし、一人でやれるだけの力があるだろう。」
「ちょ、ちょっと待ってください……急にそんなこと言われても……」
境介は動揺しながら口を開く。だが、祖父は静かに言葉を重ねる。
「境介、お前には苦労をかけたな。」
その一言に、周囲の親族たちが少しざわめく。
「……じいちゃん?」
境介は驚きながら祖父を見つめる。
「お前の母親のことは、親族の間でもよく思われておらん。その影響で、お前自身もいわれのない風当たりを受けてきた。そうだろう?」
「……まあ。」
祖父の言葉には、ほんの少しの同情が滲んでいた。それがかえって境介を戸惑わせた。
「だがな、境介。お前はお前だ。親の罪で子が罰を受けるべきではない。」
祖父は静かに話を続ける。
「お前を神社の神主に推薦することで、少なくとも母親と距離を置かせることができるだろう。それに、あの村の神社の歴史が途絶えれば、この家系にも傷がつく。お前を推薦したのは、もちろん家を守るためでもある。」
周りの親族たちは、祖父の提案を特に驚いた様子もなく聞いていた。むしろ、境介を品定めするような目で見ている。
「ふん、あの母親の息子なんだから、せいぜい役に立つことを期待しておこうか。」
そんな言葉が後ろから聞こえたが、境介は無視した。
(……これが、俺の役割ってわけか。)
境介は内心で苦笑する。どのみち、逃げる選択肢はないのだろう。
「分かりました。やりますよ。」
そう答えると、祖父は満足げに頷いた。
「そうか。では、明日には村に向かう準備を始めるがいい。」
形式的な挨拶が終わり、食事もそこそこに済ませて境介は部屋を出た。
(……神社の神主か。俺にそんなことができるのかね。)
廊下を歩きながら、ふとため息をつく。だが、どこか吹っ切れたような表情があった。
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